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理知の魔書7

 何だか良くわからないが、捕まえるのをサポートしてくれたようだ。また追いかける手間が省けたと、ヒタカはホッとした。コートの男は腰まである水色の髪を束ね、変な眼鏡を掛けていて一見胡散臭そうに見えたが、悪い人ではなさそうだ。

 網に引っ掛かっている引ったくりは、まとわりつく障害物を剥がそうと躍起になっている。

「おやおや、まだ頑張る気かい?網にゴムで作った針が付いてるから、なかなか解けないよ」

 楽しそうな口振りで青年は男に告げる。

「あ…ありがとうございます。あなたのお陰で追いかけなくて済みました」

「いやいや、用事があってこの街に来たんだけど何やら大変そうだったからね。ちょうどこれを試してみたかったし。きちんと作動して良かった」

 変わった眼鏡をしたまま、青年はからからと笑う。同時に材木の波を乗り越えたサキトが「やっと見つけた!」と追い付いてきた。真っ黒な網に引っ掛かった引ったくりを見るや、あれ?と目を丸くする。

「サキト様」

「クロスレイ?これは?」

 網の中で蠢く男。サキトを見るなり、「見てんじゃねえよ!」と喚き散らしている。

「このお方が彼を捕らえてくれたんですよ」

「へえ…」

 サキトはその青年に目をやる。だが、明らかに胡散臭そうな人物だ。彼はぺこんと頭を下げた。

「君は?」

「あぁ、いけないいけない。僕はトーヤ=アムザ=エルクリット。アストレーゼンから来たんだよ。ちょっとした買い物をしにね。まさか旅行先で発明品が役に立つとは思わなかったよ」

 アストレーゼンという名称を耳にするなり、サキトは「本当!?」と強く反応した。相当嬉しそうだ。

「アストレーゼンから来たの!?ね、大聖堂から!?」

「おや…随分食いつくねぇ。そうだよ、大聖堂の研究室で研究の虫をしてるのさ。君は?」

 名乗って貰ったのに、こちらも名乗らなければ失礼になる。ヒタカはサキトを前に、自分達の素性を明かす。シャンクレイスの王家の者だと知った隣国の客人は、「ありゃありゃ!」と分厚い瓶底の眼鏡のままサキトに合わせて身を屈める。

 街中で王子に遭遇してしまうとは、何という幸運だろうとトーヤは陽気に笑った。

「こりゃあ失礼を」

「ううん、いいの。ねね、アストレーゼンに居るならスティレン知ってるでしょ?元気にしてる?」

「スティレン?ああ、リシェ君の従兄弟だったかな?噂は良く聞くよ。まだ若いのにね、凄く腕が立つ子だとかねぇ。何しろ、大聖堂に籠りっきりだからね、会うとしたらリシェ君の方が多くて…逃げられちゃうけどね!あははは」

 あのクールなリシェが逃げるとは、彼は一体何をリシェにしているのだろう。ヒタカは「実験とかするのですか?」と問う。

「そうそう!出来た発明品を試運転する時に、結構リシェ君に会うからね。付き合って貰うんだけど爆発に巻き込まれたり、水の噴射で吹っ飛ばされたりねぇ。彼は小柄で軽いからね。お陰で、会う毎に悲鳴を上げて逃げ出しちゃうんだよ。ははは、捕まえるのに一苦労さ!」

「………」

 何だか可哀想だ。逃げている相手を捕まえてまで試運転に付き合わせるとは、彼もなかなかの鬼畜っぷりじゃないか。馬鹿デカい瓶底眼鏡の下は、恐らく想像付かないサディストの顔なのだろう。

 ヒタカは知り合ったばかりのトーヤに萎縮してしまった。

「スティレン君はリシェ君に似ているからね。次はぜひ僕達の新しい発明品の試運転に付き合って欲しいなあ」

「うふふ、スティレンなら凄く楽しい反応してくれるよ!きっと、白騎士より面白いと思う!からかい甲斐があるからね!」

 そこでサキトのドSっぷりが発揮されてしまう。しれっとして、スティレンを生け贄に差し出すとは。本人が知らないうちに、犠牲者が増えていく。この会話を知ったら、彼は美しい顔を引きつらせて怒るに違いない。

 盛り上がる二人をよそに、引ったくりの男はもがきながら「おいこら!!」と怒鳴っていた。ヒタカは改めて引ったくりの存在に気付く。

「バッグ返してやるからこの網どうにかしろ!!」

 あっ、とサキトは男を見下ろした。

「忘れてた!クロスレイ、警備隊に連絡してきて!」

「はい、サキト様!」

「は!?返してやるっつってんだからもういいだろが!」

 ヒタカが城下の警備隊に知らせる為に走り去った後、男は這いつくばりながらサキトをぎりっと睨み付ける。サキトは肩を落としながら、何言ってるのと呆れた。

「聞いてたでしょ?僕はシャンクレイスの第三王子だって。僕が君のような悪い事をした人に対して、はいそうですかって解放すると思う?残念だったね、僕に見つかっちゃうなんてさ」

 ぺたんと彼の目の前で座りながらサキトは天使のような微笑みを浮かべた。男は悪態をつき、「この糞ガキ!」と吠える。

「ふふ、それも良く言われてるから何とも思わないよ。僕はね、一国の王子として当たり前の事をしたまでさ。自分で見つけた不正を見逃す気は決してないからね。君は王子である僕の目の前で犯罪を犯したの。分かる?言い逃れなんか出来やしないのさ」


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