花蓮と夕夏と悠馬と
放課後。
寮内に戻ってきた悠馬は、亜麻色の髪の少女に膝枕をされながら、太ももに顔を埋めていた。
「いい匂い…」
「もう、悠馬くん!学校で問題起こしちゃダメって言ったのに、なんで君は停学明け初日から問題を起こしちゃうのかな!」
だらしなく顔を埋める悠馬の頭をわしゃわしゃと撫でながら、プンスカと怒る夕夏は、顔を隠している悠馬の頬をつねる。
「だってぇ…今日のは俺悪くないもん…八神が襲ってきたから…俺何もしてないし…」
親に叱られる子供のように、俺は悪くないと話す悠馬。
事実、悠馬はとばっちりを受けただけだ。
確かに問題に巻き込まれはしたものの、それは悠馬がどうこうできる問題ではなかったのだ。
「うーん、そっか?なら仕方ないね。よく頑張りました、悠馬くん」
夫婦のように頭を撫でてくれる甘々な夕夏に頬を緩めた悠馬。
「そういえば、誤解される前に、夕夏に話をしておかないといけない」
いつの間にか美哉坂呼びから夕夏呼びになっている悠馬は、夕夏の柔らかい太ももから顔を上げると、真剣な表情で頭を下げる。
「学校で、黒髪の女子と付き合ってるって噂になってるけど、実際は付き合ってないし、一度しか会ったことのない女子だから。誤解しないでほしい」
「うん?知ってるよ?朱理の事だよね?」
頭を下げる悠馬に、怒ったそぶりも見せずに朱理の名前を告げる夕夏。
「なんで名前知ってるんだ…?」
「だって…朱理、私の従姉妹だから…」
「ま…じで!」
頭を上げた悠馬は、夕夏と朱理が従姉妹だという事実を聞いて、晴れた表情で彼女の肩を掴む。
「夕夏は、朱理が今どんな状況なのかとか知ってる?」
「ううん。わからない。私の親と、朱理の親は凄く仲が悪いから…でも、小さい頃よくぶたれていたことだけは覚えてる。すごく痛そうで…すごく怖かった」
おそらく、朱理の父親のことを思い出しているのだろう。
青ざめた表情で震える夕夏を見た悠馬は、やはり朱理の家族は異常だったということを知り、夕夏を抱きしめる。
「やっぱり、そうだったんだ」
だから朱理は、もう一度外へ出たいと、次があることを願っていたんだ。
異能祭から1週間以上が過ぎてようやく、朱理について少しだけ知ることのできた悠馬は、何もしてやれなかった自分に、罪悪感を感じる。
「悠馬くん…もし、朱理と次会うことがあったら…」
「…うん。わかってる」
次があるのかはわからない。
悠馬は朱理の父に目をつけられているし、もう2度と異能祭へ訪れることはないだろう。
接触の機会だって、意図的なものは全て阻まれるはずだ。
だけど、もしも次があるとするなら、その時までになんらかの打開策を見つけておく必要がある。
「ただいま〜」
話がまとまったところで、玄関先から聞こえて来る声。
「あ、花蓮ちゃんだ!」
すっかり、3人暮らしのようになってしまった悠馬の寮を、バタバタと走る夕夏は、リビングへ続く扉を開けて、花蓮を中に入れる。
「はぁーあ、久々の学校、結構しんどかったわ。休み時間は質問責めだし、男子は突然泣き始めるし。みんなどうしちゃったのかしらね?」
それはきっと、貴女が付き合い始めたからです。
悠馬と夕夏には、そんな言葉が脳裏によぎったが、それを口に出すことはなく、無言で頷いてみせる。
「悠馬はどうだった?」
「花蓮の大ファンがいて襲われた」
「あはははは!何それ!超ウケる!」
悠馬の話を聞いて、笑う花蓮。
花蓮は笑っているが、悠馬からしてみると全く笑えない状況だ。
八神との和解は済んだものの、友達であんな風になるんだから、花蓮のことが大好きな他校生がいるなら、ナイフで刺し殺されるかもしれない。
鏡花の言った通り、停学期間を延ばしたのは本当に正解だったと思う。
「夕夏は?」
「私はいつも通りかな?悠馬くんと付き合い始めたのは誰にも話してないし、気づかれてないと思う!」
「ごめんね、私のせいで隠し事させちゃって」
「ううん!なんか、3人だけの秘密って感じで、すっごく楽しいからいいよ!」
これ以上悠馬を叩かせないためにも、ほとぼりが冷めるまでは夕夏との関係性について言及するのはやめよう。と決めた3人。
自分のせいで夕夏に我慢をさせているんじゃないかと申し訳なさそうな花蓮は、夕夏が優しく許してくれたことによって、安堵の笑顔を浮かべた。
