第1話 『合コンの誘い』
「坂口、合コンに行くぞ」
会社の同期から、突然非日常の誘い。
「合コンってあの?
男女が同じ人数で集まって飯食うという名目の元、その限られた人数からお互いの交際相手を探す、いまどき非効率的すぎるあのイベント?」
「そう、たまたま集まった男女の中から運命の出会いを探すロマンティックなあのイベントだ。お前にはそろそろリハビリが必要」
俺――坂口 創が昼休みの社員食堂の配膳台で、
自分の注文の品を待っていると同期の田中がそう言った。
トレイに乗ったカレーを前にして、まるで健康診断の結果を告げる医者みたいに真面目な顔をして浮かれた誘いをするものだから、俺は少し笑ってしまった。
「別に怪我なんてしてないけど」
「違う、恋愛のリハビリだ」
田中はもっともな顔でうなずいた。俺は話半分で、二人で座れる席を探す。
「三年間、まともに彼女がいないだろ」
「そうだけど、今時そんなの普通だよ」
「お前の場合、過去の恋愛をひきずってるんだろ? 俺は心配なんだ。親友がこのまま仙人になってしまうのではないかと」
「放っとけ」
ようやく二人で座れる席を確保し、向かい合って座ると、田中はスプーンを俺に向けた。
「だから合コン行こう! お前のためにセッティングした!」
「いつ?」
「今夜二十時」
「急すぎるって! 無理無理」
「頼むよ~一人来れなくなっちゃってさあ」
「俺にはリハビリが必要、とか尤もらしいこと言っておいて、単なる数合わせ要員がほしいだけだろ!」
「創くん、俺を助けると思って。今回は幹事だし、女の子側に迷惑かけたくないんだ」
「最初から素直に助けてくれって言え。困ってるなら行くよ。場所は?」
田中には入社以来何かと世話になっている。
同期入社56名の中で、俺はシステム開発部、田中は企画営業部に配属されて3年目だが、俺たちはなぜか馬が合い、こうして昼休みのランチも時々誘い合う間柄だ。
「新宿三丁目の『ビストロ・カサブランカ』!」
田中は「神よ!」と大げさに俺に手を合わせた。
かくして、俺は量販店のスーツに、じいちゃんがプレゼントしてくれたお下がりのセイコーの時計、という社会人初期設定みたいな恰好で、合コンに繰り出すことになってしまったのだった。
突然舞い込んだ非日常イベントに、少しだけ浮かれてもいたのだが、その期待は開始十秒で打ち砕かれる。
人生は時々、何食わぬ顔をしてバグを起こすものだ。
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そして19時20分、俺は田中と会社の前で待ち合わせをして、都営新宿線に乗り込み会場のレストランに向かった。
大通りから一本入ったところにある、そのイタリアンはガラス張りの仕切りがある個室、少し暗めの暖色の照明といったインテリアで、まさに合コン向けの店だ。
田中は食道楽というわけではないのに、交友関係が広いせいかこういう時に使える店の手札を多く持っている。さすがだ。
俺たちはどうやら会場一番乗りだったようで、入り口に一番近い席に俺が、その隣の場を回しやすい中心寄りの席に田中が座る。
「緊張してる?」
田中は腕時計を見ながら俺に尋ねた。俺がじいちゃんのおさがり時計だというのに、田中はオメガの一張羅をつけていてイラっとする。ので、こう答えた。
「してない」
「してる顔」
田中はニヤッと笑った。
「うるさいぞ」
いや、本当に、会社の新システムのプレゼンよりは緊張していない。
だが合コンに参加するなんて大学以来ぶりだ。
最近はマッチングアプリ全盛期のせいか、合コンという機会は世間一般的にも減っているらしいし。
……俺の人脈が少なすぎるせいかもしれないが……。
「女の子たちがもうすぐ着くって」
「そうか」
「何も知らないお前のために、今日のメンバー解説をしてやろう」
「田中に急に連れてこられたからな」
「まず男性陣はもう二人来る。佐藤と鈴木ってやつ。俺の大学の同級生」
田中の大学と言えば、東京の大学の中でもひときわモテる私立大学だ。
MARCH出身の俺はこの時点で今日の合コンの敗北を覚悟した。
「女性陣は……結構面白いメンツだと思うぞ」
田中はニヤッと笑った。面白いメンツ? 合コンのメンバーと言えば、大学の同期やら職場の集まりやら、何かしらの共通点があるのが定石だと思うが。
「どういう意味?」
彼は答えず、ニヤニヤしている。
その時、扉の鈴の音が鳴り、店のドアが開いた。俺たちが振り向くと、ちょうど女性が四人、店に入ってくるところだった。
俺は最初、気づかなかった。なんだか綺麗な女性が四人入ってきたと、単純に胸を躍らせた。
だが。そのうちの一人と目が合った瞬間、時間が止まった。
「……え?」
思わず声が出た。そして俺の視線に気づくと、向こうも止まった。
さらに四人全員の視線が俺に集まる。
「お、皆、こっちこっち!」
田中が明るく手を振って、女性陣を呼ぶ。やはり今日の合コンのお相手のようだ。
四人が俺に視線を集めたままゆっくり近づく。
そして。
「……坂口?」
「坂口くん?」
「……創くん」
「もしかして、坂口さん?」
俺も言った。誰に目線を合わせたらいいのか分からない。
「うわあ……お久しぶりです」
集まってきた女性四人、全員知り合いだった。
しかも俺の人生で、忘れられない女性たちだ。




