停学明け
6月25日。
長いようで短い停学が明けた悠馬は、梅雨時期ということもあってか、水たまりの多い通学路を歩きながら、空を見上げる。
今日の天気は快晴。
まるで悠馬の停学明けを祝ってくれているような天気の中、久々の通学路ということもあってか、悠馬はかなり上機嫌だった。
「♪〜♪♪」
陽気な鼻歌交じりに、悠馬は1人歩く。
恋というものは、素晴らしい。
今まで大したことないと思っていた景色の全てが、色鮮やかに、美しく見えてしまうのだ。
「はぁ…すごく綺麗な景色だよな」
すでに桜は散って、緑色に生い茂る葉っぱしか生えていないというのに、それですら美しいと感じている悠馬は、赤いレンガ調の地面を踏みしめながら、歩みを進める。
「おい暁…!お前!」
「ふざけやがって!」
声がすると同時に、悠馬の身体にはちょっとした衝撃が走る。
あまり聞きなれない声ではあるものの、聞いたことのない声じゃなかったため、笑顔で振り返った悠馬は、背後にいた2人の人物の形相を見て、冷や汗を流しながら真顔になる。
まるで、親の仇を見つけたような表情でこちらを見ている、野球部所属の山田と、変態的な性癖をお持ちの、モンジ。
合宿の風呂場で、通の意見に乗り、Cクラス女子の露天風呂を覗こうとしたAクラスの変態四天王の2人だ。
残りは通と栗田。
八神を入れてしまうと五天王になってしまうが、まぁいいだろう。
「ど、どうしたんだよ?2人とも」
停学明けを祝われると思っていた悠馬は、なぜ2人が怒っているのかを理解できずに、不思議そうに尋ねる。
「くそ、白々しいぞ!」
「今更隠したって遅いんだぜ?お前、二人も彼女いるんだろ?クソ、お前はカッコいいけど彼女を作らないイイ奴だって思ってたのに!裏切りやがって!」
彼女を作らない奴がイイ奴なら、お前の親は悪い奴だけどな。
というか、今こいつ、この国の大半を敵に回す発言をしたぞ。
夕夏と付き合い始めたことは、3人で話し合った結果、これ以上叩かれるのも嫌だからということで、隠してあった。
しかしバレているのなら、もう仕方のないことだろう。
「確かに2人いるけどさ…?逆に聞くけど、モンジと山田は、俺の彼女を狙ってたのか?」
純粋な質問。
2人が花蓮を狙っていた。なんてことはまず無いだろう。
なにしろ、格が違いすぎるし、そもそもこの2人は花蓮と実際に会ったことがないのだから、狙っているという可能性はないに等しい。
夕夏はクラスでも人気があるため、狙っていたのかもしれないが、その競争倍率はみんな知ってるはずだし、極論をいうと、早い者勝ちなのだから文句を言われる筋合いはない。
「いや、狙ってねえ!てか、あの黒髪の女の子誰なんだよ!あんなクッソ可愛い女の子と付き合いながら、花咲花蓮にも手出したのか!?」
「そうだそうだ!お前、花蓮様の王子様だったんだろ!ふざけやがって!」
「あっ…ふーん…」
黒髪の女子。
その単語を聞いた悠馬は、モンジと山田が言っている2人の彼女。というのが誰を示しているのかを察し、遠くを見つめる。
この2人の言っている彼女というのは、朱理と花蓮のことだ。
今更朱理は彼女じゃないなんて弁明したら、夕夏と付き合っていることもバレてしまうかもしれない。
きっと、栗田辺りが朱理のことをベラベラと話したのだろう。
先が思いやられる。
「裏切り者が!」
「お前の席ねぇからな!」
狙っていた相手が悠馬に奪われた、というわけではなく、ただの嫉妬で騒ぎ散らかす2人に哀れみの目を向けた悠馬だが、悠馬は怒ってなどいない。
前までなら、寮に帰ろう。とか、言い返したりしていたかもしれないが、今の悠馬は一味違う。
心に余裕があるというのは、大きなアドバンテージだ。
「じゃ、また教室でな」
クラスメイトに文句を言われても、落ち着いたご様子の悠馬は、背後から叫ぶ2人を無視して、学校へと向かう。
「あー、やだやだ。負け犬男子たちの遠吠え」
「そもそもさぁ、花咲さんとは、暁くんだからこそ付き合えたわけでしょ?」
「クラスの男子が可愛い女子と付き合ったから嫉妬、なぁんてないわー、まじないわー」
その光景を目にしていた、女子たちの声。
ここは通学路なのだから、当然、山田とモンジと悠馬の3人以外にも学生はいるわけで、今の会話は周りにもまる聞こえ。
別に、悠馬がモンジと山田が狙っていた女子と付き合ったわけじゃないのに、なんで悠馬が叩かれているのかわからない女子生徒たちは、取り残された2人に冷ややかな視線を送りながら、通学している。
