12
「タケルちゃん、これ食べてよ」
レイくんが差し出してきたのは、破れた餃子だ。
餃子を包むのがうまいレイくんだけど、久しぶりのせいか最初の一個は失敗している。差し出してきたのはその一個だ。
「自分が作ったものはチサちゃんにあげるんじゃなかったの?」
だからこそ自分が包んだと分かるように目印をつけていた。ちなみにゴマを三つ皮に埋め込んだやつが、レイくん作になっている。
「チサにあげるのはきれいなやつだけに決まってるでしょ。だから、これはタケルちゃんにあげるよ、ホラ」
「ちょ、分かったから」
ぐいぐいと口元に餃子を押し付けてくるから、仕方なく食べてあげる。
「はふ、あつっ」
熱々でやけどしそうなんだけど。
しかも一口で入れたから、口の中がいっぱいなんだけど。
レイくんを睨めば、「うまいでしょー」と得意げだ。
いや、おいしいけども!
口元を押えながらなんとか咀嚼していると、ハチローくんと目が合った。
ちょっと驚いた顔。
ハチローくんの隣でココノツくんも……いや、全員がこっちに注目している。
――あれ、待って。
もしかして今やったのって、「あーん」って食べさせられたことになるの?
仮にも人妻なのに、旦那の前で別の男に――しかも既婚者の男に――「あーん」ってされるって、普通は修羅場になりかねなくない?
いや、うちは普通とはちょっと違うと思うけど、でも……。
視線をはずせず、なぜかハチローくんと見つめあったまま咀嚼をしていると「ハチロー、こっちも焼けてるぞ」とレイくんはハチローくんの口にも餃子を押し付けていく。
「ト、トノ……」
「ほら、いいからいいから」
押し切られたハチローくんもまた餃子をあーんされて食べていた。
「ハチローには本当に感謝しているんだ。祭りでのことも……」
レイくんがそう言った瞬間、場の空気がピリッとした。
お祭りのことって……あのことじゃないよね。
ふとレイくんと目が合った。
あ、全部分かってるんだ。
「タケルちゃんはおれにとってはお姉ちゃんだから、ハチローが守ってくれて本当に良かった」
ハチローくんはまだ口の中に餃子があるからか何も言えず、ただ視線をせわしなく動かす。
ハチローくんはまだあのときのことを気にしている。
ココノツくんもさっと顔色を悪くしてるし、トウメさんまで視線をおろした。
トウメさんも、わたしが夜のお祭りの意味を知らなかったことを知って、それに気付けなかったことを謝ってくれた。「怖かったでしょう」と慰められて泣きそうになってしまったせいか、気付けなかった自分を責めているようでもあった。トウメさんが悪かったことなんて一ミリも無いんだけどね。
ココノツくんはともかく、ハチローくんやトウメさんにそんなに気にしてほしくないわけで!
「レイくん。そのことはもういいよ。こんなところで言わないで」
「タケルちゃんも」
レイくんが急に顔をこっちへと向けた。眉尻を下げた情けない顔をしている。
「本当にごめんね。タケルちゃんに祭りのことを教えた侍女はきつく叱っておいたし、チサも自分の侍女が大変なことをしてしまったってむちゃくちゃ反省していたから……」
「いや、チサちゃんのせいじゃないし! あの侍女の人だってそういうつもりじゃなかっただろうし……っていうか、チサちゃんのとこまで話が届いているの?」
「まあ、それは……おれが話した。チサの侍女がタケルちゃんに夜の祭りを勧めたって聞いたからには、チサに教えないわけにはいかなかったし。……本気で心配したんだからね、タケルちゃんになにかあったらどうしようって。無事で、本当に良かった」
そこでレイくんの視線が、ハチローくんへ、ココノツくんへ、叔父さんへ、お供の人たちへと動いていく。
「おれが守っている世界で、タケルちゃんが危ない目にあうとかありえない」
……目が笑っていない。目が笑っていないのよ、レイくん!
