想い
いつものように何もない寮内のソファに座り込んだ悠馬は、これから何をすれば良いのかを考えるが、何をすれば良いのかが分からずに、ピクリとも動かない。
何も手につかない。何も上手くはいかなかった。
「もう何もしたくない…」
悪羅に負けたことによりかなりのショックを受けている悠馬は、萎えきった表情でベッドへと倒れこむ。
「どうすれば良いんだよ…?どうすれば勝てたんだよ?」
レベル10。人類が規定する最高レベルの中でも、さらに上へと上り詰めたはずだったのに。
それなのになんで、悪羅はそれ以上に強かったんだよ?
「……クソ!」
精神的に不安定な悠馬は、悪羅を思い出すと、窶れた顔をさらに歪め、ソファを叩く。
「ああああー!どうすりゃ良いんだよ!わからねぇよ!」
自分が今、何をすれば良いのか。何ができるのか。
そんなことを考える余裕は、今の悠馬にはない。
当然のことだ。家族を殺した相手が今ものうのうと生きている。
そしてその相手と遭遇し、復讐をしようとしたが、傷1つ負わせることはできなかった。
一方的にやられて、気を失った。
それは悠馬にとって、いや、被害者にとって屈辱的なことだ。
「……誰か…俺を助けてくれよ…」
限界だった。
誰でも良いから、優しくしてほしい。俺は間違ってないって、肯定してほしい。
そばにいて欲しい。
しかし、悠馬のそんな願いはもう、叶うはずもない。
なにしろ悠馬は、花蓮という許嫁を切り捨て、そして夕夏に異能がバレた。
もう誰も、此処へは来ない。
悠馬が絶望していると、ピンポンというインターホンの呼び鈴が、高らかに鳴り響く。
誰が来たのか?と疑問に思った悠馬は、顔を上げて、まずは時計を見る。
時刻はすでに、18時を回っていた。
昼過ぎにお医者さんから退院しても問題ないと告げられた悠馬は、寮へ戻るとずっと、同じことを考えるループに陥っていた。
18時といえば、学校がすでに終わっている時間帯だ。
そんな時間帯に来る人がいるとするなら、停学を心配してくれる友人や、プリントを届けに来てくれる人くらいだろう。
流石に出ないのは失礼だ。
そう考えた悠馬は、ソファから起き上がると、インターホンに映るモニターを見て、立ち止まった。
そこに映っていたのは、意外な人物。
悠馬が考えもしなかったような人物だ。そもそも、第1高校の出身でもないし、面識だってほとんどない。
モニター越しに立っているのは、黒髪の男子生徒。
花蓮と同じく、第7高校の松山覇王だった。
どうしてだろうか?覇王は悠馬の寮など知らないはず。
昨日初めて顔を合わせたのだから、それは当然のはずのことなのに、なぜこの男は、俺の寮の前にいるんだ?
なぜ覇王が此処にいるのかがわからない悠馬は、不思議そうに首を傾げながら、取り敢えず寮の扉の施錠を解除する。
「邪魔するぞー」
悠馬が施錠を解除すると同時に、玄関から聞こえて来る声。
思わぬ来客だが、門前払いをせずに彼を寮の中へと入れた悠馬は、彼をリビングで待つことにした。
廊下の扉が開かれ、玄関から黒髪の男が入って来る。
その姿は、昨日の異能祭と全く変わらない姿だ。
学校帰りなのか、少し大きめの部活動バッグを持ち、制服を着ている覇王は、視界に映った悠馬を見て、口をぽかんと開ける。
「お前、本当に暁か?1日ですげぇ窶れたな」
「なんだよ…お前、そんなこと言うために此処に着たのか?」
部屋に入って来るや否や、1日で様変わりした悠馬を目にした覇王は、まるで見世物を見るように悠馬をまじまじと見る。
そんな覇王に対して、要件がないなら帰ってくれないか?と言いたげな悠馬は、彼と目を合わせずに、会話を始めた。
「あー…いや、お前が停学になったって聞いてよ。その噂聞いてから、花蓮が泣いて帰っちまって。弁明した方がいいんじゃねぇか?」
頬を掻きながら、恥ずかしそうに話す覇王。
覇王はクラスメイトの眼鏡男子や、会長に唆された後、自分に何ができるのかを真剣に考えていた。
自分じゃあ、花蓮を怒らせることしかできない。花蓮を励ませるのは、悔しいけど目の前にいる悠馬じゃないとダメなんだ。
元凶はすべて悠馬なのだが、悠馬が弁明をすれば、きっと花蓮だって元気になってくれる。
その結論に至った覇王は、こうして悠馬の寮へと訪ねてきたのだ。
しかし、悠馬は覇王の話を聞いて、驚くと同時に、絶望した。
悠馬の停学理由は、表向きでは暴力行為として処理されたはず。
そんな理由で、花蓮が泣くだろうか?
