最終話 『合コンの行方』
「創くん!」
女子3人に詰められていたところを誰かが俺を呼んだ。
「ちょっとお会計のことで相談があるんだけど。田中君がつぶれちゃったから……」
秋葉だった。彼女にそう呼び出され、俺はホッとしながらその場を離れた。女性側の幹事である秋葉からの呼び出しはだれも止められないみたいだった。
個室を出て、秋葉の元に駆け寄ると
「ごめん、嘘。困ってるみたいだったから」
と彼女は言った。相変わらず人を良く見ている。
「あ、ありがとう。どうしたらいいかわからなかったから助かった……」
そう言うと、秋葉は少し複雑そうな顔をした。
「……私も困らせちゃうかもしれないんだけど」
彼女は短い髪の毛を手で漉くようになぞった。そして、何か決意を固めたようにこう言った。
「ねえ、このまま、一緒に抜けちゃわない……?」
うつむいたまま、そう話す声は少し震えていた。彼女は涙を見せない。相手を困らせないようにするためだ。秋葉はいつもそうだ。あまりにも優しい性格をしているので自分よりも相手の最善策を取ろうとする。
「俺……」
俺は、3年前、彼女のそんな優しさを利用した。
「俺も、秋葉ともう少し話したいと思ってた」
俺はずっと、この恋を引きずっていた、秋葉のことが忘れられなかった。話していると、田中が俺たちの荷物とコートをもって個室を出てくる。
「田中、酔ってたんじゃ……?」
「これくらいじゃ酔わない。営業の場回し能力なめんな」
田中から荷物を受け取り、お礼を言って店を後にした。
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「どこに行こっか……?」
「新宿か……秋葉は今どこに住んでるの?」
「神田のほう」
「じゃあ、昔よく行ってた神田の喫茶店にしない? まだあるかな」
秋葉のライブの終わりに待ち合わせて、俺たちがよくデートに使っていた喫茶店だ。早朝5時まで営業していて、俺たちはよくそこでコーヒー一杯で朝までおしゃべりをした。
店に入ると、当時と同じマスターがいて、「お好きな席へどうぞ」と案内した。当時よく座っていた窓際の低いソファ席に俺たちは向かい合って座った。窓の外では終電に間に合わせるために走るサラリーマンや、客引きをするガールズバーの店員が見える。
「私なんかが誘ってごめんね」
「ううん、元々、第一印象ゲームで触ってくれた子と行きたかったから」
「え?」
「あの時、触ってくれたの秋葉だっただろう」
「……なんでわかったの?」
彼女は視線を落として、包み込むように、ホットコーヒーのカップを持った。
「触ってくれた手が左手だったから」
「……」
「あのメンツで秋葉だけが、左利き。単に俺に近い方の手を出したというのも考えられたけど、俺は一番左端に座っていたから、みんな右手のほうが俺に近かった。だからわざわざ左手で触るなんて、そっちが利き手なのかなって」
「……すごい、よくわかったね」
「謎解きサークル、俺も入れそう?」
かっこつけているが、女性の手の感覚が久しぶりすぎて、何度も反芻するうちに指の位置で左手だったと気づいただけだ。そして四人の中で利き手が左なのは秋葉だけだった、という単純な推理だがカッコ悪いので伏せておく。秋葉がかなわないなあ、といって眉尻を下げてふにゃっと笑った。
「今ね、当時マネージャーしてくれてた高橋さんが上司なの」
「へえ。おっかないけど、いい人だったよな」
「そこで聞いちゃった。創くんが私を振った理由」
「……」
「私のアイドル活動、邪魔しない様に気を使ってくれたんだって?」
秋葉と付き合うのは本当に楽しかった。地下とはいえアイドルだったので、デートは主に自宅か大学の中でだったが、二人で一緒に講義を受けたり、秋葉に内緒でチェキ会の列に並んで彼女が恥ずかしがっている反応を楽しんだりしていた。
俺は正直浮かれていた。そんななか、一般人が運営している地下アイドルのタレコミ告発アカウントで『チェリーボーイズ・アタッカー』の主力メンバーの、彼氏と写っている写真が流出してしまった。そのタレコミは真実だったらしく、運営側から謝罪、該当のメンバーはしばらく活動休止になったが、彼女を推していたトップオタが逆上し、彼女の自宅を特定してナイフで斬りつける事件が起こった。
俺はぞっとした。彼女のことは本当に好きだったが、内緒で付き合う、というスリルを楽しんでいたのも否定はできない。アイドルという職業上、恋愛禁止というのは彼女を守るためのルールであったことを理解した。そして彼女がアイドルという仕事をとても楽しそうに、真剣に取り組んでいたことも知っていた。
