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合同体育

「……」


 銀髪の少女、篠原美月。いや、今は中身が暁悠馬の彼女は、不機嫌そうな表情で1学年の合同体育を眺めていた。


 なぜこんなにも不機嫌なのか。


 その理由は、夢の中のはずなのに、自分自身がもう1人いるということだ。


 しかも、髪の毛をワックスで固めて、ピアスまで付けているときた。


 女子からはキャーキャー言われて、軽く手なんか振っちゃって…


 正直羨ましいというか、自分自身のはずなのに、嫉妬してしまう。


 いつもとは違う自分を遠目から見ている美月姿の悠馬は、深くため息をついて、フェンスへと寄りかかる。


「くそ、ブラキツイしさ…」


 ブラジャーなどつけたことのない悠馬からしてみたら、女子のブラジャーというのは、かなり窮屈というか、気持ちの悪いものだ。


 生まれてきてから、一度もブラジャーを装着したことのなかった悠馬は、締め付けられるような感覚と、行動を制限されているような感覚に、嫌そうな表情を浮かべながらブラの位置を動かす。


 ブラをほんの少しだけずらし、最早ブラをつけている意味がないような付け方に変更した悠馬は、幾分がマシになったのか、安心した様子で体育教師の話へと耳を傾けた。


「異能祭まで残り2週間とちょっと!君らにはこの2週間の間で、更に実力をつけてもらいたいと思っている!」


 異能祭まで、残り1ヶ月を切った。


 合宿では、退学者が出たものの、それなりに生徒たちの経験値という名のレベルは上がったのだろう、さらなる飛躍を求めている様子だ。


 去年の異能祭が2位という結果に終わっているせいか、やけに気合の入っている体育教師の磯部。


「幸いなことに、今年の1年生は、異能島が創設されて以来初と言ってもいいほど、実力者が集まっている」


「え?すごくない?」


「そんなに実力者いるの?」


「ま、俺がいるから当然だよな」


 磯部が褒めると、調子に乗り始める生徒たち。


 異能島でも初。という単語が、1年生たちを調子に乗らせてしまったのだ。


「勘違いするなよ!別にお前ら全員がすごいと言っているんじゃない!ごく一部の生徒が凄いと言っているのだ!他の生徒は例年と同じ!この意味がわかるか?」


 調子に乗った生徒たちを一喝する磯部。


 その姿は、熱血教師そのものだ。


「お前らの中には、格が違うほどの実力を保有する生徒がいるんだ!そんな相手に、お前らは卒業までに何かで勝たなければならない!勝てないなら、総帥や異能王はまず無理だ!就職先だって、実力が上の者から決まっていくだろう!調子に乗っていると、置いてけぼりになるぞ?」


