男子風呂2
フィールドワークが終わり、昨日と同じように集団行動を行った1年のAクラスは、昨日と変わらぬ景色の温泉で、大はしゃぎしていた。
変わっているのは、人の配置と、風呂に入る時間が昨日よりも早いということくらいだ。
「聞いたか!?Bクラスの南雲、またやっちまったらしいぜ!」
「ああ!聞いた!今度は先輩ボコボコにしたんだって!?半端ねえよな!」
同級生に暴力を振るって停学になったという噂の時と打って変わって、南雲イケイケムードな男子たち。
その理由は、今回のフィールドワークが原因だった。
今日の午前中に行われたフィールドワークで、多数の1年生が、悠馬と同じようにこき使われる結果となっていた。
酷いグループでは、わざわざ危険なところへと行かせて、怪我を負った1年もいるらしい。
そんな噂が流れて、今回のフィールドワークは、上級生と仲を深めるというよりも、上級生との溝を深くするというイベントになっていた。
「まじで南雲はいい奴だった!」
そう話すのは、今日は湯船に浸かっている通だ。
通は今日のフィールドワークのグループで、南雲と同じグループに属していた。
その為どんなことがあったのかも知ってるのだろう、まるで自分のやったことのように鼻高々に、足を伸ばしてくつろいでいる。
「やっぱ先輩になんか言われて揉めたんだろ?」
頬にかすり傷がある栗田。彼も先輩に反論をし、暴力を振るわれた生徒の1人だ。
自分を殴った3年が成敗されたわけではないが、同じようなことをした3年がボコボコにされたのだから、嬉しいのだろう。ほんの少しだけにやけている。
「ああ。まぁ、普通集まったら自己紹介するよな。その時はまだ普通だったんだよ」
今日の出来事を話し始める通。
どうやら悠馬のグループとは違って、3年も交えて自己紹介をするくらいの常識はあったようだ。
「んで、3年から自己紹介をしてって、最後に俺と南雲が自己紹介をしたんだけどよ?俺のレベルって8だろ?先輩のレベルも8だったのに、急に俺や2年の先輩を見下し初めてよ」
訂正しよう。悠馬のグループよりも常識がなかった。
わざわざ自己紹介をさせて、弱いものイジメをしようとするような輩だったというわけだ。なかなかの屑っぷりである。
「こういうのは後輩のお前らがやる仕事だ。俺らは休んどくから10分以内に全部終わらせろって」
「くぁー、10分とか無理だろ。早いグループで1時間かかったんだぞ?」
「そうなんだよ!だから2年の先輩が、去年そんな早く終わらせれたグループはないんだから無理に決まってるって反論したんだ」
栗田が今年の最速タイムを口にすると、通はもちろん2年の先輩が黙っているわけがないと言いたそうに話す。
「そしたら3年の奴らキレちまって。2年の先輩を殴ったり蹴ったりしてよ」
「ひでぇな…」
「そんな時に止めに入ったのが南雲なんだよ。まぁ、南雲が止めに入ったら、次は南雲が標的にされたんだけどさ。先輩たちをこう、一瞬で倒しちまって!」
再現VTRのように、身を屈めながら、拳を突き出す通。
彼にとってはよっぽど鮮烈な出来事だったのだろう、鼻息を荒くしながら、興奮気味に話しをしている。
「しかもアイツ、2年の先輩がやられるまでの動画も撮ってて!3年の奴らを黙らせちまったんだ!」
「すげぇ!南雲マジカッケェな!男の中の男だよ!」
「俺ぁ最初から南雲がいい奴だった思ってたぜ?」
通の話を聞き終えて、興奮したり、思ってもいない事を口にする男子たち。
大きな露天風呂の中、Aクラスの男子生徒たちは、他に先輩に反抗をした生徒がいるのかの話を始める。
自分たちは大人しく従うだけで、かなり不満も溜まっているのだろう、自分たちの学年で先輩をボコボコにした奴らの話を聞いて、気を紛らわせたいご様子だ。
「そういえばCクラスの真里亞ちゃんもやったんだろ?」
「あー聞いた!フィールドワークで先輩と口論になったらしいな!」
「聞くところによると俺らの夕夏ちゃんを庇って揉めたらしいぜ?」
悠馬や南雲以外にも、案外揉めている生徒は多いらしい。