「じゃあ、今日の夜も3人で寝ましょうか?」
「うん!そうしよ!」
「まじですか!?花蓮ちゃん、明日も学校だよ?」
花蓮の意見を聞いて、興奮する悠馬。
停学期間中はほぼ毎日3人で寝ていたが、今は停学期間を過ぎている。
花蓮も夕夏も悠馬も学校があるわけで、特に学校が1番離れている花蓮は、お泊まりをしてしまうと明日早起きをしなければならなくなる。
「うん、知ってるわよ?でももう、今日はここに泊まるって決めたの!拒否権はないわよ?」
「俺にとってはご褒美だからおっけーです」
美女2人にサンドされながら眠る。
夕夏と花蓮の、ダブルFカップの感触を思い出した悠馬は、顔を真っ赤にしながら快諾する。
「よぉし!それじゃあ、お泊りは決まったわけだし、何を作ろうかしら!ね?夕夏」
「そうだね〜、2人の停学が明けたことだし、今日は少し、張り切っちゃおうか?」
「そうね!そうしましょう!」
時刻は17時過ぎ。
悠馬の寮内では、入学当初から夕夏が食事を作り、悠馬が食費を7割負担というシステムが定着しつつあった。
しかし、花蓮と付き合い始めてから、そのシステムは変化を遂げていた。
花蓮は夕夏ほどとは言わないが、上手に料理が作れる。
本人曰く、将来悠馬と結婚することが決まった日から、毎日ご飯を作る練習をしてきたらしい。
だから現在、夕夏と花蓮が2人で協力して作ったものを、3人で食べる。というシステムもあるのだ。
その場合の食費の割り振りは、悠馬4割、花蓮と夕夏が3割ずつ。というものである。
2人がなんの料理を作るか気になる悠馬は、料理を作ることはできないものの、テクテクと2人の後を追って、キッチンを覗き込む。
「あら悠馬、手伝ってくれるのかしら?」
「包丁の使い方なら任せてくれ」
キッチンを覗き込む悠馬を見た花蓮が、冷やかすように手伝ってくれるの?と確かめると、悠馬はドヤ顔で包丁を切るそぶりを見せる。
「任せられないわよ。どうせ神器振るうのと同じ、とか言いたいんでしょ?全く違うからね?」
「そうだよ悠馬くん、料理はそんなに甘くないんだよ!」
「うぐ…」
クラミツハの神器である、日本刀を扱い慣れている悠馬はてっきり、包丁の扱いは日本刀と同じ。などというふざけた結論にたどり着いていた。
突き刺す、横から切るなどということしかわからない悠馬が包丁を握れば、みじん切りしかできないことだろう。
料理はそんなに甘くないと指摘を受けた悠馬は、少しの精神的ダメージを追いながら、2人が和気藹々と話をする姿を見つめる。
はい可愛い。とっても可愛い。結婚だ結婚。2人とも結婚だ。
口には出さないものの、2人の料理の光景を脳内で実況する悠馬の中には、結婚と可愛い、好きという単語しか出てこない。
完全に語彙力が消失している状態だ。
「悠馬、野菜は洗えるわよね?」
「うん、洗えるよ」
「なら、この食材を全部洗って、洗い終わったのから順に私に渡して」
「あいあいさ!」
花蓮の指示を受けた悠馬は、実況を中断するとキッチンの中へと入り、置いてある野菜を洗い始める。
「はは…」
「どうしたの?悠馬くん」
「いや、夫婦みたいだな、って思ってさ」
3人での流れ作業。こういう夫婦の形もあるんだろうなと思い、ほんの少し笑った悠馬を見た2人は、頬を赤らめながら目をそらす。
「そ、そりゃあ…だって私たち、許嫁だし…このくらい、当然よ!」
「悠馬くん、恥ずかしいこと言わないでよ…」
夫婦という単語に反応する2人は、嬉しさのあまり悶絶していた。
それは暗に、悠馬が夫婦として見てくれているということを指すのだから、2人は嬉しいのだろう。
そんなことを知らない悠馬は、2人がなぜ顔を赤くしながらモジモジしているのか理解できず、不思議そうに首を傾げた。
***
「完成〜」
「ひゅーひゅー!」
料理が完成した夕夏と花蓮は、2人で拍手をしてはしゃぎながら、テーブルの上に本日の夜ご飯を持ってくる。
「すごくいい匂い」
魚介の香りが漂っているし、食材を洗う担当をしていたため、何を作っているのかは薄々感づいていた悠馬だが、それを悟られないように、2人の作った料理を楽しみに待っている。
「じゃじゃーん!今日の夜ご飯は、パエリアでーす!」
期待の眼差しを向ける悠馬を見た花蓮と夕夏は、せーのでフタを開けると、完成したパエリアを悠馬にみせる。
