お前は停学中だろ
真っ暗な空間の中。ここは悠馬の心の中。精神世界だ。
その中で、1人佇む茶髪の少年は、向かい合うようにして立っている黒い影と会話をしていた。
「それにしても意外ね。まさかユウマが、花蓮ちゃんだけじゃなくて、夕夏ちゃんのことも好きになってたなんて」
「おちょくるなよクラミツハ。好きになってたんだから、仕方ないだろ」
夕夏に告白をされて、ようやく彼女のことが好きだと自覚した。
今までは、自分のそういった気持ちを表に出さなかった分、好きという感情がバグってしまっていた悠馬だったが、花蓮と話をして、我慢しなくて良いと言われ、それから夕夏に告白をされて、好きという感情が溢れ出てきた。
「その調子だと、あの娘も、あの娘も好きなんじゃないの?」
「うるさいな…!別に良いだろ!好きでも好きじゃなくても!お前にはカンケーないしな!好きになるのは自由だろ!」
クラミツハに質問をされて怒る悠馬は、黒いモヤのようなものに飛びつき、押さえ込む。
「あら?私のことも好きなの?仕方ないなぁ…そんなに好きなら、実体化してあげても…」
「いや、しなくて良いから…お前が調子に乗った挙句逃げないように捕獲したまでだ」
「なにそれ…酷くない?私、神様だよ?ユウマの契約神よ?そんな事言っちゃって良いのかしら〜?」
散々煽られ、冷やかされて逃げられるのはごめんだ。
モヤを見事に捕獲した悠馬に対し、実体化しなくて良いと言われたクラミツハは、不機嫌そうに自分は神だぞと脅し始める。
「ハッ、俺はこういう性格なんだよ」
「そうだったわね。ユウマが少し明るくなったようで、よかった」
悠馬の過去を知っているクラミツハは、ようやく悠馬が我慢することをやめたことを、母親のように喜ぶ。
「ユウマって巨乳好きだったの?」
「は…?」
クラミツハの不意打ち発言。
花蓮と夕夏と付き合い始めて、2人の胸が大きいからか、そんな質問をしてきたクラミツハを見た悠馬は、バカじゃねえの?お前。と言いたげな表情を見せる。
「だーって、2人ともFだっけ?昨日、ユウマの目を使って見たけど、とんでもない大きさよね!マシュマロ!あはは!」
「人の目を勝手に使うなよ!俺の許可なく俺の行動を見るな!」
2人の胸のサイズを口走るクラミツハをひっぱたいた悠馬は、機嫌悪そうに立ち上がる。
「ところで、外の世界にお客さんみたい。なんだか見覚えのある人が、ユウマのことを殺しそうなくらい睨みながら異能を使ってるんだけど、起きたほうがいいんじゃない?」
「なにそれこっわ…」
殺しそうな目で異能を使う。
そんな友達、周りに居ただろうか?
もし仮にそんな人物がいたとするなら、早めに縁を切っておいたほうがいいのかもしれない。
クラミツハの話を聞いた悠馬は、目を開いた先にいるであろう人物と、縁を切ることも視野に入れながら、外の世界へと意識を向ける。
「…状況から察するに、昨晩は随分とお楽しみのようだな?」
ゆっくりと目を開く。
まだほんの少しだけだるい身体を起こした悠馬は、目の前にいる人物を見て、唖然とした。
きっちりとしたスーツに身を包み、真っ黒な髪を結んだ女教師。
悠馬の目の前に立ったいたのは、Aクラスの担任教師兼日本支部総帥秘書の千松鏡花だった。
そして現在、ベッドには花蓮と夕夏が悠馬を挟むようにして、両サイドで眠っている。
まぁ、昨晩何があったかはご想像の通りで、そこから疲れ果てて眠っていたわけだが、2人と眠っている光景を担任教師に見られる、というのは死ぬほど恥ずかしいものだ。
「ふ、不法侵入、犯罪、ダメ、ゼッタイ!」
まるでレオのように途切れ途切れの、いや、レオよりもカタコトで話す悠馬は、プルプルと震えながら、枕に顔を押さえつけ、何かを叫ぶ。
「お前…絶対に調子に乗ってるだろ?いや、忘れてるだろ?」
「何をですか…」
乙女のように枕に叫ぶ悠馬を見た鏡花は、ますます不機嫌になりながら、悠馬へと詰め寄る。
亜麻色の髪の少女と、金髪の少女が寝息を立てる中、そんな2人のことなど気にせずに、コツコツと。
