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カラオケ大会

 放課後。


 何だかんだで美月の身体をエンジョイしていた悠馬は、上機嫌に帰る準備をしながら、ホームルームの先生の話を聞き流していた。


 体育から色々あったが、美月の周りの取り巻き女子がどんな奴らなのかもある程度把握できて、かなりの収穫だったと言ってもいいだろう。


 いつもは冷たい取り巻き連中も、美月の身体となると接し方が甘々になる。


「それではホームルームは終わりだ。各自、気をつけて帰るように」


 担任教師、鏡花がそう締めくくると、教室内は一気に騒がしくなった。


「なぁなぁ!楽しみだなぁ!」


「それな!他クラスと合同なんて、考えてもみなかったぜ!」


 大きな声で会話をする栗田たち。


 今まで他クラスと合同で親睦会などしたことがないから、興奮しているのだろう。


「美月〜」


「私らも行こっか〜?」


 クラスの生徒たちが徐々に廊下へと出て行く中、美月に飛びついたのは湊と愛海だ。


「うん、行こっか」


 それをすんなりと受け入れた美月姿の悠馬は、鞄を手にすると、湊の手を握って歩き始める。


 遠目から見たら、まるで姉妹のような光景だ。


「夕夏来れないんだって?」


「らしいね〜、暁くんもでしょ?」


「そっちはどうでもいい」


 湊と愛海の会話。


 湊に自分自身(悠馬)がどうでもいいと言われたことに傷つきながら、廊下をトボトボと歩く。


 湊は気づいていないだろうが、今手を繋いで歩いているのは、美月であって悠馬なのだ。


 今日1日で、仲良くなったと思っていた悠馬的には、かなりメンタルにくる発言だった。


「ところで、今日の親睦会って、会場どこ?」


 昇降口まで辿り着いた美月姿の悠馬は、今日の親睦会の会場を知らされていないことを思い出し、湊に尋ねる。


「カラオケらしいよ。美月は歌える?」


「えぇ…?どうだろう?」


 湊から帰ってきた返事を聞いた悠馬は、不安そうな表情でそう答える。


 悠馬は、カラオケに行ったという記憶が一切ない。


 普通なら、中学校の部活で〜…とか、親戚と一緒に〜…とか、カラオケに行く機会はいくらでもあったのだろうが、悠馬はその類ではなかった。


 つまり悠馬は、歌が上手か下手か、まったくもって不明なのだ。


 とてつもない音痴かもしれないし、そうじゃないかもしれない。


 しかも今回は、美月の身体で歌わなければならないのだ。


 自分の身体ならまだしも、他人の身体で、1年の大半の生徒の前で歌うというのは、かなりのプレッシャーだ。


「ま、私ら楽しみにしてるから!」


「あ、あんまり期待しないでもらうと助かるかな…」


 自分の実力がわからない以上、過度な期待は避けたい。


 そう願う悠馬は、少し帰りたい気持ちになりながらも、カラオケ店へと向かった。



 ***



 歩くこと5分ほど。


 第1高校最寄りの駅へと悠馬が辿り着く頃には、既にカラオケ店前は1年の生徒たちで埋め尽くされていた。


 まるで1つの入り口に群がる蟻のように、少しずつ店の中へ入って行く生徒たち。


「そこそこ多いな…」


 事情があって来れない生徒も居るだろうが、それでも70〜80人の生徒が集まって居るように見える。


「おーっす悠馬、お前面白いことになってんのな!」


 そんな景色を眺めていた悠馬に、呑気な連太郎の声が投げかけられる。


 連太郎は体育の時点で悠馬が悠馬でないことに気づいていたが、ここに来るまで一度も接触してこなかった。


「お前…知ってたなら話しかけろよ…」


「無理無理!篠原さんガード固すぎるんだよ!お前もわかってんだろ?」


 美月の周りには、いつものように取り巻きの女子がいる。


 休み時間は大抵湊や愛海、ギャル系女子が囲っているし、男子が話しかけようと来ても、合宿時の悠馬のように暴言を吐かれて、追い払われてしまう。


 流石にクラス内で女子たちに煙たがられるような存在になりたくない連太郎は、美月にはなるべく接触をしないように、心がけて来た。


 まぁ、加奈にはかなり嫌われているのだが。


「まぁ、そうだな…」


「ちょ、紅桜、あんた何美月に話しかけようとしてんの?」


「あっ!いや!そういうんじゃないよ!倒れたって聞いたから、カラオケ大丈夫なのかなって思ってさ〜湊さんも心配だろ?ちゃんと見てあげといてね!」


「くっ!」


 美月を心配して声をかけたと言うのと同時に、また倒れるかもしれないからちゃんと見とけと付け足した連太郎。


