復讐の対価
規則正しく鳴り響く、機械音。
聞き慣れないその音が耳に入ってきた悠馬は、まだだるい全身を無理やり覚醒状態へと持って行くと、寝起きで理解の鈍い脳みそを回転させる。
一体何の音だろうか?
音の鳴る機械なんて、購入した覚えがないし、スマホも携帯端末も、こんな心拍数を計測するような音は鳴らさないだろう。
そこまで考えたところで目を開いた悠馬は、視界に映る真っ白な天井と、カーテンのようなものを発見する。
これはつい最近見たことがある、保健室とよく似た光景だ。
いつものようなLEDの寮の電球ではなく、埋め込まれた小さな電球が室内を照らし、左側には栄養パックのようなものが付いている。
「病院、か」
ここまでくれば、バカでもわかる。
これで病院じゃなければ、ヤバイ組織に拉致られてなにかの実験台にされると大騒ぎしたいところだが、今はそんな気分にはなれない。
何故自分が病院にいるのかを徐々に思い出した悠馬は、気分が悪そうな顔で、頭を抱えた。
悪羅を殺すために、死に物狂いで努力をしたつもりだった。
レベル10の、今の領域に至れば、あとは応用力を身につければ、悪羅と互角に戦えると、復讐ができると、本気で思っていた。
なのに結果は、悲惨なものだった。
大切なものを切り捨ててまで選んだ復讐の道。
だけど、その復讐ですら、上手くはいかなかった。
今の自分なら本当に悪羅を殺せる。
そう思っていた悠馬からして見ると、昨晩の結果は相当なショックを受けるものだった。
今まで生きてきたことも、自分の努力も、すべて否定された気分だ。
「何で生きてるんだろうな…俺」
復讐ができないなら、存在価値はない。
復讐をしないと、家族に顔向けできない。
そんな思考しか頭の中にない悠馬は、暗い表情を浮かべ、涙を流す。
「暁。起きてたのか」
「…鏡花先生」
泣いている悠馬に声をかけたのは、担任教師である千松鏡花だった。
時刻は平日の12時50分。本来であれば学校で授業の準備を行っていないといけない時間帯なのだが、彼女は教え子の容態を確認するために、学校を休んでいた。
もちろん、教師の権力ではなく、総帥秘書の権力を使って、学園側を黙らせて、だ。
鏡花を見た悠馬は、慌てて涙を拭うと、いつものように何食わぬ顔で、天井を見上げる。
きっと、涙を流している姿を見られるのが嫌だったのだろう。
「落ち着いたか?」
「落ち着いたも何も、俺はいつでも落ち着いてますよ。鏡花先生こそ、学校サボっていいんですか?理事に怒られますよ?」
いつものような減らず口を叩いた悠馬は、ムッとした表情を浮かべた鏡花を見て、疲れ果てたような笑みを浮かべる。
「…お前、自分の顔を鏡で確認した方がいいと思うぞ。その顔で学校には行けないだろ」
そう言って手鏡を悠馬へと向けた鏡花。
そこに映っていたのは、随分と窶れてしまった、自分自身の表情だった。
真っ黒な瞳で、少しだけ涙で腫れている目元。
「…確かに」
「それと暁、お前は停学だ。理由はお前自身が一番わかっているだろ?」
鏡で自分の顔を確認する悠馬に向けて放たれた言葉は、無慈悲なものだった。
いや、適切な処遇と言うべきか。
昨晩の出来事。自ら人に向けて異能を放ち、公共物を破壊した。
それは、例えその相手が犯罪者であったとしても、明確なルール違反だ。
もし仮に、周りに人がいたら?まだオフィスビルに人が残っていたら?