鏡花は現在、異能を使い2人をより深い睡眠へと誘っている。
だから今、鏡花が大声を上げようが、暴れようが、少しのことでは目覚めないのだ。
「お前は停学中だろ?何故、一昨日は花咲花蓮の寮に訪れ、そしてその晩は病院でお泊まり、そして翌日は夕夏と関係を持つ、なんてことをしてるんだ?」
「あっ…」
完全に忘れていた。
停学というよりも、夏休み気分だった悠馬は、今日はどこに行こう?などと甘い考えをしていたが、悠馬は現在、停学中なのだ。
もちろん、好き勝手な外出など許されるはずもなく、こうして鏡花が怒ってる理由もすぐにわかる。
「停学中なのに、ネットに顔を上げるなんて大した度胸だな。反省の色なし、ということで退学になりたいのか?」
「え?は?ネットに顔?なんの話ですか?」
己の知らない話。
鏡花の口から発せられた単語の意味がわからなかった悠馬は、自分が過去に、顔を出したことがあったのか記憶を辿る。
結論から言うと、ない。
ネットは怖いとよく聞くし、自分の顔を上げるなんて、そんなことしたことがない。
「じゃあこれは?」
「…なん…すかこれ…」
鏡花がスマホをいじり、何かの投稿を悠馬へと見せる。
その投稿は、共有が10万回近くされていて、20万いいねという、バケモノじみたシェア数を誇っている。
「お前…知らないのか?」
それは昨日の、花蓮のご報告ツイートだ。
行為に及びながらも、そんな話一切聞かなかった悠馬からしてみれば、身に覚えのない、わけのわからない話だろう。
「まぁいい。流石にこれは擁護しきれない。なにしろお前は、私の監視対象にまで手を出したのだ。レッドカード。退学。さよならだ。2度とそのツラを私に見せるな」
擁護できない、というか、擁護をする気のない鏡花は、中指を立てながら悠馬を睨みつける。
教師がそんなことしちゃいけません!
もし仮に、彼女が本物の教師で、総帥秘書などと知らなければ、今の行動を教育委員会にちくって首を飛ばすところだった。
きっと私情も混ぜているのだろう。
「い、いいんですか?そんなことしたら、俺は先生を巻き添えにしてこの島を去りますよ?」
「ほぉ?具体的には?」
しかし悠馬も、そんなことを言われて、はいわかりました。とすんなり退学を受け入れる気はない。
ようやく好きな人と付き合い始めて、少し気持ちも楽になって学校生活を送ることができるのだ。
そんな矢先に、退学なんて絶対にしたくない。
「鏡花先生、総帥秘書ですよね?退学する前に、総帥秘書に脅されて退学したーとか、生徒たちに鏡花先生の秘密、全部バラしてもいいですか?いや、俺を退学にするなら、バラしますよ」
総帥秘書というのは、本来、教育機関で指導することを許可されていない。
それは総帥秘書に限ったことではなく、総帥でも、国家のお偉方でも、教育機関で指導をすることは許されていないのだ。
その理由は、以前も話したかもしれないが、世界大戦の引き金となったロシア支部前総帥、オクトーバーが教育機関に高頻度で入り浸り、優秀な人材を軍に引き抜いたように見せかけ、その裏で非道な人体実験を行っていたからだ。
結果として、国際法に教員を除く、総帥、その他国家のいかなる人物でも、教育機関へ赴き指導してはならない。というルールが制定されているのだ。
そしてもし仮に、教育免許を持っている総帥がいたとするなら、優先度は総帥。どう足掻こうが、総帥をやめない限りは教育機関で指導はできないのだ。
そのルールを、鏡花は破って生活している。
この事実が世間の明るみに出れば、今の寺坂総帥は間違いなく、辞職に追い込まれるだろう。
国際法を破った、犯罪者予備軍のような扱いを受けながら。
もちろん、当の本人である鏡花は、もっとひどい罰を受けるのだろうが…
鏡花の異能は、異変に気付いたものがその事を周りに告げることにより、催眠の暗示状態が解ける。
つまり、現状でいうと、悠馬、神奈のどちらかが口を滑らせると、鏡花の首、そして寺坂の政権は一瞬にして吹き飛ぶのだ。
「…言うようになったな。暁。では聞くが。お前は夕夏を幸せにする気があるのか?」