 悠馬からしてみれば、軽い地獄だ。


 別に、彼女たちといるのが苦であると言うわけではないが、美月じゃないとバレないように取り繕うのは疲れるし、ずっと周りを囲まれていると、精神的な疲労もある。


 自由が制限されるような発言をした連太郎を睨みつけた美月姿の悠馬は、湊の背後に隠れると、怯えたように連太郎を指差す。


「私、体触られた…」


「えっ」


 いつも面白がって事態をややこしくする連太郎に、今回ばかりはと言いたげに、復讐の狼煙を挙げる。


「オイ紅桜。覚悟、出来てるよな?」


「ま、待って?湊さん、落ち着こ?俺篠原さんに触れてないよ!?」


「う、嘘つき!変態!近寄らないで!」


 連太郎も、悠馬が復讐をして来るなどと考えていなかったのだろう。


 血の気の去ったような、青ざめた表情の連太郎を見て悪魔のやうな笑みを浮かべた悠馬は、湊の手を引いて、カラオケ店へと入ろうとする。


「え、ちょ?美月!話はまだ…」


「いいよ!こんな奴放っておいて、楽しまないと!」


「えぇ!?美月がそれでいいならいいけどさ!」


 今日の悠馬は、一味違う。


 何しろ、嘘をついても取り巻き連中が、ムカつくやつを叩きのめしてくれるのだから。


「はぁ…今日は悠馬に関わらねえ…」


 取り残された連太郎は、疲れたような表情でそう嘆いた。



 カラオケ店の中へ入ると、入って突き当たり右にある大きな部屋が解放されていて、第1の生徒たちが集まっているのが見える。


 誰かが早速歌い始めているその空間を目にした悠馬は、湊の手を引きながら、会場の中へと突入した。


「ふぅー!アダムやれやれー!」


 会場へ入ると、嫌でも聞こえて来る歌声。


 アメリカ支部の国家を歌うアダムは、自信満々に熱唱していた。


 薄暗い会場の中、まるでパーティー会場のように丸いテーブルが複数設置され、そこに座って盛り上がる生徒たち。


 アダムの歌声は、センスのかけらも感じないものだったが、1番手に持って来るにはちょうど良かったのか、異様な盛り上がりを見せていた。


「うわ、アダムくん…なんと言うか、朗読してるみたいだね…」


 湊の火の玉ストレート。


 思っていることをそのまま口にした湊は、アダムには聞こえていないだろうが、少し引いたような表情で空いているテーブルを探す。


「美月!湊!こっちこっち〜!」


「あ!ありがと〜!」


 アダムの歌を聞き流しながら、手を振っていたギャル系女子の元へと向かった2人は、ギャル系女子が取ってくれていた席に座る。


「いやぁ、アダムくん面白いよね〜」


「あれはふざけてるのかな?」


 アダムは人格そのものがふざけていると言っても過言ではないから、あれが通常運転だろう。


 つまりアレが本気。


 合宿でアダムのことを知っている悠馬は、センスのない歌声に若干ドン引きしていた。


 しかも国家というところが余計にセンスがない。


「ぶははは!58点て!お前やる気あんのかよ!」


「あははは!」


 悠馬たちがドン引きをしていると、ちょうど歌い終えたのか、点数が大画面に表示され、会場がドッと湧く。


「うるせぇーなー!ならお前も歌ってみろよ!」


「え、いや俺はいいよ!」


 アダムを冷やかすと、カウンターを食らう男子。


 それもそのはず。こんな映画館のような大画面に点数が表示されるのだから、誰だって歌いたくはないだろう。


 高い点数を取った時は素直に凄いと言われるだろうが、中途半端な点数を取ると会場の雰囲気も悪くなる。


 何しろ恥をかきたくない。


「誰か次歌う人居ませんかー?」


 進行役のような女子が、壇上に立ち志願者を募る。


 しかし、クラスだけならまだしも、学年内での親睦会となると、恥ずかしいのか誰も志願者は出てこない。


「お前歌えよ」


「え?そういうお前が歌えばいいだろ?」


 男子たちがお互いを唆し合い、肩をぶつけ合っている。


「美月〜歌ってみなよ?」


「ええ?私?」


「私も美月の歌声聞きたいな〜」


 次の歌い手が決まらない中、悠馬にも魔の手が迫る。


 湊や愛海が唆し、引きつった笑みを浮かべる悠馬。


 流石に今の状況で歌う度胸はないし、音痴だったら美月になんと謝ればいいかわからない。


 今更になってここへ来たことを後悔し始めた悠馬は、美月と同じように、適当な言い訳をして休めば良かったと、そう思い始めて居た。


「じゃ、じゃあ歌います…」


「はーい!Aクラスの美月が歌いまーす!」


