フィールドワーク4
追い詰められた敵ほど、何をするかわからない。
それは以前、悠馬が師匠から言われた言葉の1つだった。
獣道を抜けた先にあった崖の手前で、険悪な雰囲気を漂わせる4人の生徒は、それぞれが不満を爆発させている。
「いい加減にするのはどっちだよ!図に乗ってんじゃねえよ年下が!」
激昂した3年、ブサイクな男は、血走った目で悠馬を睨み付け、左手を伸ばした。
「マズい!美幸!暁!伏せろ!」
権堂がそう叫ぶと同時に、ブサイクな男は悠馬へと向けて、空気砲のような異能を発動させた。
「っ!」
ギリギリのところで悠馬が避けると、悠馬の背後にあった木に、まるで削られたような後が出来る。
「おいおい…勘弁してくださいよ。今の当たってたら、笑い事じゃ済まないですよ?先輩」
「笑い事じゃ済まないようにしてるんだろうが!これだけ1年に漬け上がられて、黙ってられるかよ!」
ブサイクな男は、正常な判断が出来ないほど怒っていた。
自分よりも2つも学年の下の生徒に、レベルも知能も下だと言われ、友人もボコられたのだ。
恨むのならつい先ほどまでの自分の行いを恨むべきなのだが、見下していた生徒から攻撃を受け、バカにされたのがよっぽど気に食わなかったのだろう、再び異能を発動させ、悠馬へと目掛けて放つ。
「いや、何度やっても結果は同じですよ?こういうこと、あんまり言いたくないですけど、実力的に先輩の攻撃は一生当たりません」
それを難なく回避した悠馬は、煽りではなく、純粋な事実を先輩に突きつける。
権堂よりもレベルが下ということは、間違いなくレベルは8。レベルが10の悠馬からすると、自身が異能を使えばほぼ一撃で倒せる敵であって、それをしないのは悠馬なりの優しさだった。
しかし、その言葉を煽りと捉えた先輩は、益々怒りを露わにし、異能をむやみやたらに発動させる。
「調子に乗ってんじゃねえ!ちょっとチヤホヤされてるからって、ちょっと実力があるからって、ふざけんなよ!お前ら後輩は、大人しく俺らの言うことに従っておけばいいんだよ!」
それがブサイクな男の、本音だった。
悪いのはすべて、この3年の先輩2人組なのだが、彼らが悠馬を気に入らない理由もわからなくもない。
入学して間もない新1年生が、先輩である自分たちに指図を、そして文句を言ってきたら、機嫌も悪くはなるだろう。
しかし、今回の一件はすべて、先輩たちが引き起こして、ここまでの揉め事に発展しているのだ。
悠馬や、2年の2人が怒ったり、文句を言ったりするのは当然のことであって、筋違いでも、調子に乗っているわけでもない。
「泣いても許してやらねえからな!」
「うっわ、小物がいいそうなセリフ〜」
怒る先輩が、先ほどと比にならないほどの大きなの異能を発動させようと、長いタメをしているのを目にした悠馬は、回避をやめて異能を見せるのもやむなしと判断する。
もちろん、異能を使って攻撃するわけじゃない。
相手の攻撃を綺麗に消しとばして、心を折る作戦だ。
殴って気絶させるのは簡単だが、それをすれば後々も絡まれたり、逆襲されたりもしかねない。
異能をぶっ放せば少しは落ち着くと思っていた先輩の行動が益々エスカレートしてきたこともあって、悠馬は動きを止めた。
「あなた達、何をしてるんですか?」
先輩が異能を放とうとして、それを真正面から受け止めようと構える悠馬。
その2人の行動を邪魔したのは、美幸でも、権堂でもなく、遅れてその場に現れた人物だった。
水色のセミロングを靡かせながら、焦るそぶりも見せずに、まるで勝敗は止めずともわかっていると言いたげにゆっくりと歩いてくる女子生徒。
胸元には、生徒会のメンバーの証である、黄金色の生徒会という単語が彫られたバッジがつけてあった。
生徒会長の、柊神奈だ。
「雅くん?君は何故、異能を使ってるの?忘れたとは言わせませんよ?許可なく異能を人に向けて使うのは、重い懲罰が科せられることを」
「ひ、柊…!聞いてくれ!こいつが木下に暴力を振るったから!だから俺は仕方なく止めようとして!」
会長が現れ、冷たい会長の言葉を聞いて、異能を使うのをやめた雅と呼ばれたブサイクな男は、まるでお母さんに言い訳をするように、先ほどまで後輩を見下していたとは思えないほど情けない声で、生徒会長の神奈に助けを求める。
「そうなんですか?権堂くん。東堂さん」
美幸の予想通り、会長の立場は完璧な中立だった。
後輩よりも、先輩の意見が優遇される風潮の中で、先輩である雅という男の話以外にも、後輩2人の話を聞こうとする姿勢は、素晴らしいものだ。