 今年の1年の中でも、夕夏や南雲、そして真里亞は、ずば抜けた才能を発揮している。


 悠馬や連太郎、そしてアダムはあまり目立ってはいないものの、教師はレベルもある程度は把握していることだろう。


 そして残念なことに、その他の生徒たちは、彼らのような実力者たちと、卒業後は席を奪い合うことになるのだ。


 それは軍人であったり、総帥であったり、異能王であったり。


 目指す道は様々だが、彼らのような実力者と同じ道を選んでしまった場合、席が1つ減るのはほぼ確実。


 磯部が褒めたことにより、調子に乗っていた生徒たちも、自分のレベル、実力を把握しているためか、先ほどまでのおちゃらけた雰囲気は、一瞬にして消え去った。


「よし。聞き分けがあるだけ、君らは伸び代があると言ってもいい。せっかくの合同体育だ。何か質問がある奴はいるか?」


 普通、異能島に通う生徒というのは、聞き分けが悪い輩が多い。


 それは今まで、自分が指示した通りにやれば上手くいっていたのだから、教員の指示など聞かずとも、上手くできる。そう思っているからだ。


 しかし、異能島はそこまで甘くない。


 教員たちは、そうやって躓いて、挫折していく生徒たちを見てきたから、次はそうならないように、と次の世代を指導していくのだ。


 そして今年は、運良く反抗的な生徒が少ない。


 心の中では納得していない生徒もいるだろうが、神宮や霜野が納得がいかずに大暴れして、結果退学となったという話を知ったおかげで、誰も文句は言わない。


「お、三枝さん。質問かい?」


「はい。先生。少し気になることがありまして」


「どんどん聞いてくれ!俺が答えれることならなんでも答えよう!」


 大抵、質問があるか、と聞かれたら生徒は静まり返り、手を挙げる生徒など殆ど居ない。


 周りの目を気にしたり、お前が質問をしたせいで話が長引いたなどと言われるのが嫌だからだ。


「では。この体育では、卒業までにどこまで教えてくれるのですか?」


「基本的な異能の使い方、そして身体の使い方。体力作りだな!他は君らが、応用して伸ばしていくしかない」


「セラフ化は教えてくれないんですか?」


 真里亞の質問に、嬉しそうに答えた磯部。


 しかし、次の言葉を聞いた瞬間、磯部は固まった。


 他の生徒たちも、気になっていたことなのか、背筋を伸ばし、食い入るように磯部を見つめる。


 セラフ化。


 それは文字通り、人の身でありながら、セラフ。つまりは天使、神の領域へ至る現代異能の頂点だ。


 セラフ化を使うと、一国の軍隊とも対等にやりあえて、そして使える異能も一時的に増えると言われている。


 生徒たちからしてみれば、それが教えてもらえるなら、是が非でも授業を受けたいというのが本音なのだろう。


「残念だけど、それは先生には無理だ」


 残念そうに、首を振る磯部。


 セラフ化というのは、真里亞が軽々しく発言するほど、簡単に発動させれるものではない。


 凡人が一生かけて自身の異能を極めて、死ぬ直前に漸く使えるようになるかどうか。


 天才でも、十数年は特訓を要すると言われるほど、発動させるためには時間と、努力が必要なのだ。


「君らは、今の異能王が使えるから、自分らも使えると思っていそうだけど、セラフ化はそこまで甘くないよ」


 現異能王、8代目は、世界大戦の終戦後、王への就任宣言の時にセラフ化を使い、その実力を世界へと知らしめた。


 それが約、3年前。


 今の学生たちからしたら、俺も、私もいつかあんな風に…と思っていても仕方がないことだ。


「セラフ化は、何十億といる人間の中で、使用できる人間は100人にも満たないと言われている。もちろん、先生も使えないし、使える人を生で見たことはない」


 レベル10の中でも、ほんの一握りしか使えない奥義がセラフ化なのだ。


 そう簡単に、普通の学生たちがポンポン使えるようでは、誰も憧れないし、努力もしないだろう。


「私たち教員に出来るのは、君らをスタートラインに立たせることだけ。あとは君らが、自分の足でその高みへと登り詰めるんだ」


「はい。ありがとうございます、先生」


 いいことを言って締めくくろうとする磯部に頭を下げた真里亞は、最初から期待などしていなかったのか、すんなりと手を引く。


「ほかに質問がある生徒はいるか?いないのなら、授業を始めるぞ!」


 真里亞の質問が終わり、次に手を挙げる生徒はいない。


 先ずは準備運動から、そして号令走を始めた生徒たちを、つまらなさそうに眺める美月姿の悠馬は、完全に他人事のように、磯部の話を聞き流していた。


「セラフ化、ね」


 悠馬はセラフ化を使いこなせる高みにまで上り詰めている。


 天才でも10年かかると言われたセラフ化を、僅か3年で習得した悠馬からしてみれば、今の話はイマイチわからない次元の話だった。


 もちろん、努力をしなかったわけじゃない。


 死ぬ気で努力をして、得た力なのだが、天才に凡人との差はわからないものだ。


「あ、そうだ。美月の身体でセラフ化って使えるのかな?」


 別に夢の世界なら、セラフ化使えるんじゃね?という軽いノリの悠馬は、自身の体で行うように、体力を全身に回し、一気に放出するようにしてセラフ化を発動させようとする。