もしも話だが、そんなことを視野にすら入れていなかった悠馬は恐らく、人が居たとしても異能を使って、そして巻き込んで居たことだろう。
それに、悠馬が抉った道路だって、安くはない。
舗装するのにかなりのお金がかかるだろうし、本来であれば退学になっていてもおかしくなかっただろう。
「1つ、聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「悪羅はどうなったんですか?俺はどうして病院にいるんですか?」
昨日、悠馬は悪羅に心臓を貫かれたところで、意識を失っていた。
治ると言っても痛みはあるのだから、激痛に耐えきれず気絶をしてしまったのだ。
そのため、悠馬はあの後何が起こって、悪羅はどうなって、自分がどうして病院まで連れてこられたのかという記憶が、一切ない。
「まずは悪羅から。残念だが、今も逃走している。が、この島にはもういない。そのことは確認済みだ」
異能島のセキュリティは万全。今頃、なぜ悪羅が侵入できたのか、どこから入ってきたのかなどの原因究明が行われている頃だろう。
「そして、お前を助けたのは死神だ。アイツが敵か味方かわからずに警戒するのもわかるが、この件においては素直にお礼を言っておけ。お前を助けたことには変わらないんだからな」
死神が助けたことを告げた鏡花は、ひと通り話し合えたのか、ポケットからタバコを取り出すと、それを咥える。
「…ちなみに停学期間だが、未定だ。お前の精神状態を確認しつつ、私が問題ないと判断した時点で停学は開ける。それと、他の生徒たちには、暴力行為で停学ということになっている。今のうちに適当な理由を考えておくんだな」
「…暴力行為…」
100歩譲って、鏡花の気分で停学が明けることは良しとしよう。好き勝手に言える立場ではないから。
しかし、暴力行為って…もう少しマシな理由あっただろ。例えば怪我して入院とか、病気とか、親の都合で〜とか。
それをまさか、暴力行為で停学にするなんて、まるで野蛮人みたいじゃないか。
実際は、異能を使って停学。の方がやばいのだが、異能を使うよりも暴力の方がやばいと思っている悠馬は、お通夜のようなテンションになる。
「話は以上だ。これから私は、お前の報告書を作成しなければならんからな。看護師の指示に従えよ」
***
昼休み。第7高校へと通う花咲花蓮は、生徒会室へと呼び出されていた。
花蓮の表情は、いつも活発な彼女の姿など見る影もなく、沈みきったものだった。
それもそのはず、彼女は昨日、大きな失恋をしてしまったのだ。
人生の約半分近く恋をした男子に、こっぴどく振られてしまった。
全身全霊をかけて、人生で最も愛し、そして好きになった悠馬に別れを告げられた花蓮は、完全に空っぽの状態。抜け殻のようになってしまっていた。
「ごめんね、花咲さん。お待たせしてしまって」
そんな脱力しきっている花蓮よりも遅れて生徒会室へと入ってきたのは、第7高校の生徒会長である、刈谷だった。
まるで品定めをするように花蓮を舐め回すように見つめる彼は、傷心しきっている花蓮を見るや否や、彼女の反応を待たずに、本題へと入る。
「花咲さんに、見て欲しいものがあるんだ」
お互いに、向かい合うようにしてソファに座った刈谷は、封筒の中に入っていた写真を、花蓮へと見せる。
その瞬間、刈谷は勝ちを確信したのか、薄ら笑いを浮かべると、彼女に向けて写真を投げた。
俺の勝ちだ。この女は、間違いなく靡く。
そして計画通りに行けば、間違いなく花咲花蓮という女は、俺のアイテムとなることだろう。
全てが自分の掌の上にある刈谷は、写真を見て表情を歪める花蓮を見つめながら、笑みを浮かべた。
それは昨日の異能祭の日。
後夜祭後にネットで出回っていた、朱理と悠馬の、仲睦まじく手を繋いでいるツーショット写真だ。
フィナーレで花蓮が悠馬から振られた、許嫁の破棄宣言を受けていたことを盗聴器で知った刈谷は、運良く悠馬と朱理のツーショット写真を入手し、完全に花蓮を失恋させるつもりでいた。
悠馬に他の女がいたと知れば、彼女だってかなりのショックを受けて、彼のことなど嫌いになってしまうことだろう。
その弱みに漬け込めば、社長令嬢でもあり、モデル、アイドルすら熟す彼女を持ち駒に、アクセサリーとして他人に見せびらかせる。
そうすれば卒業後も安泰だ。
卒業後はこいつと結婚して、幸せな家庭を築こう。
そんな勝手な妄想を繰り広げる刈谷は、自身の計画が完全に軌道に乗ったことを悟っていた。
「これ…」
「そう、これは昨日の異能祭で撮影された、第1高校の暁くんと、その彼女。異能祭の後、不純異性交友で停学になったらしいよ。大変だよね、1年生で、しかもフィナーレで1位を取って優勝の立役者って騒がれてたのに、突然停学なんて」
「っ…それが…私になんの関係が?」
隠しきれているつもりでいるのか、驚いた表情の、悲しげな表情。膝に乗せていた手でスカートをギュッと握りしめながら、まるで悠馬のことなど知らないというフリをする花蓮は、生徒会長の刈谷を軽く睨みつける。
なんで?どうして?許嫁を解消するって、新しい女ができたから、私は要らないってこと?私のことなんて、どうでもいいってこと?
何年も貴方のことだけを思い続けていたのに、なんで?なんで横にいる女と、そんなに嬉しそうに笑っているの?