「…私がこの2人に脅されて、それを暁くんが止めに入ったら、次は暁くんを脅し初めて…」
「はい、知ってます。見てましたから。ずっと見てましたよ?雅くん。君が後輩をこき使って楽をしていたのも、東堂さんを脅して、あろうことか金と体まで要求していたのも。ぜーんぶ見てました」
まるで仮面をつけているかのように、無表情で全てを見ていたと話す神奈。
それを見た雅は、青ざめた顔で、一歩後ずさった。
「ち、違うんだよ!柊!俺はただ、後輩が使える奴かどうか試したかっただけで!何も楽をしようと思って指示を出したわけじゃない!」
「そうですか?ではなんで、教員が巡回していると聞いた途端に不機嫌そうに動き始めたのですか?それよりも前に権堂くんが他のミッションをしようとして、叱責していましたよね?」
権堂が意見して、それを却下されたことも、悠馬が嘘をついて、無理やりグループで行動させていた後も見ていた彼女は、反論をせずに黙り込んだ雅を見て、にっこりと笑みを浮かべた。
「自分がしでかしたこと、理解できましたか?」
自分が後輩をこき使って調子に乗っていたことを、格上の、3年の纏め役でもある生徒会長に見られてしまった。
その絶望的な現状と、つい先ほどまで後先も考えずに好き放題していた自分の行動を思い出した雅は、力を失ったように、その場に座り込んだ。
「…ああ。少し落ち着いた」
格上の生徒会長に睨まれれば、雅はイチコロだった。
先ほどのような、怒りの篭った目つきではなく、負い目を感じているような視線を悠馬に向けた雅は、悠馬と視線が合うと、さっと視線を逸らす。
「雅くん。貴方は、今から宏介くんを背負って下山してください。そして教員たちの指導に従うこと。約束してくれますね?」
「ああ。わかった」
まるで借りてきた猫のようだ。蛇に睨まれたカエルといってもいいかもしれない。
異能島のナンバーズの生徒会。それもトップの生徒会長となると、それなりの権力を持っている。
例えば、美月のようにコネを使って、理事と接触できたり、ある程度の問題を揉み消したり。
過去には、教師よりも権力を持ち、学校のルールすらも変えた生徒会長もいるほどだ。
そんな生徒会長が本気でその権限を使えば、生徒1人の退学くらい、いとも容易く出来ることだろう。
それを知っている雅は、自分も調子に乗りすぎていたということに気づき、悠馬や権堂、そして美幸を恨む気など、一切無くなっていた。
今心の中に残っているのは、自分の首が繋がって良かったという安堵と、そして、もしあのまま悠馬に異能をぶつけていたら、その後は…という恐怖だけだ。
放心状態で立ち上がった雅は、会長に言われた通り出っ歯メガネの男、宏介を背負うと、何も話さずに下山を始めた。
「すみません。3年の先輩が、お見苦しいものを見せてしまいましたね」
「…いえ」
深々と頭を下げる神奈を見た悠馬は、慌てて視線を逸らし、バツの悪そうな顔をする。
何しろ、脅しや挑発は先輩の宏介と雅が先にしてきたが、手を挙げたのは悠馬が先なのだ。
全てを見ていたと言っていた神奈が、当然それを見逃しているはずもないと悟った悠馬からしてみれば、自分にはどんな罰が科せられるのかという不安もある。
「彼らの行動は、3年生全体に責任があります」
雅や宏介は、3年の中ではハブられている存在だった。
大した異能も使えず、スクールカーストでは常に下位。
そんな彼らにとって、同学年の生徒というのは、悪魔にも近い存在だった。
だからこそ、彼らは今回のフィールドワークで後輩たちを使ってストレス解消を、自分たちがされて来たようなことをして、優越感に浸ろうとしていたのだ。
悠馬たちからすれば、完全にただのとばっちりである。
「会長、先輩たちって未だに学年内でも争ってるんですか?」
「ええ、恥ずかしながら、未だに…」
美幸の質問に対して、申し訳なさそうに、恥ずかしそうに答える神奈。
クラスごとには纏まっている1年や、大人しくしている2年からしたら、3年がいまだに抗争途中であるというのは、驚くべき事実だ。
「知ってるかはわかりませんが、私たちの学年は、所謂ハズレ世代でして、最高レベルは9の私が1人だけ。他の生徒たちは、横並びで8なんです」
3年の生徒総数は96人。
その中で1人を除いて横並びということはつまり、95人のレベル的な実力は全て横並びということになる。
その中でスクールカーストが出来るとするなら、先ほどの雅や宏介が、レベル的には劣っていなくとも、異能の実用性や容姿で劣っていれば、スクールカースト下位、つまりは下っ端扱いされるのは仕方のないことだろう。