それは悠馬の好物である料理だった。
幼い頃、花蓮の親の会社のパーティーで初めて食べてから、花蓮に何度かパエリアが好きだと言ったことはあったが、まさか数年の時を経て、大好きな人がつくったパエリアを食べる日が来るとは、思いもしなかった。
「わざわざ俺の好きなものを作ってくれたの?」
「うん!」
「停学明けたお祝いだからね!昨日花蓮ちゃんに悠馬くんの好きな食べ物を聞いて、準備してたの!」
「っ!ありがとう、2人とも大好き」
いつになく穏やかな表情で、まるでサンタさんからプレゼントをもらった子供のように笑ってみせた悠馬は、大きなスプーンを手にすると、3人の小皿に分け始める。
「ふふ、よかったね、夕夏。大成功よ」
「うん!悠馬くんが喜んでくれて、本当に良かった!」
嬉しそうに小皿に盛り付ける悠馬を見た2人は、大好きと言われたためか、ほんの少しだけ頬を赤くしているようにも見えた。
「それじゃあ」
『いただきます』
3人で食卓を囲み、何度目かのご飯。
「美味しい…!店で出せるレベルだよこれ!」
「ふふ、そうでしょそうでしょ!悠馬が好きなものはぜーんぶ作れるようになってるんだから!」
悠馬に褒められて鼻高々な花蓮は、パエリアをつまみながら、ドヤ顔で悠馬を見る。
花蓮はこの数年間で、悠馬が好きだと言った食べ物は、完璧に作れるようになっていた。
逆に、悠馬が嫌いな食べ物は作れないのだが、それは悠馬からしてみればなんの問題もない、むしろ喜ばしいことだろう。
それに加えて、今は料理人顔負けのセンスを持つ夕夏もいる。
そんな2人が手を組めば、ただの学生が作ったという次元の料理ではない、店で出せるような料理が出来てしまうのは当然のことだ。
まさに鬼に金棒。
この味を知ってしまえば、普通の学生の手作り料理を食べれなくなってしまうほどのクオリティだ。
「そんなに美味しく食べてもらえるなら、作った甲斐があったね、花蓮ちゃん!」
「ええ!これから休日は、悠馬の好きなものを作ってあげるから、楽しみにしてなさいよ?」
「うん!楽しみに待ってる!」
花蓮の言葉を聞いて、嬉しそうな悠馬は、テレビで流れているニュースを見て、一度食べるのを中断する。
「明日、世界会合か…」
「みたいね、悠馬は興味あるの?」
テレビのテロップには、明日世界会合が行われるということが流れていて、開催国や、今年参加する国の名前が挙げられている。
「うーん、微妙かな」
会合と言っても、年に一度行われる話し合いであって、何かよっぽどの出来事が起こったから緊急招集。というわけではない。
毎年開かれるということもあり、その議題の大半は規制の見直しや、各国の取り組みの確認のため、学生からして見ると、あまり興味のそそられない内容となっている。
「今年はアメリカであるのか」
毎年違う国である会合が今年はアメリカである。
それだけ知って満足したご様子の悠馬は、異能王が映し出されていることなどガン無視で、パエリアを口に運ぶ。
「悠馬くんは、異能王になりたいの?」
「え…?」
異能王がテレビに映し出されているというのに、全く興味を示さない悠馬を見た夕夏は、不思議そうに問いかける。
花蓮の話では、悠馬の小さい頃の夢は異能王になること。
そして現在の悠馬は、戀を差し置いて、日本支部の中で最も異能王に近い男などと謳われている。
小さい頃の夢が、現実味を帯びてきたと言ってもいいだろう。
「わかんない。確かに、俺の中には、今でもそんな夢はあるけど…俺はそこまで自惚れちゃいないよ」
夕夏に冷やかされる、無理無理、諦めなよ。とでも言われると思ったのか、少し戸惑った後に悠馬が発した答えは、それはただの夢であって、本気でなれるなんて思ってない。と口にする。
「私も花蓮ちゃんも、悠馬くんが本気なら、ちゃんと応援するから。背中を押すからね?」
「あはは…ありがとう、優しいな、夕夏と花蓮ちゃんは」
夕夏の言葉に同調し、首をコクコクと振る花蓮を見た悠馬は、2人に優しく微笑みかける。
「そうだね…全部終わったら…異能王になりたいなぁ…」
異能王になって、世界を平和にする。
それが、幼き日の俺が見た夢。
そして、本当に追いかけたかったものだ。
いつかこの復讐に、終わりが来るのなら。
その後は、自分の夢を追いかけてもいいかな…?
エルフって…いいですよね…ね?




