理知の魔書21
粋のいい魚のように網の中でびちびちともがいている魔書。サキトは嫌味ったらしく彼を見下ろし、甘いマスクを小馬鹿にする表情に変えて「おやおや~ぁ?」と話しかけた。
「捕まらない自信があったんじゃないの?」
『うるせぇ!!魔法壁なんか作りやがって、あれがなきゃ逃げれたんだよ!!』
「自分だって魔法使ってたくせにぃ」
ヒタカの網から魔書を引っ張り出し、サキトは勝ち誇った顔で僕の勝ちだねと告げた。魔書は認めたくなさそうにしている。
『この俺様が、お前みたいなガキに!!くそっ』
「約束だからね。今日から僕が、君のご主人様だよ」
薄汚れた本の埃を払う。だがなかなか汚れが除去出来ない。
「僕が扱うに相応しくしなきゃね。綺麗にお掃除しないと…」
「そうですね…専用の薬品で手入れしないと、なかなか取れないかもしれません」
魔書の汚れの箇所を確認し、サキトは唸った。ヒタカは寄せていた瓶と剣を取る。
『あぁ、腹立つ!俺様がこんな奴らに負けるとか』
「いいからさっさとここから出して」
余程悔しかったのだろう。悪態をついている魔書に、サキトはもう終わったんだからと突き放す。彼は魔法で、空間の歪みを発生させた。
視界が揺らぎ、気分の悪さを少し感じた所で景色が切り替わっていく。ぐらぐらと目の前の物が徐々に変化し、前に見た魔法屋の内装が見えてきた。景色がはっきりしてくると、あの老婆の声がする。
「終わったか」
『終わったも糞もねぇよ!こんなガキに捕まるなんて一生の恥だ!ちくしょう!認めねぇぞ俺は!!』
まだ言ってるよ、とサキトは魔書を抱えながら呆れた。老婆は魔書をじろりと見ると、フンと鼻を鳴らす。
「生意気なお前にはちょうどいい相手だろうさ。…で、どうするんだ?買い取ってくれるのかい?」
「うん!勿論だよ」
『おいこら、ババア!!』
魔書は話を進めていく老婆に非難の声を上げた。だが老婆は一喝するようにぎろりと魔書を睨む。
「捕まったら認めてやるんじゃなかったのかい。お前さんは本になっても素直じゃないのう」
『ぐ…』
「え?元々本じゃなかったの?」
本になっても、という言葉に不思議に思ったサキトが問う。彼の腕に収まっていた魔書は、『こう見えても俺様は人間の時は大魔法使いだったんだぞ!』と説明した。
「百年前位に実在していた魔導師だよ。魔法の力は凄いが、詰めが甘すぎてな。魔法書の研究をしていて、間違って自分もろとも本に閉じ込められたらしい。それから魔書としてずっとここまできた訳さ」
二人は老婆の話を聞いた後、同時に哀れみの目を魔書に向けた。詰めが甘すぎて、というかただの間抜けっぽい。
『そんな目で見んな!!』
「名前は…?」
『ふん。木偶の坊が、気の利いたことを質問してくるじゃねえか。まあ、魔書って言われんのも物扱いされてるみたいだからな。俺はベルキューズ。ベルキューズ=キャロ=ブランシュっていうんだ。美と知を兼ね備えた美少年魔導師っつったら俺様の事だ!』
言葉使いが悪すぎて、美少年魔導師と言われても真実味が無い。サキトは「ああ、そ」と素っ気なく返していた。
ヒタカはこれでお城に戻れますね、とサキトに告げる。
「お代、払うよ。うるさそうだけど欲しかったしね」
『スルーすんな!!』
「ああ、毎度」
老婆の請求する金額は安くは無かったが、サキトの手持ちでどうにか支払う事が出来た。彼は魔書をしっかり抱え、「ありがと!」と微笑む。
ヒタカは帰りにリンゴ飴を買って帰りましょうかと提案すると、上機嫌なサキトは元気に頷いた。老婆に挨拶を済ませ、二人はようやく店の外に出る。
「はああ、やっとお日様の光を浴びれるよ…」
陰鬱な店の前の道を出て、再び大通りに抜けると、魔書は『ぎゃあああ』と喚いた。
「何なの、うるさいなあ」
『眩しい!!灰になる!!』
吸血鬼みたいな台詞を吐いていた。サキトは改めて魔書を眺め、うーんと唸る。やっぱり汚れが目立つなあ…と。
「綺麗にしなきゃいけないねぇ」
『そうだな。ぜひそうしてくれ』
表紙からして薄汚れて、タイトル部分も分かりにくい。
「本の手入れの方法を、イルマリネ先輩に聞いてみますよ」
「うん、そうだね。お願いするよ」
『どうせなら超綺麗にしてくれよな。中身は…まあ、仕方ねぇけど…いい方法探してくれ』
魔書のは贅沢を要求するが、サキトにしても自分が扱うものはきちんとしてやりたい気持ちだった。さすがに古書の匂いはあまり好きではないし、埃にまみれた物に触れたくはない。
「えっと…名前?何だっけ」
『俺の話ちゃんと聞いとけよ。ベルキューズ!美しい名前だろ』
主人の腕から離れ、魔書はバサバサと中を払いながら名乗る。湿気を含みすぎて、中身の文字ですらあまり判別出来ない程傷んでいた。
「長いなあ。面倒だからベルでいい?」
『美しい名前なのによ…ふん。お前は何つったっけ?』
「僕はサキト。このシャンクレイスの王子だよ。わざわざ王子自ら、君を迎えにきてあげたんだから感謝しなよ?」
やはり、二者そっくりだ。ヒタカは複雑な心境に陥っていた。