そして、横並びだからこそ、抗争は激化するのだ。
争いは同レベルのものでしか始まらないというが、まさにその通り。
レベルが自身より高位ならビビって手を出さないが、同レベルとなると、自分の力を、存在をアピールするために揉め事も増える。
学年内のレベルが横並びとなると、尚更だ。
レベルという序列で自身の意見が通せないのだから、最終的には実力勝負になってしまう。
結果として、3年は未だに争いが終わっていないのだ。
「私がレベル10だったら、もう少し落ち着いていたんでしょうけどね」
そう嘆く神奈。多分、神奈のレベルが今よりも高かったところで、周りの生徒のレベルが横並びなら、今と然程変わらないと思うが。
「ま。この話はおしまいでお願いします。これ以上、先輩としての威厳がなくなってしまうと困りますし?」
ちょっとだけ威厳を見せたいのか、ふふんと笑って見せた神奈は、両手を後ろで組み、悠馬の周りをくるくると歩き始める。
「さぁーて、暁くん。今の話を聞いて、どう思いましたか?」
不意に問いかけられた悠馬。
まさか自分が質問をされるとは思っていなかった悠馬は、大慌てだ。
「え、あ!会長も大変ですね!」
「1点」
「うぐっ…」
せめて20点くらいの答えを導き出したと思っていた悠馬にとって、1点という評価はかなり堪える。
まるで不意打ちの腹パンを食らったようなダメージを食らった悠馬は、悲しげな表情でうなだれた。
「はぁーあ。暁くん、君、何年経ったも鈍感なところは変わりませんね。呆れました」
「え?」
神奈の発言に、わけがわからないと言いたげな表情を浮かべた悠馬。
悠馬からしてみれば、生徒会長とは今、この状況が初対面のようなものだった。
それなのになぜ、何年経ってもと言われたのか。それが理解できない。
後ろに立っていた、美幸と権堂も驚いている。まさか神奈と悠馬に繋がりがあるとは思っていなかったのだろう。
「私たち、小学校一緒ですよ」
「あっ!飼育委員の柊神奈さん!」
そこまで言われて、ようやく思い出した悠馬は、神奈を指差して、満足げな表情を浮かべる。
「覚えてくれてたんですね。なら話が早いです。単刀直入に言いますが。今年のフィナーレ、私と一緒に参加してくれませんか?」
『はい?』
続けざまの不意打ちに、次は悠馬だけでなく、美幸と権堂もキョトンとした顔をする。
「待ってください会長!会長だって、去年の出来事は覚えているでしょう!それなのになぜ、また1年を選ぶのですか!?聞けば彼はレベル8だそうじゃないですか!」
そしていち早く我に返った権堂は、神奈に向かって抗議した。
その言葉は、自分が出たいなどという邪な気持ちではなく、後輩に自分の二の舞になって欲しくないという願いを込めた言葉だ。
「おや?あら?え?暁くんはレベル10ですよ?入試では黒の王を務めてますし、おそらく第1に在学するどの生徒よりも、強いはずです。昨日の夜、ライトでお誘いをしたのに、反応がなかったので今誘うことにしました」
「え?レベル10?」
先ほど、権堂と美幸に向かって、悠馬はレベル8と自己紹介をしていたため、3人の視線は一斉に悠馬へと向けられる。
それと同時に昨晩の恐怖体験が、神奈のものだったと判明したが、今の悠馬にそのことについて文句を言うだけの余裕はなかった。
「あっ…」
これヤバいやつじゃね?
自分がレベルを詐称していたことがバレた悠馬は、一歩後ずさると、3人から向けられた視線を感じ、冷や汗を流す。
「えっと…ごめんなさい。実はレベル10です」
「え!?やばっ!まじで?サイキョーじゃん!」
これ以上隠すことも、言い逃れも出来ないと悟った悠馬は、素直に謝り、自分のレベルを訂正する。
すると美幸は、興奮したのか悠馬に近寄ると、肩をポンポンと叩きながら、上機嫌に悠馬の顔を覗き込んだ。
「それで、出てくれますか?」
フィナーレへの出場。
それは元々、悠馬が豪華客船の中で調べた時から出たいと思っていた種目でもあり、願っても無い申し出だ。
加えていうなら、生徒会長に直接誘われたということで、先輩からの向かい風も少なくはなることだろう。
「出ます。出たいです」
神奈にまっすぐな瞳を向けて、そう答えた悠馬。
権堂は、悠馬のそのまっすぐな瞳を見て、呆れたような、安心したような表情を浮かべ、背後にあった木に、背中を預けた。
自分の決断ならば、止めはしないということなのだろう。
去年、似たように生徒会長に誘われた権堂は、1年前の自身と、嬉しそうな表情を浮かべる悠馬を重ねて、安堵の溜息を吐いた。




