9
宴会がいつ終わったのかは知らない。
お風呂に入っているときになんか騒がしい感じがしたけど、一切関わりたくなくて無視した。
いつもみたいにお布団を敷いて、寝転びながらスマホでダウンロードした漫画を読んでいるとハチローくんが戻ってきた。
ハチローくんはいつも夜にはしっかりとストレッチをして、お風呂に入ってから来る。
さっきのこともあるから起き上がってちゃんと座った。
とにかく八つ当たりはよくなかった。大人として、人として。
やっぱりさっきのことが引っかかっているのか、部屋に入ってきたハチローくんは気まずそうで目を合わせようとしない。
「ハチローくん、さっきは……」
「すまなかった!」
ハチローくんはわたしの前に座るなり頭を下げた。なんで土下座。
「本当はもっと早く謝らなければいけないと思っていたんだ。でも……。本当に申し訳なかった!」
「え、なになに? なんのこと?」
ハチローくんは顔を上げると、覚悟を決めたかのようにわたしの目をまっすぐに見る。
「祭りでのこと、ココノツから聞いたんだろう。あれは全部、おれのせいだった」
ココノツくんは確かにお祭りでのことを、なにか含みを持たせるかたちで言ってきたけど……。
「ココノツくんから詳しいことはなにも聞いてないんだけど……。おれのせいってどういうこと?」
膝の上に置いた手をギュッと握って、ハチローくんは罪を告白するように重々しく口を開いた。
「あのとき、おれが打掛を着ていくように言ったせいで、あなたは怖い思いをすることになった」
「それは打掛を着ることがお祭りで男の人を誘うとか、そういう意味を持つって知らなかっただけでしょ? ……え、知らなかったんだよね?」
「知らなかった! ……だが、知らなかったからと言って許されることじゃない」
「いや、知らなかったんだから仕方ないよ」
「そうじゃない! おれは……」
ハチローくんは一瞬言いよどむ。
すっかりうなだれてしまって、顔が見えなくなる。
「おれは……あなたのことを信じきれていなかった」
信じきれていない? 信じられなかったってこと? それは……。
「えっと……どういうことかな?」
「あなたとおれは、トノが望んだから結婚した。しかし、あなたの世界ではおれとはまだ子供を作ることもできない。……おれはあなたが祭りに行きたいと言ったとき、その……
浮気をしようとしていると思った」
……は?
はああああああ?
「わたし、あのお祭りが出会いの場なんて知らなかったよ!」
「分かっている。あなたは知らなかったと思う! ただあのときは、知らないふりをしておれに隠れて遊ぼうとしているんじゃないかと……」
ハチローくんの声がどんどんと弱弱しくなっていく。
「そんな……わたしは浮気なんてしないし、そんな人間じゃないし! そもそも浮気するならハチローくんにわざわざお祭り行くなんて言わないでしょ」
「そうだ。そうなんだが……。あなたが純粋に祭りを楽しみたいだけだと、なにも知らずに行きたいと言っているだけだと分かっていたが……」
「それが信じられなかった?」
だから乗り気じゃないのに、自分も行くって言い張ったわけだ。
「最初に夜のお祭りがそういうものだって教えてくれなかったのも、それが理由?」
「どういうつもりで言っているか確かめてみようと思ってしまった。知らないふりをしておれとはぐれて遊ぶつもりなのか、本当にただ知らないだけなのか」
……それはつまり、わざわざ夫を連れて出会いの場に行って、わざとはぐれて遊ぼうとするかどうか見ようとしたってこと?