あまり大きく出ることの出来ない鏡花は、脅しをやめると、最終確認を始める。
「する気はあります。ですが本当に実行できるのかはわかりません」
「だから俺は、彼女たちが少しでも多く笑っていられるように、生きていきたいと思います」
一昨日まで、悪羅に復讐ができるなら、命なんていらないと発言していた人物とは思えない言葉。
その発言を聞いて、窶れた顔ではなく、晴れた表情で笑顔を見せた悠馬を見た鏡花は、観念したようにため息交じりで笑って見せた。
「いいだろう。その笑顔を見て安心したよ。…だが、停学は停学だ。今の様子からして、すぐに復帰しても問題なさそうだが、別の問題が出てきた。あと1週間ほど、お前には謹慎してもらう。そして、自分の反省すべき点を、よく考えておけ」
「え?なんで!?停学1週間!?」
無期限停学から、停学1週間へ。
それは、常人からしてみれば喜ばしいことなのだが、悠馬からしてみればショックを受ける内容だった。
悠馬はてっきり、鏡花がここに来たということはつまり、自分は明日から学校に行ける。八神や通たちと遊ぶことができるのだと、心を躍らせていたのだ。
そんな悠馬からしてみれば、停学期間が予想の7倍もあったことに、衝撃を覚えるのも無理はないだろう。
「お前、今学校に行ったら刺し殺されるぞ?お前は今、異能島で知らない人はいない花咲花蓮と、夕夏と付き合ってるんだぞ?後者はまだバレていないが、お前は前者が原因で殺される可能性は十分にある。なにしろ、ネットに顔まで投稿されてるんだからな」
ネットに晒されてしまった悠馬。
今頃異能島内の学校では、大騒ぎになっていることだろう。
なにしろ悠馬は、異能祭のフィナーレでモニターに映し出されていたわけであって、フィナーレを見ていた生徒なら、悠馬のことを知っている。
アイツが花蓮と付き合ってる。なんでアイツと。
という批判の声は、少なくはないだろう。
そして当然、タイムリーな話に乗っかる生徒は多いわけで、教員が何を言ったところで、大人しくなることはないだろう。
ならばすることは1つ。
ほとぼりが冷めるまで、悠馬と花蓮を隔離する、ということだ。
「周りの学生たちが落ち着くまで、最低でも1週間は大人しくしてもらう。お前だって、注目を浴びるのは嫌だろう?」
フィナーレの時の羨望とは違い、悠馬に嫉妬している生徒は多いことだろう。
悪意を持った生徒たちは、悠馬を貶めようと、探りを入れてくるはずだ。
悠馬が暁闇だと知っている鏡花は、そんなことも踏まえて、停学期間を延ばす意向を示したのだ。
「わかりました。あと1週間、大人しくします」
「よし、いい子だ。それと花咲も、数日は寮に戻れないと思っていた方がいい。彼女の寮は大きいし、住所も割れている。帰っても、眠れないだろうな」
あからさまなほど大きな花蓮の寮。
他の寮と比べ物にならないほど大きかった。と言われれば、あー、あそこだろうな。と思い浮かぶほどの大きさの寮のため、第7高校の生徒の中で知らない人はいないだろう。
そして、他校生も第7高校の生徒と合流して、花蓮の寮へ向かう、非常識な生徒も出てくることだろう。
幸いなことに、花蓮は悠馬の目の前の寮を2つ確保したため、大した問題には発展しないだろうが…
「有名人と付き合うのって、色々しんどいのかもしれませんね」
「ふっ別れるなら今のうちだぞ」
「お前はバカか!別れるわけねえだろ!」
鏡花に何の役にも立たないアドバイスをされて、怒鳴る悠馬。
そんな悠馬を一瞥した鏡花は、満足したのか無言で寮の外へと消えて行った。
「はぁ…可愛いなぁ、2人とも」
ドアがオートロックで閉まる音が聞こえ、ベッドでぐっすり眠る2人を見た悠馬は、惚けた顔で、2人の頭を優しく撫でる。
「…決めたよ。俺は、悪羅に復讐はする…けど、相討ちなんて考えない。俺は勝って、2人と一緒に生きる」
新たな決意を胸に、スタートを切った悠馬。
その表情は、もう迷いなど1つも感じさせない、凛々しいものとなっていた。
彼らの物語は、まだ始まったばかりだ。
まだ始まったばかりらしいので続きます