泣くはずがない。ならば、思い当たることは1つだけ。どこかから情報が流れて、俺が闇堕ちだとバレてしまったということだ。
それで弁明?出来るはずがない。
闇堕ちなのは揺るぎようのない事実で、それがバレるのが嫌で花蓮から身を引いたんだ。弁明なんてできるわけないだろ。
「弁明することなんて何もないよ。全部事実で、もう変えられない」
覇王の話を、自分の闇堕ちがバレた件についてだと思っている悠馬は、観念したようにそう告げる。
「せめて会うことくらいはできるだろ。俺は今からあいつに会いに行くんだ。一緒に来ないか?」
覇王の提案に対して、表情を変えずにフローリングを見つめる悠馬は、ため息を吐く。
会う?会ってどうする?第7高校で学校生活を共にしている覇王なら未だしも、闇堕ちして、しかもつい昨日許嫁を破棄した男が寮に訪ねてきたところで、嫌がらせのほかならないだろう。
そもそも、俺が闇堕ちだと知ってしまったから、花蓮は泣いていたんだろ?
なら行ったところで、何もすることはないじゃないか。
俺に残された道は、ただ身を引く事だけだ。
結論に至った悠馬は、機嫌悪そうに立っている覇王の方を向いて、重い口を開く。
「行かないよ。会ったところで、アイツと話すことなんて何もないよ」
悠馬がそう告げた瞬間、胸ぐらを掴んだ覇王は、見たことのないほど怒った表情で怒鳴りつける。
「…お前、サイテーな奴だな!花蓮がずっとお前の話してたよ!だからきっといい奴なんだろうって、お前に期待してた!でもお前は!正真正銘のクズだよ!」
怒鳴られた悠馬はというと、ただただ静かに、覇王の言葉に納得していた。
確かに、俺は正真正銘のクズだ。許嫁に見限られるのが怖くて、逃げ出した挙句に、闇堕ちであることがバレるとこの有様。
本当に都合のいい男だ。
「話は終わった。じゃあな」
何も反論して来ない悠馬を見て、吐き捨てるようにそう告げた覇王は、悠馬には目もくれず、玄関の方へと向かう。
まさか本当に、不純異性交遊で停学になっているとは思わなかった。その上、花蓮に弁明もせずに、話すことは何もないなんて、男としてどうかしてる。クズだ。
お互いに言葉が足りず、行き違いを起こしていることなど知らない覇王は、不機嫌なまま、花蓮の寮へと向かう。
***
「こほん。まずは夕夏さん、かれこれ合宿以来ですかね。本日はお誘い、ありがとう。と言っておくわ」
場所は変わり、夕夏の寮の中。
椅子に座り、足を組んだお団子ツインテールの女子生徒、真里亞は優雅に紅茶を飲みながら、まるで我が家のように過ごしていた。
「う、うん…ごめんね?急に誘ったりして…」
「いえいえ。貴女のお誘いなら、いつでもどこでも、駆けつけますよ?」
申し訳なさそうに謝りながら紅茶を注ぐ夕夏を見た真里亞は、甘々のお姉ちゃんのように夕夏へと微笑む。
真里亞は夕夏のことをかなり気に入っていた。
合宿があるまでは毛嫌いしていたし、他の女と同程度にしか見ていなかったが、夕夏は汚れを知らない。
純粋で、優しい。
そんな彼女を可愛がりたい真里亞は、夕夏の連絡があれば、どんな予定でも無視して彼女の元へと馳せ参じることだろう。
「ところで、今日は何かあったから、私を呼び出したんですよね?」
「う、うん…」
紅茶を飲みながら、突然呼び出された原因を探る真里亞は、ビクッと震えた夕夏を横目で見ながら、笑みを浮かべる。
「私にできることなら、なんでも話してくださいな。友達でしょう?」
「う、うん!そうだね!これは友達の話なんだけどさ…」
あ、これ本人の話だ。
温かい言葉をかけられ、話を始めた夕夏の出だしを聞いた真里亞は、それが友達の話などではなく、夕夏本人の話だと悟る。
「なんて言えばいいのかな…昨日の帰り道、補導時間ギリギリでさ…急いで帰ってた時に、偶然、偶然だよ?好きな人を見つけて…その人が闇堕ちだったって」
不安そうに話をする夕夏は、手をモジモジとさせながら、椅子に座る。
ああ。暁くんのことね。
すでに合宿の時に、悠馬の異能が闇だと知っていた真里亞は、なんの驚きもなく、夕夏の話を聞き入れる。
真里亞は悠馬のことを、大して気にしていない。