「おっはー、暁くん〜やったね〜モテモテじゃん」
「はよー、ハーレム作るの?」
「おはよ…」
そんな悠馬の前に現れた、女子生徒4人。
久しぶりにその4人衆を目撃した悠馬は、その中心にいる銀髪の女子を見て、思わず口から心臓が飛び出そうになる。
最初に挨拶をしたのは、美月グループのギャル系女子。確か名前は、佐野町夜葉。
いつもギャル系女子。というオーラ、容姿をしているため、名前をいまいち覚えることができなかったが、ようやく彼女の名前を覚えた悠馬。
そして次に挨拶したのが、愛海で、その次に挨拶をしてきたのが、美月だ。
湊はというと、無言で悠馬のことを睨んでいる。
「おはよ。ハーレムを作る気は無いよ。そんなお金、ないしね」
愛海の質問に答えた悠馬は、にっこりと笑みを浮かべる。
いつもなら、この4人衆に話しかければ萎縮していた悠馬だが、今日は大丈夫なご様子だ。
「湊さんも、おはよ」
「はぁ?気安く話しかけないでくれる?このクズ。周りの女からチヤホヤされ始めたからって、付け上がりすぎじゃないの?」
「うぐっ…」
愛海と夜葉がこの調子なら、湊も大丈夫だろう。なーんて甘い考えだった悠馬は、不機嫌そうな湊の声を聞いて、引きつった笑顔を浮かべる。
湊からしてみれば、ハーレムを作る男は許せないご様子だ。
「行こ、美月」
「うん、そだね」
学校では、お互い関係を表向きには出していないといえど、それなりに会釈をしてくれる美月も、今日は挨拶だけして、その場から逃げるように去っていく。
「ごめんね〜、美月、最近御機嫌斜めでね〜、他の男子とかだと、挨拶すらしなくなったんだよ?」
「うんうん、だからあんまり落胆しないでね」
「そ、そうなんだ…」
湊の男嫌いでも伝染したのだろうか?
2人の話を聞いてそんなことを想像する悠馬は、そのまま学校の門をくぐる。
約1週間ぶりの学校。
変わったところなど何1つないのに、さらに綺麗だと感じるその景色。
国がきちんとした整備を行っているため、汚れひとつないその空間を歩く悠馬は、昇降口を上がり、下駄箱を開ける。
「な"」
美月に距離を置かれて、ほんの少しだけ凹んでいる悠馬の目の前に広がる光景。
それは、大量の手紙の数々だった。
中身は何かわからないが、きっと手紙でも叩かれるのだろう。
先ほどまで余裕があった悠馬も、ここまでくると流石にメンタルにくるのか、しょんぼりとした表情で、1番上にあった手紙を開く。
暁くんへ
私は2年Bクラスの松田です。
異能祭のフィナーレで貴方を見たとき、全身に電撃が走ったような気がして、運命の人は貴方だと直感しました。
今度一緒に、お出かけしませんか?
返事をお待ちしております。
そんな手紙の最後に、アドレスが記されている。
「ラブレター?」
今までほとんど手紙をもらったことのない悠馬は、2年生の松田という人物からの手紙を読んで、首をかしげる。
「モテ期?」
人間には、人生で何度かモテ期がくると聞いたことがあるし、もしかすると今がそのモテ期なのか?
ちょっとした喜びを感じつつ、メンタルを持ち直した悠馬は、他の生徒に見られないよう、手紙を全て鞄の中に流し込むと、教室へと向かう。
久々の教室。
停学前と何ら変わらないAクラスの教室の中は、実に賑やかなものだ。
女子たちは既にグループが出来上がっているのか、いつも見かけるメンバー同士で固まり、昨日の夜の恋愛ドラマや、今日の授業の話などをしている。
そして男子はというと、ゲームの話や、学校が終わった後に何をするのか。などの会話をしていた。
「ひ、久しぶり」
そんな彼らを眺めながら、教室の中へと入った悠馬は、一斉に視線がこっちを向いたような気がして会釈をしてみせる。
「おいおい悠馬ぁ!お前、あの花咲花蓮と付き合うなんて、羨ましいぞ、オイ!」
嫉妬をして文句を言ってきた山田やモンジと違って、ニヤニヤと笑いながら悠馬の肩を殴る通。
彼のその行動を見るからに、下ネタさえ言わなければいい奴であることはよくわかる。
「あはは…ありがと」
「んで?いつほかのモデルとは会うんだよ?」
「んん?」
「決まってんだろ!普通、彼氏できたら他のモデルやアイドルに挨拶しにいくんじゃねえのか?どうも、花咲花蓮の彼氏で〜すって」
なんだそのどうも、花咲花蓮の父親で〜す。みたいなノリは。
婚約者ならまだしも、付き合っている、許嫁という段階で花蓮の友達に挨拶なんてするわけないだろ。
何考えてるんだこいつ?
