船内にて
生徒たちで賑わう、豪華客船。
人通りのない、赤いカーペットが敷いてある廊下の先に見える扉の閉まった部屋の中。
部屋の中では、カタカタと、ゆっくりとしたペースで何かを入力する音が響いていた。
パソコンのキーボードの音である。
1つ打つと数秒の間が空き、そして新たに1つ文字を入力すると、数秒の間が…
その無限にも等しい、とても面倒な作業を終えた茶髪の生徒、悠馬は満足気にエンターを押すと、室内の景色を見渡した。
高価そうな回転式の椅子に、落ち着いた木目調のデスクと棚。棚の中には、有名な書籍が並んでいるのがわかる。
そして椅子の後ろには、小さなベッドがある。おそらく仮眠用なのだろう。
僅か4畳程の空間だというのに、かなりの情報量がある書斎となっている。
もしこれが自身の書斎だと言われたら、泣いて喜ぶことだろう。それほどに、豪華客船の中にある書斎は見栄えが良く、そして居心地がいい。
悠馬がそんなことを考えていると、パソコンには検索結果が出ている。
辺りを見回すのをやめた悠馬は、パソコンのマウスを手にすると、ネットサーフィンを始めた。
検索内容は、この合宿が開催される理由であり、三大イベントとも言われている異能祭についてだ。
この島で三大イベントとされているのは、世間一般でいう体育祭と同じである異能祭、そして文化祭に、フェスタである。
フェスタはそのうち説明をするとして、この3つが異能島の三大イベントであり、生徒たちが熱狂するものでもある。
そんな三大イベントの一角、異能祭についてどうして今頃調べているのか。
そう、彼、暁悠馬は学校の授業内容しか調べずに入学を希望したのだ。一言でいうと、カリキュラム内容が気に入ったから入学を希望した。
この島では将来の総帥や軍人を排出するために、体育の授業では異能を使うことを許可されているし、様々な異能の微調整についても指導がされる。
簡単に言ってしまえば、本土の高校とは比べ物にならないほどの経験値を稼げるということだ。
その事を知った悠馬は、それ以上のイベントは何も調べずに、入学を決め込んだのである。
そして、そんな彼がイベントのことなど知っているわけもなく、こうして焦って調べているのが、現在である。
異能祭。6月の梅雨入り前に行われる、異能島全土で開催される体育祭のようなもの。中学校、私立高校、国立高校の全てが同時にイベントを開催するため、島はお祭り騒ぎになるようだ。
加えて、普段は外部との接触を避けるため、異能島への立ち入り制限はかなり厳しいものとされているが、異能祭の時は制限は解除され、自由に島へと入れるようだ。サイトに載っている写真を見た悠馬は、道路が見えなくなるほど歩いている人を見て、少し嫌な表情を浮かべた。
静かでゆっくりとした空間が好きな悠馬にとっては、まさに地獄でしかない。
「ほう」
マウスをスライドさせた悠馬は、次に出てきた文章を見て、興味深そうに声をあげた。
それは競技内容について記されている部分だ。
競技内容は本土で開催されているような、リレー、障害物競走や綱引きから、異能を使ったリレー、借り物競走などなど、本土ではお目にかかれないだろう、珍しい競技が記されている。
リレーはおそらく、身体強化系の異能力者や、風を操る異能力者が参加するのだろう。
そして最後の競技だ。悠馬は競技内容が自分好みだったのか、嬉しそうな表情で目を動かしている。
ナンバーズ各校の有力選手による、フィナーレ。
各校から選出される、2人の優秀選手、計18人による、異能力バトルと記されていたのだ。
各国立高校の実力がトップクラスの生徒が、2人ずつ出てくる。まだ見たこともないような異能や、とんでもない異能の使い方をしてくる生徒も多いことだろう。
この島に何人のレベル10がいるのかは知らないが、白熱すること間違いなしだ。
勝手に激アツな展開を想像した悠馬は、ほんの少しだけ自分も出たいなーなどという気持ちになりながら、去年の成績を確認した。
成績表は、ナンバーズだけのものと、私立高校だけのものがある。おそらくこの2種類の高校に大きな開きがあるからだろう、一緒の括りにはされていないようだ。
昨年の優勝は第6異能高等学校。準優勝が第1という結果に終わっていた。ちなみに最下位は第7高校。昨年の結果から数年前の結果まで遡った悠馬は、その意外な偏りを見て、苦笑いを浮かべた。
第1の入試倍率が他の国立よりもほんの少しだけ高い理由がここにあるのかもしれない。
過去7年間の結果を見た限りでは、第1異能高等学校は3位以下に落ちたことがなかった。それはつまり、毎年安定した実力を、学生たちにアピールしているということになる。
そして悲しい高校もあった。第7高校だ。第7高校は、過去10年間、常に1番下。国立高校の中で最底辺という記録をひた走っているのだ。もちろん、去年も最下位である。
コメント欄では実質私立高校、ナンバーズの面汚しなどと言われていて、見ているこっちが悲しくなるほどだ。
この情報を入学前に知っていたら、ほんの少しだけ第7高校に入学して、異能祭を盛大に引っ掻き回すのも楽しそうだな、なーんて考えていたかもしれない。
すでに第1に入学してしまっているから、その願いは叶わないのだけれど。
心の中で、第7高校が今年は最下位じゃありませんように。と願った悠馬は、異能祭ではどんな競技が行われるのか、どんな内容なのかを知り、満足そうにマウスを動かした。
「ほう…」
どうやら異能祭が終わった後には、各々の高校へと戻り、グラウンドでキャンプファイヤーをしてお疲れ会をするという、後夜祭が行われるようだ。
サイトに載っている、微笑ましく笑い合う男女を見た悠馬は、勝手にカップルなんだろうなーと判断しながら、そっとスライドさせる。
別に羨ましいわけじゃないもん。ただ写真の雰囲気が気に食わなかっただけだもん。
自分にそう言い聞かせた悠馬は、後夜祭の都市伝説、というか、噂を発見した。
画像をスライドさせた、すぐ下に書いてある文章。
後夜祭のダンスで異性と踊ると、必ず結婚できる。というものだ。
「フッ、笑わせんな」
なーにが必ず結婚できる。だ。ならなんで異能島の卒業生である現総帥の寺坂は独身なんだ?軍人の7割は独身だって聞いたぞ?
