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理知の魔書6

 サキトを背負う分、少しだけ移動が遅くなるがそれは仕方無い。だが、ヒタカはたまに首を彼の腕に絞められるのがきつく、耐えかねて「サキト様!」と訴えた。

「首にある腕を少し緩めて、貰えますかっ」

「え!あっ!ごめんね」

 気がつかなかったらしい。彼はするりと腕を解き、ヒタカの両肩に手を置いた。

 小道の奥を過ぎると、やがて開けた場所に出た。木材などの資材置き場になっているらしく、多くの資材や加工品が綺麗に並べられている。

「隠れた?」

 悔しそうなサキト。しかし、ヒタカは僅かな気配を見逃さなかった。微かな物音に反応すると、サキトを背負いながらダッシュする。

 サキトは一変して楽しそうに笑い声を上げる。どうやら彼は追い詰めるのが好きなようだ。

「あは、さすが剣士だねクロスレイ!褒めたげる!」

「ありがたき幸せ、ですっ!」

 こちらに気付いたのか、陳列された木材の奥でガタンと音がする。息を潜めて隠れていたので、まさか悟られるとは思わなかったようだ。

 ゴロン、ガラン!と資材の雪崩を起こしながら、男は再び逃げ出していく。サキトは「諦め悪いね!」と呆れていた。完全に相手を捉えたヒタカはひたすら彼を追いかけるが、その矢先に転がってきた丸太に足を囚われがくりとバランスを崩した。

 うわわ!と体勢を整えようとする。だがサキトを背負ったままでは、手が容易に出ずそのまま顔面から転んでしまう。

「ああっ」

「わあ!!」

 擦りきれる痛みが顔面に走った。

「だ、大丈夫?クロスレイ」

 サキトは倒れたヒタカに問いながら、身体を離した。額と、高い鼻に擦り傷を作っている。

「は、はい…」

「このままあいつを放置する訳にはいかないから、僕が行ってくるよ、クロスレイ!」

 えっ?!とヒタカは耳を疑った。勇み足になる主人を先に行かせるとはとんでもない。慌てて彼はサキトの手をがしっと掴む。

「い、いいえ!俺が行きますから!鼻血も出てないし、大した傷ではありませんので!」

「行けるの?」

 ヒタカは自分の茶色の短い髪を掻きながらむくりと立ち上がると、サキトを見下ろして「ここでお待ちください」と告げた。心配そうな顔を見せる主人を宥め、ヒタカは痛みを払拭して男が消えた方向に走り始める。

 困った人を見かけたら助けてやるんだよ、と故郷の母親が口を酸っぱくして言っていたのを思い出す。

 …あんたは力ばっかり強いから、一歩間違うとただの乱暴者になっちまう。男はね、力だけに頼っちゃ駄目だよ。使い道によっては、その馬鹿力は困ってる人の助けになる…。

 こんな時に思い出すなんて、とヒタカはつい苦笑した。よく近所の悪ガキに捕まっては喧嘩紛いの事をしてしまったっけ、と。自分は争いたくないのに、相手の強さの誇示の為に巻き込まれ、結局手加減出来ず返り討ちにしていた。訴えてきた相手の親に、ひたすら謝り通す母親の背中を、理不尽な気持ちで見ていた記憶が蘇る。

 気配を悟った。まだ近くに居る、と彼は動き出す。資材置き場は意外に密室のような状態だから僅かな動きでも気配を悟ることが出来た。剣士としての熟練の賜物だ。

「…っつこいな!いつまで追っかけてくるんだよ!!」

 苛立つ男の叫びに、ヒタカはつい「返してくれるまでですっ!」と馬鹿正直に返す。

「か弱いご婦人から引ったくりをするなど、恥ずかしくないんですかっ!!」

 言いながら、何気にカッコいいセリフだと思った。

「うぜぇ!!正義の味方気取りかよ!」

「何とでも言って下さい!!」

 男は資材の山の影に隠れると、再びダッシュする。ヒタカはまだ逃げる気かとすぐに後を追いかけた。サキトを背負わない分、身軽になったので早く追い付けそうだ。

 材木の山を駆け上がる男に、ヒタカは「諦めて下さいよ!」と怒鳴る。細身の男ならまだ山を上がれるだろうが、自分のような体格のある人間が上がればどうなるだろうか。山ならばまだ大丈夫かな、と思いながら下部を渡り歩く。

「しつこいんだよ!」

「あなたもしつこいです!!」

 いい加減頭にきたのか、男は材木の一部を上からヒタカ目掛けて蹴っ飛ばした。上から転がってくる木々に、ヒタカは慌てて回避する。

 小さな丸太やら棒切れやら容赦なく地面に転がるのを見送った後に、男はふんと嘲笑してまた走り出した。ヒタカは「もう!」と怒りの声を上げる。姿を見失い、まずいと焦った。

 障害物を押し退け、先に進もうとすると、前方で男の悲鳴が聞こえてくる。同時にガランガランという材木が落ちる音。慌てすぎて自滅したのだろうか。何はともあれ、救われた気分になった。

「何だよ!くそっ、この網!!」

 近付くにつれて、黒い釣り用の頑丈な網が見える。ヒタカは怪訝な顔をしながらそろりと足を進めた。すると網に囚われ暴れる男の姿と、白いコートに身を包んだ長身の青年の姿が見える。

「やあ、良かった!いい具合に作動してくれたよ、ははは」

 ご機嫌すぎる声が飛び込んできた。

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