魔導師オーギュスティン
ヒタカから連絡を受けたサキトは、イルマリネが居る護衛剣士の詰所へ足を運んでいた。まさか簡単に許可が出るとは思わなくて、半ば信じられない様子だ。
「本当にオーギュスティン殿が来てくれるの?」
「はい。ただ、一つだけ問題が」
イルマリネは表情を少しばかり曇らせる。
「転移魔法で来るとなれば、オーギュスティン様ご本人が記憶された場所でお迎えしなければなりません。ご本人の記憶を辿って移転されますから、その場所はどの地域になるのかと」
「ふうん…どこに到着するか分かんないんだ?」
「過去、何度かこの国にいらっしゃった事があるようで、分かるとなれば馬車のターミナルか、後は…」
言いかけていると、詰所内にある伝達ベース前に居たアルザスが「おい」とイルマリネに声をかけてきた。落ち着いた様子で、彼は「何だい?」と問う。
「そのオーギュスティン様とやらからお前宛に連絡来てるぞ」
「………」
便利な物が出来たものだと、昔から本として生きてきたベルキューズは思った。サキトの腕の中で、なあと声をかける。
「ん?なあに?」
『あれ、遠くの奴に連絡出来るやつだろ?』
「うん。そうだよ」
青白く光る四角い伝達ベースは、魔力によって遠方の人間とお互いの疎通が出来る。まだ多く普及されていないが、施設や特殊機関には急ピッチで設置されていた。各自決められた場の番号や記号を入力すると、直ちに相手側に繋がる。
伝達ベースから流れる微量な魔力を感じ取ったベルキューズは、『こいつで引っ張れるんじゃねえのかな』とサキトに提案した。
「そんな事出来るの?」
話中のイルマリネの後ろ姿を見ながら、サキトはぱらぱらと本の紙を捲るベルキューズに問う。
『俺様にかかればな!』
半信半疑のヒタカは、大丈夫ですかねと不安げだ。大丈夫大丈夫!と彼はイルマリネの近くまで浮遊する。アルザスはそんな彼を見て、「うおっ!本のくせに飛びやがった!」と叫んでいた。一方のレオニエルは、他を気にする事もなく自分のキノコを育成中。
会話中のイルマリネは、上に影が過ぎった気がして上を見上げる。ベルキューズは『おう』と声を上げた。何事か、とイルマリネは怪訝そうな目線を向けていると、彼は話を続ける。
『その魔法使いにさ、準備出来たら言ってくれって伝えといてよ。この俺様が、引っ張ってやるからよ』
「え?」
ぽかんとするイルマリネ。あまりピンとこないらしい。仕方無ぇなあ、と彼は通話口貸せと指示する。イルマリネは相手側に許可を取り、ベルキューズに伝達ベースの通話口を向けてやった。
『おい、魔法使いさんよ。俺が今からあんたをこっちに転移させてやるよ』
どこまでも上から目線である。会話を聞いていたイルマリネですら、ちらりと振り返り不安げにヒタカを見る位だった。書物が隣国の重鎮に向かって言う言葉遣いではない。しかも、この書物を掃除する為に来て貰うのだ。
ヒタカは困惑しつつも、ベルキューズに任せるしか無かった。サキトの希望ならば、第三者の無茶ぶりに従うより無い。自分には解決策が無かった。
『…なあにぃ?嘘だろって。嘘なもんか。なら証明してやるからよ!準備はいいか?いいなら呼ぶぞ!!』
ヒタカはオロオロしそうになるのを必死に堪える。誰彼構わず無礼な口をきくので、向こうは怒るのではないだろうか。周囲が見守る中、ベルキューズは魔法の詠唱を始めた。少しずつ、白い光が魔書全体を覆っていく。
すぐ傍で見ていたイルマリネは、伝達ベースの本体も光っているのに気付いた。しばらく成り行きを見守っていると、ベルキューズの上に魔法陣が浮かび上がっている。
『俺の魔力の流れを掴んできな!』
キノコを見ていたレオニエルは、周囲の雰囲気にふと顔を上げる。そして呆けた顔をして、「何だこりゃ?」と口走った。浮遊している魔書の上の円陣は更に大きさを増していた。
「本当にここに来れるの?」
『来るぜ。…掴んだ!よし、引っ張るぞ!』
疑うサキトに、ベルキューズは得意気に返したその時。
眩い光を放つ魔法陣の真ん中から、するりと抜け出してくる影が現れる。足から出て、徐々に身体が見えてくる。腰まで出てきた後、円陣が消えた。魔力を失ったと同時に、影は床にドシンと勢い良く落下する。
「あっ!?」
「わあっ!?」
灰色の法衣を身に付けた、眼鏡の青年が目の前で尻餅をついていた。サキトは痛みを堪える彼を見ながら、「本当だぁ…」と目を見開く。久し振りに目の当たりにする隣国の魔法使いは、ようやく落ち着いたのかゆっくり立ち上がった。
転送している間は眩しかったのだろう。尻餅を付いた拍子にずれてしまった眼鏡を外し、瞼を押さえる。
「あぁ…少し、待って下さいね」
肩までの緩く波打った黒髪を振り、少しずつ視力を戻した。
「オーギュ殿、久し振りだね!」
「サキト様…?お久し振りです。あの…ここは、シャンクレイスなのですか?」
無事に魔法陣から出て来た様子を眺めていた剣士らは、言葉を失ったまま、遠方からスムーズにやって来た客人に呆気に取られてしまった。
アルザスは「すげぇ…!」と呟く。その素直な発言に、気を良くするベルキューズ。