口には出さないが、フィナーレで悠馬から許嫁を解消しようと言われてから、少し気分が悪かった花蓮は、益々気分が悪くなってしまう。
これじゃあまるで、私がバカみたいじゃん。
何年も待ってたのに。全部悠馬にあげようと思って、全部初めてを残してるのに。
悠馬に褒めてもらおうって、色々努力してきたのに…
「いやぁ、花咲さん、君にも気をつけて欲しいと思ってね」
花蓮の思考を遮ったのは、目の前に座っていた刈谷だった。
両手を広げてオーバーアクションに忠告を始める彼の姿は、演技じみていて、遊んでいるようにも見える。
「なにしろ君は、異能島初の特待入学生。周囲からはお手本のように見られるし、第7高校に革命をもたらした人物でもある。加えていうなら、アイドルでモデル。…そんな君が似たような問題を起こしてしまったら、第7高校がマズイことになってしまうからね」
「私はそんなことしません!失礼します」
刈谷の話を聞いた花蓮は、勢いよく席を立ち、足早に生徒会室から出て行く。
その様子を眺める刈谷の眼差しは、まるで道具を見ているような、そんな瞳だった。
「あとは松山覇王を消すだけだ…くく…ははは…!」
運が良かった。第7高校に花咲花蓮が入ってきてくれて。たまたま手に入れた情報を組み合わせるだけで、ここまで有利に立ち回れるとは思いもしなかった!
「今から楽しみだなぁ…アイドルの花咲花蓮が、ひとりの女として、俺の駒になるのが」
***
生徒会室への呼び出しを食らったあと、教室へと戻ってきた花蓮は、自身のバッグを手にすると教室から出ようとする。
「おい、花蓮。何してんだよ」
そんな彼女の手を握り呼び止めたのは、覇王だった。
「うっさい!ほっといてよ!」
覇王に手を握られ、呼び止められた彼女の瞳からは、涙が溢れていた。
初めて見る、花咲花蓮という少女の涙。それを見た覇王は、反射的に手を離してしまうと、かける言葉が見当たらなかったのか、無言のまま動けなくなる。
覇王のクラスメイトたちも、似たようなものだ。
なぜ花蓮が泣いているのかも、怒鳴ったのかもわからない。
昼休みの教室といえば賑やかなものなのだが、さっきまでの喧騒が嘘だったかのように静まり返る。
そんな中、唯一動いたのは、花蓮だけだった。
覇王が手を離すと、教室から逃げるようにして去っていく。
取り残されたクラスメイトたちは、何が何だかわからない状況で、その場に立ち尽くしていた。
「花咲さん、泣いてなかった?」
「花蓮ちゃん、大丈夫かな?」
花蓮が居なくなると、不安そうに話を始める、クラスの女子生徒たち。
クラス内に残っている男子たちも不安なのか、女子生徒たちの会話に聞き耳を立てて、深く頷いている。
花蓮自身は、自分がどう思われているかなんて知らないだろうが、花蓮はクラスに必要不可欠な存在となっていた。
大胆不敵。言うことすること、かなり厳しいが、結果的にはみんな付いてこれるし、予想以上の成果を得られる。口では酷いことを言うが、弱い立場の生徒にだって、笑顔で手を差し伸べてくれる、男女問わず人気の存在。
少し性格のきつい彼女を見たら、第一印象は友達が少なそう。なんて思う人もいるかもしれないが、それは逆だ。
彼女はちゃんと周りを見ている。だからみんな、彼女の後に続くのだ。
そんな彼女だからこそ、彼女の泣き顔を見たクラスメイトたちは、心配をしているのだ。
「おい覇王、お前、俺らの姫ちゃんのこと、励ましてこいよ」
「え!?俺?悪いけど部活あるし…そもそも花蓮に嫌われてるし…」
「んなもんサボれバーカ!」
不健康な肌の色に黒縁メガネ。そのメガネをクイっと上げて覇王の肩を叩いた男子生徒は、頼んだぜ?と付け足すと、他の男子たちとの会話に戻る。
「松山くん。ちょっと」
覇王がメガネの男子から励ましてこいとアドバイスを受けた直後、教室の扉の前には生徒会長の刈谷が立っていた。
手招きをして、覇王を呼ぶ刈谷。
「なんですか?会長」
手招きをされた覇王は、怪しむこともなく刈谷へと近づくと、手渡されたペッドボトルを受け取り、彼の話を聞いた。
「実はさ。第1の暁くんが不純異性交遊で停学になったらしくてね。花咲さん、振られたみたいでさ。君、花咲さんと仲が良いらしいし、元気付けてくれないかい?それは俺からの差し入れだよ」
ペッドボトルを指差してそう告げた刈谷は、いかにも好青年風の笑顔を覇王へ向けると、去っていく。
「…わかったぜ。俺が花蓮を励ましてやる」
メガネの男と刈谷に背中を後押しされた覇王は、自分が罠に嵌められていることなど気づかずに、決意を露わにした。




