第七異能高等学校の皆々様
一方その頃、別の船。
悠馬が乗っている船と同等の大きさの豪華客船は、第1高校の目的地とは別の合宿先を目指して出航していた。
甲板には、第1の白と黒の制服ではなく、赤と黒の制服をきた生徒たちがチラホラと見え、ビキニの生徒や、体操着に着替えている生徒も見える。
もちろん、この船は、日本支部が保有する10隻の豪華客船のうちの1つだ。
当然、この船に乗っているのは、異能島のナンバーズ、番号付きの国立高校の生徒たちである。
高校の正式名は第7異能高等学校。世間では第7高校と呼ばれている国立高校だ。
そして現在、第7異能高等学校は窮地に立たされていた。その理由は、ナンバーズ同士がライバル、競うべき相手として開催される、体育祭のようなもの、異能祭において、第7高校は10年連続最下位という偉業を成し遂げてしまったのだ。
その影響もあってか、第7高校の入試を受ける生徒は徐々に減り、生徒の質も落ち始めていたのだ。
この学校は、第1やその他の高校のように、自身を磨くような場所ではなく、安定した職を求める、牙を抜かれた肉食獣たちが通う学校といっても過言ではなかった。
このくらいでいいや。将来安定してればそれでいい、と言った雰囲気の生徒が大半で、活発な生徒も殆どいない。
徐々に入学希望をする生徒が減り、生徒の質も悪くなり、伸び悩む成績。
他のナンバーズからは、実質私立高校、不良品の寄せ集めなどと馬鹿にされてしまうレベルにまで陥っていたのだ。
しかしそんな第7高校に、新たな風が吹き始めている。
本年度より追加された、国立高校の特待生制度。元々、そんな制度は必要ないと言われてきたのだが、第7高校の校長が理事会に無理を言って、承認してもらった新たなシステムである。
第7高校は、本年度より追加されているその特待生制度を利用して、とある生徒に破格の待遇を施し、入学させることに成功したのだ。
高級スイートルームの一室。
本来であれば、通常客室しか開放されないはずの豪華客船。その規則がまるでなかったもののように、豪華な椅子に座って、外の景色を眺めながらジュースを飲む女子生徒の姿があった。
ではなぜ、彼女はスイートルームにいるのか。彼女にも言い分があった。
別に彼女は、スイートルームで休みたいなどと言った訳ではなかった。
ただ、数分前に少し休みたいなと思い、携帯端末を操作したところ、慌てて現れた教員たちが特別扱いをして、スイートルームに収容された。それだけの話だ。
こんなお姫様のような待遇を求めてはいなかった女子生徒は、自身の背中の中程まである金髪をクルクルといじりながら、深いため息を吐いた。
瞳はまるで宝石のエメラルドを彷彿とさせる、美しく淡い翠。肌荒れなど一切ない真っ白な肌に、可愛らしい第7高校の制服。
どうみても全てが完璧な少女。
第1高校の美哉坂夕夏に勝てる女子生徒がいるとするなら、彼女くらいのことだろう。
「あー!もう!思ってた学校生活と全然違うのよ!」
そう言って足をジタバタとさせる金髪の女子生徒の名前は、花咲花蓮。今年第7高校に特待生として入学した、超人気アイドルであり、超人気モデルだ。
その完璧な容姿、プロポーション。何を取っても一級品の彼女は、思っていた学生生活と違かったのか、怒ったような表情を浮かべて、窓ガラスに額を当てた。
「はぁー、なんなのよホントに。私こんな待遇求めてないんですけど?そりゃぁ、寮が豪邸だった時は嬉しかったわよ?だって憧れじゃない?大きなお城みたいな所に住むの」
独り言をつぶやく花蓮。彼女は特待生として学校側と話を進めて行く際に、様々な待遇を獲得していた。
その1つが大きな寮。まるでどこかの社長の別荘かと思うほど大きな寮を借りることに成功したのだ。
「でも違うのよ!寮は全然いいけど!いちいちこんな待遇求めてないわよ!このバカ!」
スイートルームを指差しながら罵る。
彼女が怒っているのは、いちいち待遇が良すぎるというか、優遇されていることに不満を持っているのだ。
何度言ってもわからない、加減を知らない待遇。
それに嫌気がさして頭を抱えた花蓮は、再度ため息を吐いて、窓から見える、楽しそうに遊んでいる女子生徒たちを羨ましそうに見つめていた。
