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 二十一歳の春。

 親戚の叔父さんから結婚を勧められた。

 相手は叔父さんの義理の息子。

 つまり、わたしの義理の従弟。しかも八歳下の十三歳。


「叔父さん、それ犯罪」


 普通に考えて十三歳の男の子と結婚なんてできるわけがないでしょ。

 法律的に。倫理的に。常識的に!

 それなのに叔父さんはテーブルに手をついて乗り出しながら鼻息荒く言う。


「いや、大丈夫だ。こちらでは無いこともない。少しばかり早いが、少しだけ。少しだけだ」

「こちらもそちらもないでしょ。無理! 無理だから。もう! 顔近い!」


 体ごと引くと、叔父さんはちょっとシュンっとする。

 ガタイのいい髭面の強面がそんな顔しないでよ。


「そんなこと言ってくれるな。……もうタケルにしか頼めんのだ」


 叔父さんはいきなり立ち上がるとテーブルをまわりこんで、わたしが座っている椅子の隣に膝をつくと、着物っぽい服の袖を払って深々と頭を下げた。


「頼む。これも我が一族の務めと思って……頼む!」

「ちょっとやめてよ。土下座って脅迫と変わらないからね! もう、お父さんからも言ってよ!」

「いや、モモジがここまでするんだ。おれも頭を下げよう」


 なにを思ったかお父さんまで叔父さんの横に座ると頭を下げる。


「兄上……!」


 少しだけ顔を上げた叔父さんは感動しているようだった。

 いや全然違うからね。感動するところなんかないからね。

 なんで一緒に土下座しようとしてるの!


「お母さぁああん」


 叔父さんからの手土産の串団子を堪能していたお母さんに泣きつくと、やっと助け船が出た。


「二人とも、やめなさい」


 お母さんが言って、やっと二人は顔を上げてくれる。

 さすがです、お母さん。


「とりあえず、ちゃんと説明してくれる? なんでタケルが十三歳の子供と結婚って話になるのよ」

「そっちの世界でなんかあったの?」


 お母さんに続いて聞いたミコトの顔は、いつになく真剣だった。

 姉のことをそこまで心配してくれるのか、弟よ! なんてめずらしい!


「実は……」


 改めて叔父さんの事情を聞く――前に説明しておくと、うちの叔父さん、日本には、というより地球には住んでいない。

 叔父さんが住んでいるのは、いわゆる異世界だ。

 行ったことがないから詳しくは知らないけど、着物っぽい服を着て、日本家屋に似た家が並ぶ、和風ファンタジーな世界らしい。

 元々、うちのお父さんもその世界の人だ。

 うちの家系はその世界で重要な役目を持つ『ヨビ』の一族で、『ヨビ』の人間は最低でも一人、必ず地球にいなければいけない。

 そもそも『ヨビ』の役目の一つは、地球に来た異世界人のお世話をすることなのだ。

 そんな家だから、わたしも弟も日本語と異世界の言葉、両方使えるし、もちろん小さいころから異世界のことは教えられてきた。

 だから、子供の頃は結構大変だった。

 小さいころなんか異世界のことを友達に言えない理由も分からなかったし、普通に学校で話してて異世界の言葉が無意識に混ざることもあって不思議ちゃん扱いされるし。

 本当に異世界なんてあるのかよ。やってられるか。なんて思っていた中学生の頃に異世界人を預かることになって、やっとお父さんが言ってたことが本当だったって分かった。

 教えられた異世界語が叔父さん以外に通じたときは、めちゃくちゃ驚いたもんだ。

 正直、その頃には叔父さんも異世界人っていう設定で、言葉まで作りこんでいる変人くらいに思ってたし。

 ちなみにお母さんは生粋の日本人だけど、お父さんが異世界人と分かった上で結婚しているし、お父さんとは日本語で話せるのにわざわざ異世界の言葉も勉強して話せるようになっている。うちのお母さん、結構すごくない?


 まあ、ともかく。


 そんな異世界からやってきた叔父さんが、なぜ突然結婚なんてものを勧めてきたかというと、原因は叔父さんの義理の息子。わたしの義理の従弟。結婚相手とされてる男の子だ。

 男の子の名前は、ハチロー。

 ハチローくんは十三歳という若さで『ブシ』のお役目についた立派な子らしい。

 叔父さん、すごいドヤ顔で言っていた。

 ちなみに『ブシ』とは異世界で一番偉い人である『トノ』を守る役目の人で、叔父さんも『ブシ』だそうだ。

「モモジは『ヨビ』と『ブシ』の二つのお役目を持っているんだ。すごいだろう!」となぜかお父さんが誇らしげに言う。叔父さんは「兄上がヨビのお役目を果たしてくれているおかげです」と言いつつ、照れ臭そうだった。いや、兄弟仲がいいことは分かったから。