真里亞については、先輩の男子が執拗に夕夏に関わろうとして、真里亞が止めに入って、口論になったという話だ。
「お、そういえば八神もなんかしたんだろ?」
「え、俺?」
真里亞のことについて詳しく知る男子はいないためか、真里亞の話はすぐに終わり、続いてクラス内で何かをしでかした生徒の話に移る。
八神は自分が何をしたのかわからないのか、それとも本当に何もしていないのか、驚いた表情で視線を向ける男子たちを見た。
「お前もフィールドワーク中なんかしたんだろ?」
「いや、同じグループの奴が殴られそうになってたから俺が止めただけだよ!」
「止めたってどうやってさ!」
簡単に止めたと言われるだけじゃ納得がいかないのか、八神に疑惑の視線を向ける男子たち。
止めるといっても、止め方にはいろいろあるため、どういうやり方で止めに入ったのかということが聞きたいようだ。
「こんな感じ?」
八神は片手で拳を受け止めるような仕草を見せて、クラスメイトたちの様子をうかがう。
別に嘘をついたわけではないのに、みんなが静まり返ると不安になる。
「くぁー、片手でとか。さすがイケメンは違うな!」
「俺も片手でパシッと、先輩の拳を受け止めれればなぁ」
数秒の沈黙の後、額に手を当てながら降参する男子たち。
普通に仲裁に入るだけならまだしも、先輩の拳を片手で受け止めるというのは、男子からすれば憧れのシチュエーションだ。
それに、背後に好きな女子なんかがいたら尚更だ。
そんな妄想を繰り広げながら、自分も八神のような事をやりたかったと言いたげな男子たち。
「んで悠馬、お前の噂も聞いたんだぜ?俺らは」
「そうそう、お前が1番やべえよ!」
「え?」
そう言って悠馬へと詰め寄る、通と栗田。
悠馬は自分が問題を起こしたのはバレていないと思っていたため、安心して他人の話を聞いていたのだが、合宿という環境では、噂は一瞬にして広がる。
密閉されたこの空間で、2日目ともなれば会話のネタはほとんどなくなってしまう為、共通の話題で盛り上がるためには、その日に起こったタイムリーな出来事を話すのが1番いいのだ。
「お前、先輩の顔面に膝蹴り入れたんだって?」
「そのまま病院送りって聞いたぜ?何されたんだよ?」
先輩の顔面に膝蹴りを入れたのは事実だが、この無人島に病院などあるわけがないだろう。
ちょっと考えればわかる事なのだが、やはりこういう類の噂も少し誇張されているようだ。
自分のしでかした出来事だと言うのに、半分以上は違う話になっていることに気づいた悠馬は、半ば呆れ気味な表情で話を始めた。
「偉そうについてこいって言ってた3年が道間違って、2年の女子の先輩が文句言ったんだよ」
「そりゃあ、文句言いたくもなるよな」
ついてこいと言われてついて言ったのに、道を間違ったのだ。何をやってんの?と言いたくなる気持ちもわかる。
そう言いたげな通は、コクコクと首を縦に振りながら、話を続けろと言いたげに手を動かす。
「そしたら先輩たちが逆ギレして、学校に帰ったらお前の友達をいじめてやるって脅し始めたんだ」
「うわ、最悪だな」
「そんで、それが嫌なら慰謝料を払うか身体で払えって言われてるところに、仲裁に入っただけだ」
大まかな流れを話した悠馬は、それで満足してくれるだろうと思い、片目を瞑る。
結構端折って話をしたが、このくらいなら理解はできるだろうと思っている表情だ。
「え?お前仲裁って名目でいきなり膝蹴り入れたのか?」
「そりゃさすがにねぇよ暁…」
「な…違う違う!」
仲裁に入った後、何を言われたかなどを話さなかった所為か、男子たちの視線は、一気に冷ややかなものとなり、悠馬へと向かう。
「言われたんだよ!なら代わりに美哉坂と篠原を連れてこいって!お前らだって、そんな状況に陥ったらぶん殴るだろ!」
「そりゃあ殴っていいな!もっとやっても良かった!」
「俺らの姫をそんな下賎な輩には差し出せん!」
慌てて悠馬が訂正をすると、納得したように首を縦に振る男子たち。
彼らは自分たちのクラスの女子、特に夕夏と美月の危険となると、見境がなくなる。