「…無理か」


 思っていたようにセラフ化を発動できなかった悠馬。


 ここは夢ではなく、現実なのだから当然のことだ。


 未だに夢だと8割型信じているバカな悠馬は、号令走を眺めながら、大人しく1時間、体育を見学しようと、そう心に決めた。


「うぁ!?」


「ちょ、何してんだ暁!」


 悠馬が大人しく見学すると決心した矢先。


 自分の情けない叫び声と、男子生徒の声が聞こえたような気がして、悠馬は声のした方を見る。


 2人組のペアを組んで何かをしている中、自分自身が、異能の発動を失敗させていた。


 いや、失敗というより、見せちゃいけない異能を使っているというべきか。


 ゲートを使っていた。


 行き先が定まっていないためか、黒い渦のようにして小さく出ている丸い空間を目にした美月姿の悠馬は、反射的に立ち上がり、悠馬の元へと駆け寄る。


「え!?ちょっと!篠原さん!?」


「ご、ごめんなさい!先生に暁くん呼んで来いって言われたから!借りてくね?」


 もちろん嘘だ。


 悠馬は先生になど呼ばれていない。


 しかし、悠馬はこの状況がかなりマズイと判断した。


 何故なら、ゲートという異能は、世間でもまだ認知されていない異能だ。


 そんなものが使えると知られれば、実験台にされなくもないし、下手をすると殺されかねないのだ。


 慌てて自分自身の手を引いて、グラウンドを駆け抜ける。


「え、ちょっと悠馬!?どうしたの?」


「っ!お前どうして…いや、今はそれどころじゃねえ!大人しく付いてきてくれ!」


 外見は美月だというのに、その姿を見て悠馬だと識別した自分自身。


 外見は悠馬でも、中身は美月なのだから当然なのだが、悠馬は未だに気づいていない様子で、美月の手を強引に引く。


 グラウンドを抜けて、時計塔の横側。


 1年が合同体育ということもあり、西校舎側の時計塔には誰もいない。


 上級生からも死角になっている、その絶好のポジションへと身を潜めた悠馬は、美月の顔で深刻そうな表情をして、詰め寄る。


「…お前、誰だ?」


「私?美月だよ?」


「夢じゃないのか?」


 ずっと夢だと、そう信じていた悠馬。


 まだ派手な行動は起こしていないが、湊と抱き合ったり、愛海と抱き合ったりしていたのも、現実だとなると血の気が引いてくる。


「現実だとおもうけど」


「ど、どうして俺ら入れ替わってるんだよ!?」


 悠馬が1番問題視しているのは、そこだ。


 入れ替わるなんて異能、聞いたことがないし、見たこともなかった。


 なのに今、悠馬と美月は見事に入れ替わっているのだ。


 戻り方もわからない今、悠馬が問題視するのも無理はないだろう。


「さ、さぁ?それはわかんないよ…」


 自分が入れ替わりの薬を飲んで、本当に入れ替わったなどと死んでも言えない美月は、目をそらしながら、嘘をつく。


「だよなぁ…」


「時間経過で戻ったりするんじゃない?気楽に行こうよ?」


「はぁ…そうだな。お前の体、案外楽しいし…」


 自分自身が使った薬だからお気楽な美月と、美月が不安じゃないならそれで良さげな悠馬。


「ところで、なんで連れ出したの?」


「そうだ!お前なんでゲート使ったんだよ!あれは闇よりも見られたらマズイかもしれねえだろ!」


 キョトンとしている美月。


 いつもの美月の顔だったら、可愛くて許しちゃおうなんて思うかもしれないが、今は自分自身の顔だ。


 その、自分自身のキョトン顔に若干の苛立ちを覚えながら、美月姿の悠馬は眉間にしわを寄せる。


「あ、あー!ごめん!透過の要領で異能を使ったら、突然アレが出てきて…」


「じゃあ闇の要領でやればいいだろ?」


 お前は馬鹿か?と言いたげな悠馬は、普通に美月が闇を使う要領で異能を発動させれば、氷や雷、炎の異能が使えるのではないかと考えていた。


「すると不思議、闇が発動するの」


「……」


 しかし、悠馬が思っていたほど、事態は芳しくなかった。


 悠馬は闇の異能を使う要領だと説明したが、美月も闇堕ちだ。


 当然、闇を使う要領でと言われれば、闇を使ったことのある美月は、闇の異能を発動させるわけだ。


 展開された闇の異能を目にした悠馬は、引きつった表情で、身体を震わせながら頭を抱えた。


「ぁあー!なんて説明すりゃいいんだよ!全身に電気流すイメージとか!?手が燃えるイメージとか!?」


 自分の身体であれば、特に何をイメージするでもなく異能を使用できる。


 だからこそ、ふとした時、どうやって異能を使っているのか説明しろと言われると、イマイチわからないものだ。


「あ、雷出た!」


「よ、よぉし!そのままグラウンドに戻るんだ!闇とゲートだけは絶対に使うな!いいな?」


「了解であります!」


 まるで自衛隊のような敬礼を見せた美月は、全速力で元来た道を戻っていく。


 闇と透過しか使えなかった少女が、他の異能を使うことができて嬉しいのだろう。


 一応難は去ったと安心した悠馬は、美月と同じく、元来た道を戻り始めた。

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