そいつら全員が、後夜祭でボッチで過ごしてたなんて可能性はほぼゼロに近いだろ!寺坂総帥結構顔イケてるんだぞ!あんなの女子が見過ごすはずねえよ!
後夜祭のジンクスを全否定したい悠馬は、マウスを軽く叩きながら、怒った表情を浮かべていた。
なんで怒っているのかはわからない。ただ、世の中そんなに甘いわけねえだろ!と思っているのだろう。
「どうせ、卒業後に結婚したバカップルが変な噂流したんだろ」
こんな噂に惑わされるなんて、こいつらもまだまだガキだな。
ツーショットの写真を鼻で笑ってみせた悠馬は、スクロールバーが1番下に来たということもあり、検索サイトを閉じて、目を瞑った。
やはり、というか、あまり慣れないことに目を使うと、目が疲れる。両目に手を押し当て、ぐるぐると手のひらを動かした悠馬は、扉がノックされた音を聞いて、椅子の上から手を伸ばすと、取っ手を回してほんの少しだけ扉を開いた。
すると、悠馬が扉を開けるとほぼ同時に入ってくる、銀髪の女子生徒。
いつもよりも少しだけオシャレをしているように見える。
慌てて入って来たのか、ほんの少しだけ靡いた彼女の長い髪を見ていた悠馬は、彼女の通った後に、ほんの少しだけ漂ってきたいい香りを嗅いで、今すぐ彼女をとっ捕まえて髪の匂いを嗅ぎたいという気持ちに襲われる。
女の子の髪って、すごいいい匂いなんだろうな。魅力的だし。
勝手に妄想を捗らせる悠馬。もちろん、とっ捕まえて匂いを嗅いだりなしていない。
悠馬は通と違って、自制心が働くのだから。
しかし、変な妄想をしたせいか、ほんの少しだけ頬を赤らめた悠馬は、椅子から降りると、美月と目を合わせないように、ベッドの上に座った。
「おまたせしました」
悠馬がベッドの上に座ると、美月も悠馬の横に座ってくる。
そして次の瞬間、悠馬は危うく心臓が止まりそうになった。
美月は、悠馬の手を恋人のように握ると、自身の頭を悠馬の肩に乗せ、戯れたような体勢をとったのだ。
その破壊力といったら、今まで受けた衝撃の中でもトップクラス、入試の後に夕夏の全裸を目撃したくらいの衝撃だ。
「悠馬、あったかいね」
「ちょ、っと!待って!」
特に気にした素振りも見せない美月。
嘘だろ!?今のは明らかに友達同士でやるような行為じゃなかっただろ!
もしかすると俺は時代遅れで、現代のお友達同士っていうのは、今みたいなことを平気でしているのか?