これはもしかして、どうしてこうなったか分かっているのか。
ハチローくんからの浮気疑惑とか、ブシの人たちがわたしを一目見ようとしてたくらんだ悪ふざけとか、そういうことを分かっている、とか……。
今日のレイくんがやたら距離が近かったり甘えてきたのって、「おれのお姉ちゃんに余計な真似すんなよ」的な威嚇行為もあったんだろうか。
あのお祭りでのことに関わった人はココノツくんしか分からなかったけど、他二人のお供の人も関係していたのかも。だって、今、顔が真っ青だし。
この人たちが本当にあのときいた人たちなら、レイくんから嫌われようがなんだろうがどうでもいいけど、ここにはハチローくんたちもいるわけで空気悪いのは勘弁して。
「レイくん! わたしはハチローくんのおかげで無事だし、夜のお祭りがどういうものかちゃんと分かったから、こんなこともう起きないだろうし、だからそんな顔しないの!」
「そんな顔って……」
レイくんは口元を片手で挟むように隠す。
「おれはタケルちゃんの弟……みたいなもんなんだから心配するのは当然でしょ」
「ハイハイ、分かったから。今はギョザパでしょ。ほら、熱いうちに食べる」
レイくんのお皿に餃子を乗せれば、おとなしく食べ始めた。
「……うん、うまい」
その言葉に、やっと空気がゆるんだ。
あー……良かった。
「ハチローくんも食べてる? ほら、まだあるよ」
焼けている餃子をハチローくんのお皿にのせる。
ハチローくんはさっきのレイくんの様子もあってか少しぎこちない雰囲気も残っていたけど、笑いかければ、餃子を食べてくれた。
「あつ……」
「餃子、どう? 気に入った?」
「うん、うまい」
「よかった。お米もあるからね! どんどん食べちゃって!」
とは言ったものの、増えた人数のせいで餃子がどんどんなくなっていく。
ラスト一個はレイくんが食べたところで、みんなどこか物足りなさそうだった。
ギョザパと言いつつ餃子が足りなすぎた。男四人が急に参加したせいだ、レイくんのせいだ。と思いつつ主催者としては申し訳ない。
「ちょっと一回日本に戻って、餃子の皮を……いや冷凍餃子でも買ってくる」
「待ってよ、奥様。作ってみるから。みんなはできるまで、他のもんでもつまんでいて」
トウメさんは旦那さんに買い物を頼んだあと、母屋にあった小麦粉のようなものをこねて皮をつくってしまった。旦那さんが買い物から戻った後は、餡も手早く作ってしまう。
手際の良さがとんでもない。トウメさん、マジで天才。
焼きあがったときには歓声まで上がった。
トウメさんの手作り餃子は、市販の皮より少し厚いけどもちっとして、餡の肉汁がしみてて、これもまた最高すぎる。
みんなと一緒にパクパク食べていれば、トウメさんはてきぱきと餃子を作って焼いてくれる。
……ちょっと待って!
ギョザパの主催者として、今回の目的はハチローくんに餃子を食べてもらうことと、いつもお世話になっている叔父さんとトウメさんを労うことにあったわけで……労うどころか完全にお世話されている。目的からかけ離れている!
「トウメさん、作ってばっかりだよね。ちゃんと食べてる? わたし、やるよ。作るよ、焼くよ!」
「大丈夫。食べてるよ。焼きあがったのをすぐに食べられるから、ちょうどいいんだよ」
それを証明するように、トウメさんは餃子を口に入れた。
焼きあがったものを、わたしのお皿にものせてくれる。
「いや、でもトウメさんに任せっきりも目的が違うといいますか……後はわたしがやるから、トウメさんはゆっくりしていて」
鉄板の前を横取りしようとするが、トウメさんは全然どこうとしない。
体を押し付けてみても、ビクともしないんですけど。
「弱いな、奥様」
「同年代の中では力がある方だと思っているんだけども……」
「気持ちは嬉しいけど、気にすることないよ。ただ食べているより作っているほうが、わたしも落ち着くんだ」
料理人の性ってやつなのかな。でも、わたしだってなにかしたい。任せっぱなしは落ち着かない!
「せめて、せめてなにかお手伝いさせてほしい」
手を合わせて懇願すると、トウメさんは目元を緩めた。
「じゃあ、母屋の土間に置いてある果物を切ってくれるかい?」
「もちろん! 任せて」
餃子も、トウメさんが持ってきてくれたおかずも順調に減っている。確かにそろそろさっぱりとした果物を用意してもいい頃合いだ。
喜んで土間へと向かった。




