理知の魔書12
前回と同じく、独特な音楽が店内に響く。天井からぶら下がる色鮮やかな織物が怪しげな雰囲気を醸し出されていた。初めて入ったサキトは、口を半開きにしながら物珍しい商品が陳列されている店内を見回していた。
見るからに完全なお坊っちゃんの姿をしたサキトと、女性客が大半の店内に、場違いすぎる風体のヒタカの二人。やはり異様に目立っていた。常連らしい少女数人が、狭い通路を悠々とすり抜けていくが、身体の大きなヒタカを見上げると邪魔くさそうに舌打ちする。気を使い、慌てて通路の角に身を寄せるが、小さく邪魔と文句を言われる始末。
仕方ないとは思うものの、「す、すみません」と弱気に謝罪する。自分の欲求優先で喚き散らすサキトとは大違いだ。用件が終わったらすぐに退散しようと思っていると、狭い廊下で脚立を真っ直ぐに立てて物を取っていた店主のシラがヒタカに気付いた。
「あらぁああ~!ヒタカ君じゃないのぉ」
「あ…良かった、シラさん!」
前回と同様、派手で露出の激しい彼女だったが、案の定今回の再会もある意味期待を裏切らない。原色の織物や風変りな雑貨に囲まれているせいで、店内に溶け込みすぎていてパッと見分からなかった。彼女が動かなければ、そのままディスプレイ用のマネキンでも通用しそうだ。
胸の開いたシャツがまた余計に派手さを印象づけてくる。脚立から降り、客が所望する雑貨をカウンターで売った後、彼女はヒタカとサキトの前にやってきた。
「派手な人だね」
サキトは初めて見る人種に、素直な感想を述べる。一般庶民が出入りする店は、こんなに狭いのかと窮屈さと圧迫感を覚えていた。初めての場所なだけに、若干カルチャーショックを覚えてしまう。いつも家族との買い物に付き合わされる場所といえば、王家御用達の由緒正しい店舗しか知らない。きちんと正装した店員や、広くて綺麗で、きちんと商品の陳列がなされている所しか見た事が無かった。このような雑然としていて、通路が窮屈な店などサキトの中ではありえない。
真っ黒で、アフロヘアーのような丸い髪型をした彼女は、サキトに視線を送った後に今回は違う子を連れて来たんだねとヒタカを見上げると、彼は「えっと…」と鼻を掻く。
「今回はこちらのフランドル様の弟君のサキト様のご用事で」
「え??」
ヒタカが軽くサキトを紹介すると、シラはちょっと屈んで帽子を被ったまま下を向いているサキトの顔を覗き込んだ。化粧の濃い、香水の匂いのする女性を前にしたサキトは少し不快そうな顔を見せる。しかし彼女はお構いなしにサキトの顔をまじまじと見るや、少女のような風貌の彼に歓声を上げた。
「ひゃぁ~!!まさかこんなお方がこのお店に来てくれるなんてぇ~!すごぉ~いぃ」
「!!!」
肩をがしっと掴まれて強い力で抱きしめられる。ひぃ!?と目を見開き叫ぶサキト。シラはまるでお気に入りの人形を抱きしめるような要領で、固まるサキトにくっついてくる。ヒタカは「あぁっ」とつい叫んでいた。
「やだぁ、可愛いわぁ~」
サキトはひくひくと顔を引き攣らせ、ヒタカを見上げる。どうにかしてくれと言わんばかりに。
「あっ、あの!シラさん!お聞きしたい事があるんですけど」
「んん~?なぁに~?」
シラは嫌がるサキトの白い頬をぴたぴたと触れながらヒタカに返事をした。隙あらば逃げようともがくサキトは「離してよ!」と訴えている。自分に対し、こんなに急激に無礼な事をする人間も見た事がない。普通は、王家の人間となれば大抵の人間はこちらに頭を下げて傅いてくるのに。
ヒタカは理知の魔書の事を彼女に質問してみる。魔法屋の居所を掴まないと、この店から出られない。
お香やら女性客の香水やら、色んな物が密集した店内にずっと居るだけで、匂いに慣れていないヒタカにはきついものがある。そしてサキトも初めての場所なだけにかなり窮屈だろう。
「この近くに魔法屋さんがあるって聞いたんです。そこで、その魔書が置いてあるみたいで」
「魔法屋さん?…あぁ~、あそこかしらぁ。ちょっと待ってね、紹介状書いてあげるぅ。そこのお婆ちゃん、偏屈でさぁ…気になった物があっても、なかなか売ってくれないのよぉ。根はいい人なんだけどぉ」
ようやくサキトを離し、シラはカウンターへと引っ込む。サキトは彼女の香水の余韻に耐え切れずにぱたぱたと払う動きを見せていた。そしてヒタカの背後にくっつく。早くここから抜けたいと言わんばかりに。
シラは紹介状を書きながら、「魔書が欲しいのぉ?」と問う。
「は…はぁ、俺じゃなくて、サキト様が興味あるようで。ぜひ読んでみたいと」
彼女はヒタカの影に隠れているサキトを見た。強烈な初対面のせいで、彼は相当警戒してしまっている。それを全く気にする事もなく、うふふとエキゾチックな笑みを浮かべながら紹介状を封筒に突っ込むと、封をしてヒタカに手渡した。
真っ白な封筒を受け取るヒタカは、「ありがとうございます」と礼を告げる。
「魔書はねぇ、読もうをして読める物じゃないのよぉ」
「え?」
「普通の書物を違って、その本が選んだ人間にしか、中身を見せてくれないのよぉ~。でも魔力のある人なら、可能性があるかもしれないわぁ」
イルマリネと似たような事を言う。
「僕が読みたいんだから、無理にでも自分の物にするよ。そのお店の場所がどこにあるのかだけ聞きたいの。兄様の書いてくれた地図が分かりにくかったから」
ようやくサキトが口を聞いてくれたことに、シラは嬉しそうに真っ赤な唇の端を上げた。




