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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
合宿編
44/474

フィールドワーク3

 小川を離れ、山道を歩き始めて数分が経過した。


 その間、3年の先輩2人と、1.2年の3人の間には常に距離があり、互いに口を聞くことは一切ない。


 互いが互いに別の話をし、班というよりも、偶然行き道が同じだった生徒たち、という表現が似合うような状況だ。


「センパイ、3年のミッションは終わったのになんで山登ってるんですか?」


 その互いの沈黙を破ったのは、悠馬だった。


 つい先ほどまで3年の先輩たちになすり付けられたミッションを行なっていた悠馬は、そのミッションの全てを終わらせていた。


 1年のミッションは島の外周で、2年のミッションは浜辺や果樹園。


 山を登る必要性を全く感じないミッションしか残っていないのに、山を登る先輩たちに疑問を覚える。


「ぁあ?近道だよ近道」


 地図を逆さに向けながらそう話すブサイクな先輩は、余裕の表情、ではなく、かなり苛立って見える。


 つい先ほどまでは機嫌を直しているように見えた先輩たちが、急に機嫌を悪くしたため、悠馬はそれ以上の質問をすることをやめる。


「おい、どうすんだよ」


「迷…」


 後輩たちに聞こえないように話をする2人。


 そう、彼らは道がわからなくなっていたのだ。


 元々、小川に沿って歩いていたのに、悠馬の先生がいるかもしれないという話を聞いて、慌てて小川から離れた2人は、行き先など知らずに、ただ歩いていただけだったのだ。


 だから今、自分たちがどこにいるのかもわかっていないし、迷子になってイライラしているのだ。


 そして残念なことに、悠馬も、権堂も美幸も、先輩たちが付いて来いと言った為、地図を見ていない。


 つまり現在地がわかる生徒は、この班には誰1人としていないことになる。


 近道だという話を聞いて疑うそぶりも見せない権堂と美幸。


 悠馬もなぜ機嫌が悪くなったのかを疑問に思っているものの、迷っているとは思っていない様子で、先輩たちの後に続く。


「てか、これ獣道なのでは…」


「ば…!んなわけねぇだろ!この島には獣なんていねえよ!」


 先ほどから歩いているこの道すらも、正しい道なのかもわからない。


 山道というよりも、獣が通った道のように見えたことから、出っ歯メガネの男が、ブサイクな方にそう尋ねると、ブサイクな方は怯えた表情で怒鳴った。


 自信満々、というか、自分たちが後輩たちを散々バカにしていた所為もあって、「あ、道間違ってたわ。元来た道を戻ろう」などといえない2人は、引くに引けない状況で焦っている。


 2人の心の中には、先輩としてのプライドと、つい先ほどまで見下していた後輩たちに文句を言われるのでは、流石の権堂も怒るのでは?という不安があった。


「ってか、まじきっつ。暁くんと権堂はきつくないのー?」


 そんな焦る3年のことなど知らない背後の3人は、呑気な会話をしている。


 若干疲れたような顔をしている美幸は、大股で一歩一歩を大きく踏み出しながら、表情を変えずに歩く権堂と、景色を見渡す悠馬を交互に見る。


「このくらいでバテるはずもないだろ」


「俺もまぁ…まだ大丈夫です」


「えー、おんぶしてよー」


 悠馬と権堂があまり疲れていないというと、手を伸ばしながらおんぶをせがむ美幸。


「っあ」


 そんな時、前から聞こえた声に反応した3人は、会話をやめて先輩たちの方を見た。


 先輩たちが立ち止まった先に広がる景色は、どこまでも続く水平線。


 下からは大きな波の音が聞こえ、そこを降る場所などないことは、音だけでも察しがついた。


「え?先輩、もしかして道に迷ったり…してます?」


 立ち止まった先輩たちに向けて、遠慮のない質問をぶつける美幸。


 自信満々に、というか、命令口調で付いて来いと言っていたくせに、道に迷ったのだから美幸が遠慮をしないのも普通のことだろう。


 しかも、つい先ほどまで自分たちのことをバカにしたり、脅したりしていた先輩がしでかしたとなると、尚更だ。


 権堂、美幸、悠馬の疑惑の視線が、先輩たちの方へと向く。


「…」


「はぁーあ?まじですか先輩!あれだけ自信満々だったのに、迷子になるって!まじでありえないんですけど!さっき付いて来い!とか言ってませんでしたか?いい加減にしてくださいよ!」