実力があったことから、興味対象からも外れ、今では合宿で共に戦った仲間程度の認識だ。悠馬のことを恐怖などと感じたことはないし、なぜ夕夏がそんなことを話すのかも、真里亞は理解できなかった。
「それでさ…その好きな人と戦ってる人が、世界的な犯罪者で…その瞬間、その子は助けなきゃって思ったらしいの」
世界的な犯罪者といえば悪羅。
悠馬が暁闇であることは、合宿の時にすでに確定していたと言っても過言ではないが、夕夏の話を聞いてそれを確信へと変えた真里亞は、ティーカップを回しながら、首を縦に振る。
「でも、その子は好きな人よりもずっと弱くて…足手纏いになることは目に見えていたから、大人に助けを求めた。それで結局、大ごとにならずに済んだらしいんだけどさ…」
悠馬は暴力行為で停学になった。
その噂は、悠馬がフィナーレで1位を取り、優勝の立役者となった為か、瞬く間に広がっていた。
第1高校の1年から3年までの生徒の全員が知っているし、他校生でも粗方噂は耳にしていることだろう。
しかし、その裏で、悠馬が悪羅と戦っていたことを知った真里亞は、流石に驚きを隠せなかった。
悪羅百鬼が現れると、確実に人が死ぬ。その人数に多い少ないはあるものの、最低でも数百人が死んだと聞いているし、最高だと数千人規模だと聞いている。
そんな犯罪者が、この島に来ていたというのだから、驚くのも無理ないだろう。
「かける言葉がわからないって感じですか?」
「うん…停学になってるらしいんだけど…なんて声をかけたらいいのか…だって、何も知らない人からかけられる励ましの声ほど、鬱陶しいものはないでしょう?」
身に覚えのあることだからこそ、鬱陶しいと思う気持ちがよくわかる。
そんな夕夏は、昨日脳内で響いていた声など、すでに聞こえなくなっているのか、頭をテーブルにぶつけながら、ポツポツとつぶやく。
「まぁ…そうですね。少し気になったんですけど、その友達は、好きな人が闇堕ちだと知っても、まだ好きだと、そばに居たいと思ってるんですか?」
「当たり前じゃん!!だって…いや、うん…当たり前って言ってた」
最初から自分の話だと気づかれていることなど知らない夕夏は、テーブルに身を乗り出して、真里亞に悠馬のことを熱弁しようとしたものの、設定上、友達の話になっている為、大人しく椅子に座る。
「なら、何を迷ってるんですか?そんなの、気持ちを伝えればいいじゃないですか」
「えぇ!?」
真里亞の答えを聞いた夕夏は、目を白黒とさせ、仰け反る。
予想の斜め上、いや、遥か上をいく答え。
なんて声をかければいいのかわからないという話だったはずなのに、告白をするという答えに錬金された夕夏は、驚きを隠せない。
「私の推測ですけど。その彼の心は、悲鳴をあげてるはずですよ。そんな傷心中の彼のそばに寄り添ってあげることが、一番いい事だと思いませんか?」
合宿の時、悠馬は闇の異能を使うのを拒んでいるように見えた。
南雲と真里亞に見せる時だって、かなり決断に迷っていた。
それは弱者のとる行動だ。
持てる力を使わないのは、自分の力から逃げているから。恐れているから。
そんな彼に、今必要なのは、支えだろう。
今頃悠馬は、1人悩んで萎えているはず。
頭を回した真里亞は、悠馬の思考を予測し、夕夏にその心の支えになることを提案する。
彼が立ち直るまで、いや、立ち直っても、夕夏なしじゃ生きていけない人間にすればいいのだ。
恋愛は戦いと同じ。重い攻撃を加え、身動きを取れない状態にしてから、じわじわと蝕んでいけばいいのだ。
運良く悠馬は、身動きが取れない状態。あとはじわじわと蝕むだけ。
夕夏が支えてあげれば、いくら女子から人気がある悠馬と言えど、イチコロだろう。
声をかける+付き合うことまで視野に入れている真里亞は、不安そうな表情の夕夏の頬をムニムニと触り、微笑みかける。
「大丈夫。夕夏さんなら、絶対にできるわよ」
幸い、悠馬は夕夏に、ほんの少しだけ好意を抱いているようだし。
アドバイスを終えた真里亞は、上機嫌に立ち上がると、夕夏に有無を言わさず、その場を後にする。
あとは2人に。悠馬と夕夏に任せるとしよう。