「あー、ほんと、休みたいとか言わなきゃ良かった」
休みたいなどと言わなければ、こんな待遇を受けずに、今頃甲板で楽しく会話出来ていた頃だろうに…
自分の軽はずみな行動を、心底後悔した花蓮は、高級そうな机に置いてあるオレンジジュースのグラスを手にし、一口だけ飲む。
そんな中、スイートルームの中には、扉をノックしたような音が響いた。
「はいはい、今行きますよ」
どうせ教員だ。そう判断した花蓮は、めんどくさそうな表情を浮かべながら、スイートルームの重い扉へと手をかけ、そして扉を開けた。
「こんな所にいたんだ、花蓮〜!」
「うわわ、待遇良すぎない?さすが花蓮?」
「え?アンタ達、なんでわかったの?」
2人の女子生徒の背後に控える、花蓮のクラスメイト達。なぜここにいることを知られているのか、どうして彼らがここにいるのか理解できない花蓮は、キョトンとした表情でクラスメイト達の顔を見た。
「男子達がさー、花蓮とお食事したいってうるさくてー」
「ほらほら、花蓮がいなかったら男子達の顔面のクオリティも下がるからさ?」
「花咲さん、俺と食事しましょう!」
「いや、ここは平和的にクラスみんなで食事だろうがよ!抜け駆けすんな!」
茶髪で小柄の女子生徒と、ギャルっぽい女子生徒が、ありのままの出来事を告げる。
そして、後ろに控えている男子達の花蓮の奪い合い。
「はぁ…アンタらね…」
こんなお誘いのために誰が入っているかもわからない扉をノックしまくっているなんて、信じられない。
花蓮と誰がご飯を食べるかで揉め始めている男子生徒達を呆れた顔で見た花蓮は、冷たい声を放った。
「私は行かないわ。そもそもアンタらみたいな男子には興味ないし」
「花蓮、ドS〜」
「もっとオブラートに行こうよ〜」
他の女子生徒達は、こうなる自体を予想できていたはずなのだが、ちょっとだけ楽しそうに男子を擁護している。
「だって、付き合う気もないのに期待を持たせたら可哀想でしょ?」
髪を払いながら、花蓮は追い討ちをかける。
その瞳には迷いなど一切なく、まるでここにいる男子の誰に告白されても断るという断固たる決意が固まっているように見えた。
これは花蓮の優しさのようなものだ。絶対に靡かない女よりも、新しい女と楽しくやりなさいよ。そっちの方が貴方たちもずっと幸せでしょ?という意味を織り交ぜて放った言葉でもある。
「よっ、入学式から累計23人に告られた女!」
「い、いちいち数えなくていいのよ!バカ!」
1人の女子が、クールぶっている花蓮の告白された回数を叫ぶと、花蓮は顔を真っ赤にして叫んだ。告白された回数は多くとも、それを公開されるのは慣れていないようだ。
「私には心に決めた人がいるの!だから何言われても無理!」
「え?誰々?」
「いい加減教えてよ!」
「そうそう!王子様って誰よ!」
「それ俺らも気になる!」
王子様。それはアイドル活動をする上で、好きな人がいますか。付き合いたい人はいますか?などと質問された際に、花蓮が決まって答える言葉だった。
それが本当に存在するのかは本人のみぞ知るのだが、妙に真実味のあるエピソードを多数持っているため、ネットでは全て事実なのでは?と噂されるほどである。
まるで大好物を見つけたように食らいついてくる、花蓮のクラスメイトたち。
その光景を見て、耐えきれないと思ったのか、一歩だけ後ずさった花蓮は、ゆっくりとスイートルームの1番奥の窓まで歩いていき、おもむろに窓ガラスを開いた。
クラスメイトはというと、ゆっくりと歩いていく花蓮を見て、逃げる気は無いと判断したのか、スイートルームの入り口の扉から所狭しと顔を覗かせ、その様子を見守っていた。
潮風に靡く、花蓮の長髪。
「美しい…」
そう、1人の男子生徒が呟いた直後だった。
なんの躊躇もなく、開けた窓から飛び降りた花蓮。
「え?ちょ!ちょちょちょ!」
「花蓮ちゃん!!早まっちゃダメ!」
「ああああああ!」
男子生徒も女子生徒も、小屋から解き放たれた犬のようにスイートルームへと雪崩れ込むと、我先にと花蓮が飛び降りた窓へと近づき、下を見下ろした。
「し、死んでないよな?」
「か、花蓮レベル10だし…」
クラスメイトたちは花蓮が無事な事を願っているものの、それでも怖いものは怖い。