 美幸の疑問に対して返事をしない先輩たちの表情を察し、不満を爆発させる美幸。


 先ほどまでキツイキツイと言っていた美幸にとって、道を間違ったからまた元来た道を辿り下山する。というのは苦痛なのだろう。


 美幸の表情には、苛立ちも見て取れる。


「チッ、うっせぇなブス!文句言う暇があったら道探せよ!」


「はぁ!?もう限界!あんたら何様のつもりなの!?偉そうに命令しといて、自分が迷子になったら道探せって?ふざけないでよ!ほんっと、これだから口だけの男は!」


 自分たちが指示を出しておいて、ミスを咎められると逆ギレ。


 その行動が頭にきた美幸は、鋭い眼光で先輩たちを睨みつけながら、怒鳴った。


 おそらく、積もりに積もった不満を、今ここで爆発させてしまったのだろう。


 美幸と3年生の間に、ピリピリとした空気が流れ始める。


「口だけ?俺らは先輩だぞ!?そんな口の利き方をしてもいいと思ってるのか!?」


 出っ歯メガネの男が、早口で美幸へと脅しをかける。


 ここにきても、先輩という立場で脅して場を沈静化させる気らしく、悪びれもせずに、美幸を睨む。


「まぁ、3年の先輩も美幸先輩も落ち着いて…」


「うるせぇな!お前も調子に乗ってんじゃねえよ!1年の分際で指図してんじゃねえ!元はと言えば、お前が教員も見回ってるとか言ったからだろ!」


 止めに入った悠馬にも飛び火する有様。


 この中で最も発言権のない権堂は、その様子を黙って見ている。


「ああ、クソ。お前ら、これだけ先輩に文句言っておいて学校で普通に生活できると思ってるのか?特にビッチ。まずはお前の友達徹底的に虐めてやるからな」


「っあ…」


 そこでようやく、我に返った美幸は、自分がしでかしたことの重大さに気づき、血の気の引いた表情で一歩後ずさった。


「す、すみませんでした」


「謝って済むわけねえだろ!ああ!?俺らに向かったあれだけ侮辱しておいて、謝罪の1つで済むと思ってんのか?」


「そうだ!誠意を見せるべきだろここは!」


 我に返った美幸を見て、好機と思ったのか、自分たちのことを棚に上げて怒鳴る先輩たち。


 立場が逆転したわけではないが、友達を盾にされた美幸は、それ以上の反論をやめて、深々と頭を下げる。


「ど、どうすれば許してくれますか?」


「慰謝料。あれだけ侮辱したんだ。俺ら2人に10万ずつで許してやるよ」


 深々と頭を下げている美幸に対して先輩たちが出した提案は、あまりに無慈悲なものだった。


 2人に10万ずつということは、合計で20万円を用意しなければならない。


 当然、大半の生徒が親の仕送りで生活する中、その例外でない美幸が20万円も持っているはずがない。


 そもそも、高校生同士で要求する金額としては高すぎる。通常なら、1万円以内、高くても1万円ちょっとを請求するのがベストなはずなのだが、先輩たちのふっかけた金額は馬鹿げている。


「そ、そんな大金…」


「ないなら身体でっていう手もあるよ?」


「噂だとお前、結構尻軽いらしいし、色んな男と遊んでるらしいじゃん。俺らとするくらい訳ないよな?」


 そんな大金が用意できる訳ないと言いたげな美幸に対して、さらに追い討ちをかける先輩たち。


 見た目からして、最初からこれが目的だったのだろう。


 つい先ほど、小川で悠馬を待っている時、美幸にこっちへ来いと言ったのも、元からそういう邪な感情が混ざっていたに違いない。


 それに先輩たちの容姿は、お世辞にも整っているとは言えない。


 正直に話すと、3年の中では絶対に売れ残っているような容姿だ。


 そんな彼らが、童貞じゃないわけもなく、プライドだけ高い2人にとって、童貞という烙印は恥も同然。


 2人はその烙印を捨てることができるのなら、誰でも良いのだ。


 下品なニヤニヤ笑いを浮かべる先輩たちを見て、顔を青ざめる美幸。


 その光景をずっと黙って見てきた権堂は、我慢の限界にきたのか、額に青筋を浮かべ、のっそりと歩き始めた。


「先輩方。その仕打ちはあまりにも酷すぎるのでは?そもそも、道を誤った先輩方に非があるのに、美幸を脅すのは筋違いでしょう」


「お前はすっこんでろよ!自分が意見できる立場だと思ってんのか?ぁあ!?」


 正論を言われて逆ギレをする先輩。


 つい先ほどまで言いなりになっていた権堂が反論してきたのが気に食わなかったのだろう、頭を下げる美幸の髪を引っ張り上げると、自身の方へと抱き寄せ、下品な手つきで身体に触れる。