「おー!篠原さん!」


「可愛いぞー!」


「好きだー!」


 ギャル系女子が、美月が歌うと叫ぶと同時に、男子たちの喜びの声が上がる。


 中身は悠馬だというのに、好きだなどと叫んでいる男子もいる始末だ。


「何歌うの?」


「あんまり聞いたことないけど、花咲花蓮のI♡YOUかな」


 マイクを渡されて、歌う曲を決めた美月。


 前奏が始まると同時に、椅子から立ち上がった悠馬は、美月の身体でダンスを始めた。


 悠馬の発言は、半分が嘘だった。


 あまり聞いたことがないと言って居たが、悠馬は許嫁がアイドルをしていると知って以降、ネットサーフィンをして画像を収集する毎日。


 花蓮の歌は全曲耳コピしているし、振り付けすら完全に覚えているのだ。


 勿論、そんなこと誰にも言っていないが、悠馬の思いの傾け方は、最早ストーカーの領域に達していると言っても過言ではなかった。


「うまっ!」


「やべぇ…本人が歌ってるみたいだ!」


 大はしゃぎする男子たちを眺めながら、余裕ができた悠馬はウィンクをしてみせる。


「きゃー!美月ちゃん!こっちにも視線ちょうだい!」


 女子たちも大興奮だ。


 悠馬の歌声は、自身が思っているほどセンスのないものではない。


 腹式呼吸のトレーニングなどを行ってきたわけじゃないが、それなりに様々な特訓を積んで来た上に、花蓮の曲は寮内で2週間毎日熱唱して来たほどだ。


 それに相まって、綺麗な美月の声が歌の完成度を上げる。


 声の出し方を知っている悠馬からしてみたら、造作もないことだ。


「ぁー!好きだ!篠原さん!」


 遠くで叫んでいるのは、八神だ。


 八神は花咲花蓮というアイドルを愛してやまない少年で、振り付けも歌声も完璧な美月を見て、想いを爆発させているようだ。


 中身は悠馬なのに。


「愛してる♡」


 うわ死にたい!


 最後の最後であざとくハートを作って見せた美月姿の悠馬は、寮内で1人でしていた時と全く違う、集中した視線を感じて心の中で絶望する。


「アンコール!アンコール!」


「うわ!94点!」


「やべぇぇえ!アダムの比じゃねえ!」


「あははは…ごめんなさい、病み上がりなので、今日は一曲だけで…」


 90点越えという、安全圏と言ってもいい点数を叩き出した悠馬は、肩の荷を下ろしながら、アンコールを拒否する。


 元々美月の身体の体力はそこまであるわけじゃないし、薬を飲んだからといえど、あまり調子に乗って美月の身体に何か支障を出してしまうのは申し訳ない。


 加えていうなら、あんな恥ずかしいの二度とゴメンだ。


 マイクを司会進行役の女子生徒に返した悠馬は、逃げるようにして湊の横へと向かった。


「おかえり〜!めっちゃ可愛かったよ!」


「美月歌上手いのね!初めて知ったわ〜!」


「ほら、こんなに写真撮っちゃった!」


 美月の取り巻き連中からも、大好評だ。


 まさかここまでうまくいくとは思っていなかった悠馬は、喜んでくれている美月の取り巻き連中を見て、微笑んでみせる。


「私、写真ほしいかな!」


「おっけおっけ!送るね!」


「美月〜好き〜」


「私も湊のこと、好きだよ」


 嬉しそうに画像を送ってくれる愛海と、抱きつきながら告白をしてくる湊。


 その告白を受け入れたような形の悠馬は、若干心臓の鼓動を早くしながらも、落ち着いた表情で対応して見せた。


「お?次南雲くんじゃない?」


「おー、ほんとだ。あの人こういうイベントに来るんだ〜」


 驚いた様子のメンバーたち。


 南雲の噂というのは、1年の中でもかなり広がっていた。


 入学当初の暴力騒ぎから、合宿の先輩たちのイジメの仲裁。


 先輩たちのイジメを止めた南雲は、ただの暴力野郎という称号から、正義の味方のような立ち位置に変わっていた。


 入学当初ボコボコにしたのが、退学になった神宮と霜野だということもあり、南雲の株は爆上がり。


 孤高の存在などと言われ、1人でいることも多い南雲が、ここへ来てカラオケを歌うというのは、珍しいことなのだろう。


 美月から南雲という、学年でも屈指の人気を誇る2人が連続して歌を歌う。


 そのせいもあってか、会場内の盛り上がりは、始まったばかりだというのに最高潮に達していた。


 それを楽しそうに眺める、美月姿の悠馬。


 自分としてではなく、美月としての生活を満喫しつつある悠馬には、いつしか不安そうな表情が消えていた。

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