先ほど通はいい奴などと考えていた悠馬は、その言葉を前言撤回する。
「そん時は俺も誘えよ?お前のおこぼれでもなんでも、可愛い女の子と付き合えるなら俺はそれでいいんだ!」
こいつはプライドもないのか。
悠馬のおこぼれをもらう前提で話を進める通を苦笑いで見つめた悠馬は、鋭い視線が向けられているような気がして、振り向く。
振り向いた先には、いつもと変わらぬ、クラスメイトたちが和気藹々と会話をする景色が映し出される。
しかし、その中で1人、まるで親の仇を見つけたような鋭い眼差しで、悠馬を睨む影があった。
「八神…?」
白髪好青年。
いつもクラスの全員から人気があって、女子からキャーキャー言われている人物とは思えない、神宮のような表情を浮かべている。
しかも、なぜ悠馬を睨んでいるのか。
「ああ、八神の将来の夢はな…花咲花蓮と結婚すること、だったんだよ…」
「うげ…」
なんだよそれ…クソ引くわぁ…
大ファンとかならまだしも、将来の夢がアイドルと結婚することって、ファンというよりも最早、ストーカーに近いじゃないか。
好きなアイドルの恋愛も応援できないのか!お前は!
そう言いたい悠馬だが、悠馬は花蓮と付き合っている当の本人。
そんな発言をしたところで、八神が納得しないのはわかっている。
「ま!あんなメンタルクソザコ八神の事なんて気にしなくていいんだよ!な、敗北者!」
「うるせぇ!誰が敗北者だ!ふざけんなよ!悠馬!俺の花蓮ちゃんを奪いやがって!ぶっ殺してやるッ!!!」
「え!?俺!?」
八神の事を敗北者と煽った通ではなく、その怒りの矛先は悠馬へと向かう。
まさか八神がそんな気性の荒い人物だとは思っても見なかった悠馬は、駆け寄ってくる八神を見て、椅子から立ち上がる。
「潰しあえ!悠馬!お前の異能なら勝てる!」
「停学明けに停学になるようなアドバイスをするな!」
「俺の花蓮ちゃんを!よくも!!」
「あー!うるさい!!八神うるさい!!花蓮ちゃんは誰のものでもない!花蓮ちゃんは花蓮ちゃん自身のものだっ!」
飛びかかってくる八神を払いながらそう怒鳴る悠馬。
なぜ八神がこんなに怒るのかはイマイチ理解できないが、そう簡単に冷めるほどの熱ではないのだろう。
「頑張れ頑張れー!」
「やれ!八神!暁を叩き潰しちまえ!」
「ハーレム作るやつには鉄槌を!」
2人の揉み合いを見て、男子たちは賑やかな叫び声をあげる。
2人も彼女を持っている悠馬が許せない組が、主に声を上げて。
女子はというと、冷ややかな視線でその醜い争いを眺めている。
「くそ!俺は毎日ファンレター書いてたのに!なんでお前なんだぁ!」
「あっそ!そりゃあ俺と花蓮は、小さい頃から許嫁だったんだから、付き合ったっておかしくはないだろ!」
「はぁぁぁあん!?テメェ!そんな重要な事を俺に隠しながら生きてきたのか!お前は今日から友達じゃねえ!」
「なんでそうなるんだよ!少しは落ち着け!花蓮ちゃんに嫌われるぞ!」
悠馬が王子様だと知り、加えて許嫁でもあったことを知った八神は、さらに怒りを加速させる。
机を蹴散らしなら悠馬を押す八神は、本気で怒っているように見えた。
花蓮のことがよっぽど好きだったのだろう。
多分だが、八神みたいな奴が犯罪者になるんだと思う。
「おい、貴様ら…何してる?」
「あっ…」
「暁、お前停学明けなのに、随分と元気そうじゃないか?反省が足りなかったか?」
教室の扉が開き、現れた人物。
その姿を目撃した悠馬は、口をぽかんと開けると、全てを悟ったように、ピクリとも動かなくなる。
現れたのは、他人教師の鏡花だ。
しかも、悠馬と八神が教室を荒らしているから、かなり機嫌が悪いご様子。
「ち、違うんです…俺は何も…」
「お前ら2人は生徒指導室で待っていろ。教育が必要なようだ…」
「なんで俺まで…」
八神に襲いかかられて、それの対応をしていただけなのに…
停学明け初日から、とばっちりを受けた悠馬は悲嘆の声を上げた。
実に幸先の悪いスタートだ。