何しろ、性格も容姿も、全てがトップクラスの女子2人だ。
彼らにとっては、他のクラスには絶対に取られたくない女子であって、それは先輩に対しても同じなのだ。
その2人を差し出せと言われたら、萎縮していた彼らだって激昂する。
「やるじゃねえか暁!お前は顔だけのいけ好かない野郎だと思ってたが、見直したぜ!」
「俺もだ!お前は良いことをした!」
悠馬を見直したと口々に叫ぶクラスメイトたち。
悠馬からしてみれば、かなりのショックだった。
何しろ悠馬は、自分はクラスの男子ともそこそこ仲がいいし、どちらかと言えばみんなと仲良くできていると思っていた。
しかし今のクラスメイトたちの発言を聞くからに、彼らは内面では悠馬のことを顔だけのいけ好かない野郎だと思っていたということになる。
ほぼみんなと仲良くなれているなどと勘違いしていた悠馬が受ける精神的なダメージは、計り知れない。
「うぅ…」
褒められているはずなのに、それと同時に傷ついていく悠馬。
それを見ている連太郎は、かなり楽しそうだ。
「そういえば今日は肝試しだな!お前ら!」
『おお!』
通が肝試しという単語を発すると、目を輝かせるクラスメイトたち。
そう、今日、集団行動が早く終わり、風呂が早い理由は肝試しをするからなのだ。
肝試しといえば、男女1人ずつのペアで、決められたルートをぐるっと1周。
その時に感じた恐怖や、男に対する信頼感といった感情で、恋に落ちる女子生徒も少なくはないはずだ。
しかし、逆にいえばビビリな男子は見限られる可能性もある。
そのことを知っている男子たちの目は、メラメラと炎のように揺れ、戦闘態勢へと入っていた。
「へぇ…」
肝試しがあるなどと知らなかった悠馬は、特に興味がなさそうな声で、盛り上がる男子たちを見つめる。
悠馬は好きな女子が学校にいるわけじゃないから、当然のことなのだろう。
それに肝試しのペアは自分たちで選べるようなものじゃない。最初に期待をするだけ無駄なのだ。
「いいか?俺らの誰かが篠原さんや夕夏ちゃんとペアになっても恨みっこなしだぜ?」
「おう!わかってるよ!」
「恨むなら自分の運のなさを恨めってことだな!」
夕夏や美月のペアになったら後で文句を言われるということがわかっている栗田は、事前に恨みっこはなしだとクラスの男子たちを見回し、確認する。
「あと、金銭的なのも脅しもなし!折角教員たちが用意してくれたイベントなのに、雰囲気悪くしたくねえからな」
ヤンキーの割にはいいことを言っている。
もし、金銭的なトラブルや脅しがあったとバレれば、来年から肝試しは無くなるだろうから、栗田が危惧するのも理解できるが。
「まぁ、後は己の漢をアピールするだけだな!俺はお化けなんて余裕だけど!」
「ぎゃはは!お化けなんていねえよ!」
「ここでいいとこ見せて俺もモテ期だぜ!」
それぞれの野望を口にする男子たちは、肝試しが始まる前から大盛り上がりだ。
風呂の水をバシャバシャとしながら、はしゃぐAクラスの男子たちは、自分の恐怖体験、そして自慢話を始めていた。
「なぁ悠馬。お前、風呂上がった後暇か?」
そんな中、会話に混ざらなかった悠馬の元へ、白髪の美男子、八神が現れる。
「悪い、もう予定があってさ」
「そっかー、できたらトランプでもしたかったんだけど、また来年かなー」
「ほんとごめん。時間があったら連絡する」
トランプのお誘いを断られ、少しだけ残念という表情を見せる八神に対して、悠馬は謝罪をする。
今日は、風呂を上がると2時間ほどの空き時間があって、その後に肝試しが開催される。
八神はその2時間の間に、悠馬や他の生徒を誘って時間を潰そうと思っていたのだ。
しかし残念なことに、悠馬の今日の予定は、昼食を食べ終えるのとほぼ同時刻に決まっていた。
携帯端末へと送られてきたら、嬉しい文章を思い出した悠馬は、自慢話で盛り上がるクラスメイトたちを他所に、一人で鼻歌交じりで脱衣所へと向かうのであった。
肝試しまでの2時間は、楽しいことになりそうだ。