恐る恐る見下ろした甲板には、花蓮の姿はなかった。
「あ!あそこ!プールサイド走ってるの花蓮じゃない!?」
1人の女子生徒がそう叫ぶと、クラスメイトたちの視線は一気にプールサイドへと向く。
するとそこには、女子生徒が言ったように、水着姿ではない、制服姿の金髪の女子生徒が、長髪を揺らしながら走っている姿が見えた。
「花蓮が逃げた!追え追えー!」
「くぅー、またダメだったか!」
「花蓮ちゃん、女子会なら普通に参加してくれるんだけどね」
「お、俺らが悪いみたいな言い方するなよ!俺らはただ、花咲さんと仲良くなりたいだけで」
花蓮が脱走をしたため、追いかけるクラスメイトたち。女子が男子のせいだと言い、男子はあまり言い返せない様子で邪な気持ちはないと言いたげだ。
まぁ、何にせよ男子がいたから断ったという可能性が最も高いのはみんな分かっているはずだ。
「はぁ…きっつ」
人気のなくなった甲板。プールサイドを越えた先にある、見晴らしも全く良くない、ポンプ室と書かれた札が掛けてある機械的な空間にて、花蓮は休憩をしていた。
携帯端末に映る、男子生徒のツーショットを微笑ましく眺めながら。
「あぁー!好きぃー!」
画面に映った男子生徒にデレデレの花蓮。
携帯端末をギュッと抱きしめて足をジタバタとさせる姿は、まさに恋する乙女という単語が相応しい。
「ふーん、そいつが花蓮の言ってる王子様か?」
花蓮がはしゃいでいる真っ最中。不意に背後から投げかけられた男の声に、ビクッと身体を震わせた花蓮は、少し焦ったような表情をしてゆっくりと振り返った。
視界に映る、黒髪のツンツン頭の男子生徒。顔は良くて中の上ほどだろうか?平均的な顔立ちの少年は、興味深そうに花蓮の携帯端末の画像を見ていた。
「なんつーか、俺よりカッコ悪くね?」
「は???何言ってんのアンタ。バカじゃないの?」
画面に映る男子より、自分の方がかっこいいとほざき始めた男子生徒を見る花蓮の瞳が、徐々に冷たくなっていく。
「覇王、アンタ私に振られた事忘れちゃったの?敗者は去りなさい。何を言っても負け犬の遠吠えよ」
覇王と呼ばれた少年のことを、バカにしたように片手で遇らう花蓮は、まるで興味を失ったように画面へと視線を戻すと、画面を見て微笑む。
そう、彼は入学して間もなく、花蓮に告白して振られているのだ。
「ぐぬぬぬぬ…!おい花蓮!そいつはナンバーズなのか!?俺よりレベル高いんだろうな!」
花蓮の適当な態度を見て、少し怒っている男子生徒は、花蓮へと近づき肩を掴もうとするが、見向きもしていないはずの花蓮にすんなりと回避され、手は空を切る。
「当たり前よ。レベル10の私やアンタでも敵わないほど強いはずよ」
「はぁん?言ってくれるじゃねえか!じゃあ勝負しようぜ?そんなに強いなら今年の異能祭、フィナーレで必ず俺と当たることになるだろ!それで俺が勝ったら、俺と付き合え!まぁ、そんな雑魚俺が片手で倒せるけどな!」
どうやら彼の闘争心に火をつけてしまったらしい。メラメラと燃え上がる彼の闘志を、まるで汚物を見るような眼差しで見つめる花蓮は、深いため息を吐いた。
これはいわゆる思考誘導だ。
好きな人をバカにして、相手を怒らせて、本来であれば承諾しないような無理難題を吹っかけてそれを受け入れさせる。
好きな人が馬鹿にされたといえど、好きな人が負けたら付き合え、などというふざけた提案をされても冷静に考えるだけの余裕を残してきた花蓮は、余裕そうに壁に寄りかかると、空を見上げた。
「嫌よ。私にメリットないし。なんで私が景品みたいに扱われてるのよ。ふざけないで。私の王子様ならそんなことしないわ。その時点で、覇王、アンタはすでに劣ってるのよ」
「ぐっ…!そうかよ!じゃあお前のその大好きな彼を異能祭のフィナーレで、ボッコボコにしてお前の目の前に連れてきてやるよ!」
「そんな酷いことしたらなおさら付き合わないと思うけどね」
花蓮がそう告げると、不機嫌そうにズカズカと去って行く覇王。
彼を見送ることすらしなかった花蓮は、携帯端末に写っている、黒髪の男子生徒を見て、微笑んだ。
その横顔は、まるで天使のようだった。
「もうすぐ会えるわね、悠馬」