咄嗟に美月から離れると、美月がコテン、と倒れそうになり、悠馬は彼女を手で支える。
「あははは!悠馬、女子に免疫なさすぎ!今の反応超可愛かった!」
いつもは見ることのできない、耳まで真っ赤な、超レア悠馬。それを目にした美月は、わざと恋人のような行動をとったのだろう、恥ずかしがっている悠馬を見て、笑い飛ばして見せた。
「あ、あのなぁ!俺をおもちゃにするなよ!」
「ごめんごめん、まさかあんなに反応してくれるとは思わなかったからさ!」
美月的には、いつものような落ち着いた対応をされると思っていたのだろう。それだけに、つい先ほどの悠馬のピュアな行動がツボに入ってしまったようだ。
「次おふざけでやったら怒るからな」
「ふーん?本気なら良いんだ?」
挑発的な美月。正直な話、悠馬もほんの少しだけ期待して、おふざけは禁止という面倒な言い回しをしたのだが、ここまで期待通りの返事が来てしまうと、こちらとしてもどう動けばいいのかわからない。
「いや、やっぱ本気でもダメだ」
「少し考えたってことは、可能性あった?」
今日の美月はやけにテンションが高い。グイグイとアピールしてくる彼女の姿に、若干ドキドキしながら距離を取る悠馬は、無言のまま首を横に振った。
「俺許嫁いるから無理」
「は?今なんて?」
「俺許嫁いるんだよ。暁闇になる前に」
「はぁぁぁあ!?」
美月からすれば、想定外の出来事だった。
入学してからずっと、悠馬に彼女はいないと思っていたし、況してや許嫁なんているとは思いもしなかった。
「え?今もう付き合ってたりする?」
「いや…会うのが怖くて会ってない…」
きっと、悠馬としてはまだ諦めきれずにいるのだろう、シュンとした態度になった悠馬を見て、あまりいい感じの話ではないことを悟った美月は、少しだけ控えめな質問を始めた。
「会いに行かないの?」
「さっき言ったとおり、暁闇になる前の縁談なんだよ。だから今アイツに会って、今の俺を受け入れられないのは、すごく怖い。それならいっそのこと、お互いに許嫁のことなんて忘れるまで放置した方がよくないか?」
不安そうな悠馬。
きっと、暁闇であることが知られた後に、まだ許嫁としてやっていけるのか、こんな自分を受け入れてもらえるのか?という不安があるのだろう。
「放置は良くないよ。悠馬。その子がずっと悠馬のこと待ってたらどうするの?」
「…この話はやめよう。俺もまだ、結論を出せずにいるんだ。だからもう少し考えさせて欲しい」
他人に諭されるのではなく、自分なりの結論を出したいという悠馬。
女の美月としては、待たされている女子の思いがわかるため、悠馬の行動にはイラつきを覚える。
「あっそ。早く答え出したほうがいいと思うけど。取り返しつかなくなるよ」
「…ああ」
冷たい表情の美月がそう告げると、悠馬は一度だけ頷いて、椅子に座った。
「ところで、今日はどうしてお呼び出し?」
「ああ、お風呂の件についてなんだけど」
今日、悠馬が美月を呼び出した理由。その理由を聞きそびれていた美月は、新たなお願いでもあるのかと、不機嫌そうな表情で首を傾げた。
「お風呂?」
一体何かあったのだろうか?そもそもお風呂って、入試の時に使わせてもらったお風呂のこと?それとも寮のお風呂?豪華客船の中の風呂?
悠馬のお風呂という発言を聞いても、イマイチ何が言いたいのかは伝わらない。
「うん、ほら、美月お腹の傷あるし…合宿先はクラスごとに入るらしいからさ。大丈夫?」
恐る恐る、傷の話をしていいのかわからない悠馬は、美月の表情を伺いながら質問した。
「あー、なんか、私別のお風呂用意されてるって先生に言われたから。多分大丈夫」
もしクラスで入ることになっていたら、自身の異能を使って一時的に寮に帰してあげて、お風呂に入らせようと思っていた悠馬だったが、それは余計な心配だったらしい。
「え?もしかしてそれだけのために呼び出したの?」
「うん、そうだけど?」
納得がいったのか、安心した表情の悠馬を見た美月は、益々不機嫌そうな表情になると、扉を勢いよく開いて外へと出た。
「帰る」
「え?」
明らかに美月が怒っていた。
悠馬からしてみたら、気を利かせた質問だったのだが逆効果だったようだ。
美月だって年頃の女の子。いきなり呼び出されたら、いらぬ妄想をしてしまうのは当然のことだし、加えて言うなら彼女は悠馬のことが好きだ。
だから書斎に入った時、そういう行為に及ぶことを期待していなかったといえば嘘になるし、まさか許嫁を放置してることや、風呂などというどうでもいい話をされるとは思っていなかった。
悠馬から呼び出されて、浮かれて出てきた私が馬鹿みたいじゃん。
悠馬に会うために、一生懸命オシャレをしたのに、それも何も気づいてないみたいだし。
ただの八つ当たりなのは美月自身もわかっているのだが、それでも憤りを抑えきれずに、深いため息を吐いた。
「バカ」
一方、書斎の中に取り残された悠馬。
悠馬は悠馬で、メンタルをやられていた。
「帰りたい…はやくおうち帰りたい…」
気を利かせたのに逆効果。彼女の求めていたものが何かわからない悠馬は、目をくるくると回しながら泣き言を呟いている。
許嫁の件でも怒られたし、そっちもそっちで早いうちに結論を出さないといけないのかもしれない。
あとは美月に機嫌を直してもらわないと。
やることがなくなったはずの悠馬は、自分からやることを増やしてしまう。
ゆっくりと椅子から立ち上がった悠馬は、ベッドに倒れこむと叫び声をあげた。
「今すぐいなくなりたい!」