「ハチローくんの中で、わたしはそこまでして男遊びをするような人間に見えていたの?」
それ、ちょっとっていうか、かなり、だいぶ、本気でショックなんだけど。
どんな顔になっていたのか、わたしを見たハチローくんはいきおいよく頭を下げた。また土下座。
「本当に申し訳なかった」
「だから打掛を着せて、そういう状況になるようにしたってこと?」
「違う! あれは……あれを着せるとそうそう男たちは寄ってこないとココノツたちが……!」
「ココノツくん?」
「あいつらはなぜか、おれがあなたと夜に祭りに行くことを知っていた。それで人妻だと分かれば口説いてくる男もいないから、必ず打掛を着せろと言われたんだ」
「なんで! まるっきり逆の意味だったよね」
「ああ。昨日、あいつらを問い詰めたら、あなたのことを見てみたかったから、見つけやすいようにそう言ったのだと言っていた」
「なにそれ!」
あれが! あの状況がわざと作られたものだっていうの!
「結構、本気で許せないんだけど……!」
「分かっている。本当にすまなかった」
「ハチローくんは知らなかったでしょ! 今はココノツくんたちに怒っているの!」
さっきココノツくんが言っていたのはこのことか。
なにが怒らないで、だ! 怒るに決まってるし!
ハチローくんが殴るのも当然っていうか……。
「ハチローくん、もしかしてココノツくんのこと殴った?」
「殴った」
潔くうなずくハチローくん。
「あのときあなたに声をかけた男の何人かは、ココノツと一緒になって今回のことをたくらんだ奴らだ。最後の男たちはさすがに違うが、だからといって許せることじゃない。関係あるやつは全員殴った。二度とこんなことはさせない。おれも絶対にしない。……本当に怖い思いをさせてしまった。こんなおれでは、あなたが離婚を望むのも仕方ないと思う。本当に申し訳ない」
「……これが理由で離婚しようとは言わないよ」
いや、離婚はできるならしたいけど、この状況。ハチローくんの罪悪感バリバリのときに実行しようとは思えない。心の傷になっちゃいそう。
「ココノツくんたちのことは許せないけど、ハチローくんはもう謝らなくていいから。ただ……これでわたしのこと信じられた?」
意地悪くらいは言わせてもらう。
すると、ハチローくんは真剣にヘコんだ顔で言った。
「あなたを信じなかった自分がひたすらに情けない」
「ぶはっ……はははっ……」
あまりに真剣に言うから、思わず笑ってしまった。
ハチローくんはキョトンとしてるけど、だって、そんな顔を見たら今回だけは許してやるかって思っちゃうんだもん。
「わたしもさっきは八つ当たりしちゃってごめんね」
「あなたの怒りは当然のものだ。謝ることなんてない」
「ありがとう。じゃあ、ひとまずこれでわたしたちは仲直りってことで」
仲直りの握手を求めて右手を差し出す。
仲直りって言ってもケンカしたわけじゃないけど、まあ、区切りってことで。
わたしの手をじっと見たハチローくんは、両手でわたしの手を握った。
握られた手を上下に大きく三回揺らす。
「なーかーなーおーり」
そうして手を放すと、ハチローくんと目が合った。
えへへと笑えば、ハチローくんの空気も軽くなった。
気持ちがすっきりしたところで気付けばいつもの寝る時間を結構過ぎていた。
慌ててお布団に入って寝ることにする。
それにしてもココノツくんとか、ハチローくんの仲間がわたしを見定めるためにあんなことまでするなんて……レイくんもだけどハチローくんも好かれていると言うべきなのか……。
あ、そういえば……。
「ハチローくん。タコパじゃなくてギョザパでもいい?」
「ぎょ……? なんのことだ?」
すっかり忘れていたけど、今日はこの話をしようと思っていたんだ。
「タコパしようって言ってたでしょ? でも現実的にちょっと無理そうで、だからギョザパにしたくて……餃子もね、おいしいよ……」
眠気が強くて、半分寝ながら説明している。
なんか一気に疲れちゃったんだよ。
「餃子分かるかな……あのね皮があって……」
「……また明日にしよう。もう寝た方がいい」
「うん……また……明日ね……」
おやすみハチローくん。よい夢を。




