理知の魔書22
ベルキューズは自己紹介をしたサキトに、『王子だと?』と疑う口調で言う。冗談だと思ったのだろうか。
「正真正銘の王子様ですよ」
ヒタカがベルキューズに教えてやるも、彼は『ふーん…』と空中をふよふよと浮かびながら唸る。
『じゃあお前はこの王子様とやらの下僕か。ふんふん、なるほど。確かに下僕っぽい雰囲気だもんな。納得』
「げ…下僕!?」
本に下僕扱いされショックを隠せないヒタカの横で、口が減らないねとサキトは呆れてしまう。まだ出会って間もないので、なかなか主人だという事は浸透していないのだろう。これからきちんと教えなければならない。
「じゃ、お城に戻るよ!ほら、綺麗にしたげるから大人しくしてよね」
『ちっ、しょうがねぇなあ』
ようやくサキトの腕の中に大人しく収まったベルキューズは、新しい主人に向かって『美しく磨けよな!』と命令する。サキトは本のくせに…と軽めの悪態をついた後、言われなくてもやるよと返した。
「リンゴ飴、アーダルヴェルト達にもお土産にして持っていってやろうよ、クロスレイ」
「え?は、はい。それは構いませんが…」
我儘いっぱいで、自分勝手なサキトの稀に見せる優しさに、ヒタカは不思議な気分に陥る。金色の髪をふわふわと揺らし、日の光に煌めく長い睫毛や白い肌で無邪気に笑う王子の姿に、ついヒタカは胸をぎゅうっとさせてしまった。
咄嗟に、いけないいけないと首を振る。完全に変質者になりそうな勢いだ。
「うふふ、決まりね!じゃあ早く行こ!」
「はい、サキト様」
二人と、新たにサキトの所有物になった理知の魔書のベルキューズは城の方向へと踵を返した。
夕食を済ませたヒタカは、ベルキューズの汚れ落としの仕方を乞う為にイルマリネの部屋を訪ねていた。日勤明けで制服を脱ぎ、品のある普段着姿のイルマリネは「汚れ落としね…」と書物のページを捲る。
「文字があまり分からないね。薄れてるのかな…」
「俺は全然分からないんです。魔力がある人には見えるのかも」
あちこち確認し、「状態は悪くはないんだけど」とヒタカに言った。その口調は少し深刻そうで、何か問題があるのだろうかと不安になる。
リラックスした様子でも、イルマリネは持ち前の優雅さを振り撒いていた。長い髪を後ろに緩く束ね、レース付きのシャツを好んで着ている。優雅さを求める性格を示すように。
「特殊みたいだねえ、この魔書…古いし、本の素材にもこだわってる。これを修復するには相当詳しい人でないと厳しいかもしれない。魔法に特化しているアストレーゼンの人なら、誰かしら分かるかもしれないけど…」
「あ、アストレーゼンですか…!参ったなぁ」
さすがに魔書の洗浄の仕方を乞うために隣国まで行かなければならないのはきつい。伝達ベースを使わせて貰うか…と考えていると、ベルキューズがようやく口を開いた。
『おい、下僕』
「げ、下僕!?」
突然降ってきた言葉に、イルマリネはショックを受けた。ヒタカは不躾な魔書に、「下僕ではありませんよ!」と叱咤する。
『あのガキの下に居るんなら下僕だろうが』
「名前で呼んでくださいよ…」
会話していると、段々調子が狂う。イルマリネはヒタカに「話せるの?」と驚いた。
「はあ…そうみたいなんですよ」
『アストレーゼンならよく知ってるぞ!俺の出身地だからな!へぇえ、まだあるのかぁ』
どうやらベルキューズの故郷のようだ。彼は『よし』と張り切るかの如く言葉を放つと、あっさりと『行こうぜ』と簡単にヒタカに言う。
「へ!?」
『だーかーら!アストレーゼンに行こうぜ!』
「そんな時間ありませんよ…あなたはこの国の王子様の所有物なんですから、サキト様のご意志でないと動く事は出来ません」
サキトは喜んで隣国アストレーゼンに行きたがるだろうが、彼の立場が許さない。個人的には、あまり隣国には行って欲しくなかった。
行けば、サキトはスティレンに夢中になってしまう。お互いに似たような年齢で話が合う分、気後れしてしまいそうで。サキトは遊び相手として捉えているだろうが、ヒタカはモヤモヤしてしまうのだ。それが明確に何の理由なのか、まだ分からなかった。
『えー』
子供のようにぶーぶーと文句を言う。イルマリネはふよふよと浮いているベルキューズを捕まえると、その特殊な魔書に興味を深めてしまったらしく隅々と調べていた。
聡明な目の輝きを見せ、イルマリネは「言葉を話すなんてね」と感心する。会話が出来る本など、普通では有り得ない。
「隣の司聖補佐のオーギュスティン様なら、方法が分かるかもしれないよ。あのお方はかなり博識で知られているから」
ああ…とヒタカは、アストレーゼンへサキトの護衛として行った際に顔を合わせた魔導師を脳内で思い浮かべた。すらりとした体型の、灰色のローブと眼鏡の似合う、賢そうな青年だったのを覚えている。
見た感じでは切れ長の目のせいかキツそうな雰囲気だったが、能天気な様子の司聖ロシュの面倒を見ている為か苦労人に見えた。