俺は別れる決意をした。彼女には「気持ちが冷めてしまった」と伝えたが、一か月間はべしょべしょに泣いて暮らしたし、一年くらいは思い出すだけで涙が出てきた。そして今も、引きずっている。
「今日は久しぶりに会えて嬉しかった。創君は元気だった?」
「俺も嬉しかった……」
久しぶりに正面から見る秋葉は可愛かった。『チェリーボーイズ・アタッカー』が今年の春に解散していたことはSNSで知っていた。でも傷つけてしまった負い目から連絡する勇気がなかった。彼女の大きな瞳が揺れる。
「ねえ、もう私アイドル辞めたよ。恋愛、禁止じゃなくなったよ」
俺たちはこの時初めて目を合わせて、そしてどちらからともなく、手を握った。
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一方そのころ、別会場では二次会が行われていた。メンバーは田中、春奈、夏帆、冬子だ。
「無事に二人で抜け出したって?」
「うまくいってよかったー! 田中君、もー名演技すぎ!」
「秋葉は私たちがアレくらい目の前で攻めないと自分から動かないから」
「作戦大成功―!!」
四人は楽しそうにハイタッチした。
なんの因果か、坂口創の忘れられない女性たち・春奈、夏帆、秋葉、冬子はたまたま同じ社会人謎解きサークルで一緒になった。タイプはバラバラながら、気が合った彼女たちは「スフィンクス」というチームを組み、交流するうちに「坂口 創」という共通の知り合いがいることがわかる。そして唯一の「元カノ」ポジションである秋葉がまだ彼に未練があるということも……。
そこで三人は、坂口と同じ会社であり、同じく「ミステリー・ラボ」のサークル員だった田中にこの四人と坂口 創の合コンをセッティングしてくれないか、とお願いをしたのである。
秋葉と坂口に復縁の機会を設けるために。
「あたしも、坂口に謝れてよかった」
春奈は小学生時代、坂口のことが好きだった。男勝りの自分が初めて「可愛い」と言ってもらったのも嬉しかったし、坂口の反応が可愛くて、ついつい意地悪をしてしまったのだが、大人になるにつれて坂口への申し訳なさが生まれてきた。「好きな子いじめ」なんて、される側からしたらたまったものではないだろう。
坂口は中学から地元を離れてしまったし、おそらく春奈のせいで小学校の同窓会には一度も顔を出さなかったのでこれまで一度も謝罪の機会がなかったのだ。坂口は大人になっても素敵な人だった。淡い初恋が成仏した気持ちになった。
「私も、大人になった坂口くんと会えてよかった。いい思い出になった」
夏帆は高校時代、それはそれはモテたのだが、当時は医学部受験を見据えていたため、告白は全て断っていた。そのルールにのっとり、坂口の告白も考える間もなく断った。だが、あの時よく考えず断ってしまったことが心の片隅でずっと気になっていたのだ。
あの時、もし自分がOKしていたら今頃どうなっていたのだろう、と。
彼は今、どんな大人になったのだろう、と。
「もう一回二人きりになりたかったんだけどなあ……」
冬子は坂口が人生で一度きりのワンナイトラブだった。あの日、冬子は先輩のミスを被ってしまい上司に理不尽に怒られたばかりだった。むしゃくしゃした気持ちを酒で流したかったが、友人も捕まらず、一人バーで自分を慰めていた時に、創がナンパしてきた。その勢いで初めて自らホテルに誘った。次の日の朝、我に返った冬子は何も連絡先も残さず、坂口が寝ている隙にラブホテルを後にしたのだが、その後、どの男と寝てもなぜかずっとあの一夜の坂口のことが忘れられなかったのだ。
彼女はその理由が何なのか、確かめたかった。
「また会えてよかった、思い残すことはないわ」
そう言う春奈に、夏帆と冬子もうなずく。
「でもお三方、途中から『攻めるフリ』じゃなくて、マジになってませんでした……?」
「……」
「……」
「……」
田中が問いかけ、三人は沈黙。
「あ、やっぱり?」
「しょーがないじゃん!」
「彼が秋葉に未練がない可能性もあったしね……」
「そうしたら自分にもチャンスが回ってくるかもしれないでしょう? 種は蒔いておかないと」
恥ずかしさからなのか、三人とも早口で言い訳をする。
「俺が連れてきた佐藤と鈴木はお眼鏡にかないませんでした?」
「てかあの二人、男だけで二次会いっちゃったじゃん。やる気なさすぎ」
「まあ、それがあの二人が童貞たる所以なので……」
盛り上がる女性陣をほうっておいて、田中は坂口に連絡する。
【田中亮 : うまくいった?】
坂口からの返事は、翌日の昼まで帰ってこなかった。
≪ 完 ≫