 まあ、そんな叔父さんの義理の息子のハチローくん。

 その若さでブシとなったせいか、トノへの忠誠心はかなり強い。

 いつもトノのそばにいて、周りに睨みをきかせて、なかなか人を寄せ付けない。

 いつだってトノにべったりな様子は、微笑ましくも暑苦しいなんて、周りだけでなくトノにも苦笑されたほどだった。


「トノも、弟とはこういうものだろうかなどと受け入れてくださっていたし、おれらも役目に慣れれば少しは落ち着くと思っていたが……」


 叔父さんはそこで言葉を切る。

 視線を落として、少しだけ迷ってから言った。


「最近、トノが襲われてな」

「えっ」


 叔父さんの話に聞き入っていたのか、ミコトが声を上げる。


「ご無事だ。怪我もない」


 そんなミコトに、お父さんが言う。叔父さんから先に聞いていたんだろう。

 叔父さんも安心させるようにうなずくと話を続けた。


「多くのブシのいる前でトノは襲われたが、助けに入れたのはハチローだけだった。おれはその場にはいなかったが、情けないことに他のブシは反応が遅れたらしい」


 それから、ハチローくんは変わってしまった。

 元々、トノにべったりだったけど、それがさらに強くなったのだ。

 トノから一切目を離すことができなくなったらしい。

 具体的に言えば、トイレはもちろん、お風呂、食事、外出……さらには夜、奥さんと過ごす寝室にまで張り付くようになった、と。

 それは……たしかにヤバイ。奥さんだってそんなの気まずいでしょ。


「もちろんおれも、トノも、他のブシたちも止めるように言った。言ったが、言うことを聞かない。トノが襲われた場にいたブシは強く言えず、なんならハチローの行動を庇うくらいだ」


 ハチローくんも叔父さんたちに言われれば言われるほど、トノに何かあったらどうすると意固地になる始末。

 トノにしても悪気が一切ないから困り果てているようだ。

 自分たちの生活ももちろん、このまま昼も夜も休みなくつきっきりだとハチローくんの体も壊れてしまう。

 それで本人抜きで色々と話し合うことになり、その結果、トノ以外に気にかけるものがあればいいんじゃないか、ってことになった。

 つまり結婚して家庭を持たせようってことになったらしい。


「いや、なんでそうなるの! もっと他にあるでしょ! 普通に恋人作るとか、友達と遊びに行くとか、趣味を作るとか! いろいろありそうじゃん」


 わたしの反論に、叔父さんは悲しそうな顔をして首を振った。


「あいつはあの年でブシになったせいか、同年代とか関わることが少ない。そのせいか友人と呼べる相手もいないようなのだ。城に勤める同年代の者たちとも会わせてみたが、向こうもブシであるハチローを畏れてしまってな。誰もあいつに近付こうとはせんのだ」


 あー……まあ、同世代の子だったらそうなるかもなー……。

 頭のいい子とか運動神経のいい子とか、なんかすごい子って近寄りがたい感じあるもんなー……。


「趣味も色々勧めてみた」


 それは日本でいう将棋とか囲碁みたいなボードゲームから、狩りとか、刺繍なんかも。


「しかし、どれもうまくいかないのだ。トノに誘ってもらいトノがともにやってくれるならば付き合ってくれるが、トノの姿が見えなくなるとすぐに探しに行ってしまう」

「おおぅ……」

「恋人だが……ハチローはブシの中でも強く、顔もよく、無愛想だが、女たちにはそこも良いらしくモテる。モテるのだが、やはり相手にしようとはせん。むしろ女が近寄ればすぐに逃げるか、威嚇する。そうなると女たちも中々、近寄らなくなった」

「……こじらせてんね、ハチローくん」

「いっそ無理やり家庭を持たせれば情も生まれるというもの。そうなるとあいつの相手ができるのは大人の女のほうがいいだろう? あいつを受け止められる包容力が必要だからな。そうした女を何人か選んで見合いをさせたが、あいつは誰も気に入らんかった」

「まあ、それは……結婚したいわけじゃないしね」

「それはない」

「え?」

「結婚は、もう半分、トノの命令だからな」

「命令って……」


 ドン引きなんだけど。


「それトノも酷くない? 命令で結婚って可哀そうなんだけど」

「トノを悪く言わないでくれ。もう仕方ないのだ。他に手がなかったんだ」

「でも、嫌がってるんでしょ」

「そんなことはない。このことに関しては、ハチローも本心から納得している」


 納得って、どこまでトノに心酔してるのハチローくん。


「ただ相手に条件がある、と。それが自立した女であり、トノや自分の立場を利用しない女、だと」

「……それはつまり?」

「ハチローの立場を利用して、トノに取り入ろうとする者は許せんようだ」

「えー、でも特別なお役目なんでしょ。それはもう、ある程度は仕方ないんじゃないの?」

「潔癖なんだ。そこらへん、あいつはまだ若い」

「へえ……」


 まあ、十三歳の子供だしね。そういう潔癖さっていうのも分かる。

 でもその潔癖さがあるなら、好きでもない人との結婚は拒もうよ、ハチローくん。


「だから、タケルが選ばれたってこと?」


 お母さんが納得したように言う。なにに納得したの。

 叔父さんも力強くうなずくと、期待を込めた目で見つめてくる。


「そう。だからタケルなんだ。立場を利用するもなにも、タケル自身がヨビの一族の人間であり、そもそも異世界の人間であるタケルは、トノに取り入る理由がない。どうだ、ハチローの条件にこれほど合う女はいない」

「そういうこと。なるほどね?」


 なるほど、なるほど。理解しました。


「分かってくれたか。ならば……!」

「お断りします」

「なんでだ! 分かってくれたのではないのか!」

「事情は分かったよ、ってこと! でも、だからって結婚なんかできるか!」

「そこを……そこをなんとか! 頼む!」

「だーかーらー土下座はやめてってば!」


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