「っ!お前ら…!」


「お、いいのか?お前が俺らに変なことしたら、全部このビッチが罰を受けることになるぜ?」


 今にも殴りかかりそうな勢いの権堂に対して、美幸を盾がわりにして黙らせようとする先輩たち。


 去年、自分がミスをしたせいで学年間での軋轢が酷くなったことを経験している権堂にとって、誰かに自分の行いの責任が回ってくるというのは、トラウマなのだろう。


 拳をギュッと握り、歯をくいしばる権堂の表情は、とても苦しそうに見える。


「いい加減落ち着いてくださいよ。先輩たち」


「おい、俺は1年は指図するなって言ったよな?」


 上級生という身分を利用して好き放題する3年生に向かって、再び悠馬が止めに入る。


 権堂でダメなら自分がどうにかするしかないと判断したのだろう、3年の2人以外、誰も望んでいないこの状況を打開するために、悠馬は口を開いていた。


「もうちょっと穏便な済ませ方だってあるんじゃないですか?僕には美幸先輩が大金を払ったり、身体を差し出したりする問題には見えなかったんですけど」


「あ?」


 そんな大した問題じゃないだろと言いたげな悠馬の発言に、ブサイクな男は目を細め、威圧する。


「あ、いいこと思いついたよ。暁くん、お前は確か、美哉坂や篠原と同じクラスだったよね?」


 そこに、出っ歯メガネの男は、なにかを考えついたのか、先ほどよりも下品な笑みを浮かべ、悠馬はと詰め寄った。


「それがどうかしたんですか?」


「このビッチさんを助けたいなら、僕らを2人と合わせてくれない?勿論、他の邪魔者なしでね」


「お、いいなそれ」


 悠馬の思いとは裏腹に、事態は悪化するだけだった。


 美幸よりも旨味のある獲物を見つけたと言わんばかりに、彼女から手を離し、詰め寄る2人。


 美幸から手を引く代わりに、美月と夕夏に2人きりで会わせろという男の表情には、先ほど美幸に見せた視線と同じく、下心が混ざっていた。


「いいよなぁ?対価払わねえと、この状況打開できないもんなぁ?別にいいだろ?クラスメイト2人売るくらい」


 先輩たちからしてみれば、夕夏と美月は極上のエサだった。


 片方は警視総監の娘で、片方は前総帥の娘。


 そんな彼女たちとお近づきになって、ワンチャン狙えるのだから、目の前にいる美幸のことなど霞んで見えるのだろう。


「…やーめた。めんどくさ…」


 しかしその発言は、悠馬の前ではなるべく控えるべきものだった。


 美月とは協力関係、卒業するまでの生活を保障している悠馬にとっては、今の言葉は見逃すわけにはいかない。


 加えて、夕夏の方も、自分の仲のいい友達を材料に使われるのが気にくわない。


 先ほどまで浮かべていた作り笑いをやめた悠馬は、下品な笑みを浮かべる出っ歯メガネの男の頭を掴み、強引に下へと向けさせると、綺麗な膝蹴りをお見舞いした。


「ぐ!ぁぁぁあああっ!」


 膝蹴りが鼻にクリーンヒットした出っ歯メガネの男は、悠馬が手を離すと、鼻を抑えてのたうちまわる。


「お前ら大概にしとけよ。そもそも、レベルも俺より低い、知能も俺より劣ってる。お前らが優ってるのは年齢だけなのに、なんでそんなに指図されなくちゃいけねえんだ?」


 のたうちまわる出っ歯メガネの男の、後頭部を思いっきり蹴飛ばした悠馬は、鼻から血を吹き出しながら気を失ったその男を見下ろした後、色のない瞳をブサイクな男へと向けた。


「っ!テメェ!やりやがったな!これは明確な校則違反だ!こんなことしてタダで済むと思ってんのか!?」


 どうやら彼は、悠馬に脅しが効くと勘違いしているようだ。


 まだ余裕があるのか、あまり慌てずに怒鳴るその男を冷ややかに見つめる悠馬は、呆れたようにため息を吐いた。


「アンタさぁ、今の状況わかってる?3対1だよ?それにお前が今の出来事を報告したところで、お前らは後輩の恨みを買ったんだよ。そんな中、権堂先輩と美幸先輩がお前らの擁護して、俺が悪いように言うと、本気で思ってんのか?」


 権堂はそれを聞いて、深く頷いた。


 自分はこれ以上なんの問題も起こすことは出来ないが、擁護くらいなら出来ると言いたげな表情で。


 そして先輩を睨みつける美幸も、自分がどっちを擁護するか決めたのか、深く頷く。


「それにさ?先輩、後ろ崖だよ?こんだけ恨み買ってるんだから、突き落とされても仕方ないよね?ここは監視カメラもないみたいだし、先輩2人突き落として、俺と先輩たち2人で口裏を合わせれば、ただの事故として処理されるんじゃないかな?」


 勿論、実際にはそんなことしないが、最後の脅しを畳み掛ける。


 その言葉を聞いて絶句した3年の先輩の目は、血走っていた。


 まるで何かを決意したような、怒りに満ちた表情で。

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