理知の魔書5
大きな正門を監視する剣士達に許可を得た旨を説明し、二人はスムーズに城の外へ抜け出すと、久し振りの街にサキトは興奮気味になる。緑が風にそよぎ、気持ちのいい日差しが目に差し込んできた。
「やっぱりお外はいいなぁ!」
「サキト様、離れないで下さいね」
ヒタカの言葉に、サキトは「うん!」と返すと彼の大きな手を掴む。無邪気な顔でヒタカを見上げ、こうすると離れないでしょと言った。手の大きさですら、差がありすぎる。
自然体過ぎて驚く暇がない。ヒタカは戸惑いを隠しながらサキトに「行きましょう」と促した。
城門通りを街に向けて歩き、並木が立ち並ぶ路地を眺める。あまり城下に出ない為に、サキトはきょろきょろとあちこち見回し目を輝かせていた。
「人が沢山居るね!」
「国の中心ですから、各地が沢山集まってくるんですよ」
「この間アーダルヴェルトと行った時にも、沢山人が集まってたの。露店もいっぱいあったよ!」
観光客から武装した旅人まで、多くの人々がこの中心部に集中してくる。その為に店も多く開かれ、更に往来も激しくなっていた。商売する店側にとっては、大変やりやすい地域のようだ。
人混みの中、甘い香りが不意に漂ってくる。
「クロスレイ、美味しそう!」
「クレープ屋さんですね」
「ね、お買い物が終わったら買いに行こうよ!」
クレープの生地を焼いている様子が面白いらしく、少し立ち止まりみとれていた。露店のカウンターにはフルーツや野菜などの色とりどりの材料が飾られ、可愛いポップが添えられて若い女性客が集まっている。
ヒタカはサキトのおねだりに、「はい」と微笑んだ。
「まずは魔法屋さんに行かなきゃね!」
「場所はご存じですか?サキト様」
「ええっとね…フランドル兄様からのお手紙に書かれてたんだけど、兄様ったらあまり文字書きが上手くないんだよね…分かる?クロスレイ」
ポケットから紙片を取り出したサキトは、ヒタカにそれを手渡す。ヒタカは失礼しますと一言言うと、それを広げ中身を覗き見た。そして、「えっ」と眉を寄せる。
ぐにゃぐにゃし過ぎてて良く分からない。王族の人間とは思えない位の汚い文字が絵付きで書かれている。
「えっと…何となく、場所は…分かったような…」
人に説明する時位、きちんと明確に記載して欲しい。
「ほ、ほんと?」
「通りの名前も書いてますから、その通り沿いに行けばいいのかなと…」
本当に、フランドルは力仕事以外はからっきし駄目なのだろう。ヒタカはどうにか解読しようとしたが、時間が勿体無い気がしてきた。人伝に頼った方が良さそうだ。
サキトは「良かった」と安心する。
「兄様、お勉強苦手だから」
苦手にしても文字位はちゃんと出来るはずなのだが。
「分からなくなったら、誰かに聞いてみましょう。まずその通りの近くまで…」
フランドルの手紙を胸のポケットにしまった時、突如女性の悲鳴が上がった。同時に周辺の人々はその方向に目を向ける。
「引ったくり!誰か捕まえて!!」
ざわつく人々の中、顔を隠した細身の男が女物のハンドバッグを脇に抱えて逃げていくのを見た。緊急事態にすぐに対処できない人々は、何が起こったか分からぬまま驚き立ち尽くす。
サキトはクロスレイを見上げ、「大変だ!」と訴える。
「クロスレイ、捕まえて!」
「えっ!?で、ですが」
「僕の国であんなせこい真似をするのは許せないよ!ほらほら、追っかけて!」
「は、はい!!さ、サキト様は…?」
さすがにサキトを置いて行くわけにはいかない。すると、彼はヒタカに「背負って!」と命じた。
「はい!」
すかさずヒタカは小さなサキトを背中に背負うと、同時に彼は「追っかけるよ!!クロスレイ、行って!」と前方を指さした。ヒタカは困惑しながらも引ったくりが逃げた方向へと走り出す。
幸いサキトは軽いのでそのまま走るのは問題ない。
人混みを掻き分けながら、男の姿を見失わぬように向かう。
「サキト様、彼を見失わないようにして下さいね!」
「大丈夫だよ!絶対捕まえてやるんだから!」
正義感丸出しにしているが、彼はやけに楽しそうな口振りだ。
「落ちないようにしっかり掴まって下さい、サキト様!」
「うん!」
激しく揺れているので、彼が落ちないか心配だ。だが彼はぎゅっと自分にくっついてくれている。さすがにサキトを単独で置くわけにもいかないので、抱えていくしかない。
逃げる男を追いかける二人の様子に、通行人は何だ何だと振り返っていた。
ちらちらと背後を確認し逃げる相手に、ヒタカに背負われたサキトは強気に怒鳴る。
「逃げられやしないよ!」
しつこく追い回され、男は苛立ちながら二人を撒こうと小道に入っていく。サキトはヒタカの耳元に「曲がってった!あの小さい道!」と知らせる。ヒタカは頷き、指示された方向へ走る。
小道に入ると、先程とは違い人の姿が少なくなってきた。逆に捕まえるには好都合だ。多少暴れても問題ない。




