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理知の魔書4

 何か言いたげなアーダルヴェルトから逃れるように早々に詰所から飛び出したヒタカは、久し振りの外出に張り切るサキトを連れて彼の部屋に戻り、出掛ける準備を始めた。

 サキトの顔は知られているので、あまり大っぴらに顔出しが出来ない。帽子を被らせ、出来るだけ地味な上着を着せてからの外出になる。とは言っても、地味な紺色の上着でも、裾や襟元にレースをふんだんにあしらった贅沢な作りになっている。

「サキト様、くれぐれも俺から離れないようにして下さいね。俺も、あなたをきちんと見放さないようにしますから」

 跪き、帽子を深々と被ったサキトを見つめてヒタカは彼に一言忠告する。澄んだ目を向け、サキトは素直に頷いた。

「大丈夫だよ、クロスレイ。僕もう無茶はしないよ。君が怪我しないように気を付ける」

 サキトの首についていたエメラルドのブローチが曲がっている事に気付くヒタカは、優しくズレを直す。その手にそっと自らの手を乗せ、ふっと主人の笑みを向けた。

 大人びたサキトの表情に、ヒタカはついドキンとする。

「護衛してくれる相手を出来るだけ危険な目に合わせないようにするのも、僕の役目さ。君の気持ちを無下にしたりしない」

「サキト様」

 目の前の従者に、「君は僕のものなんだから」と告げた。

 ヒタカはその言葉に、ぞくりと身を震わせる。胸が締め付けられそうだ。飲み込まれてはいけないと言い聞かせているのに、自分の心のどこかで負けそうになる。サキトはそれを知ってか知らずか、こちらの様子を確かめるように顔を覗き込んでくる。

 こちらの気持ちを知っているならば、本当に怖い相手だ。

「あ…ありがたき幸せでございます」

 こんな子供相手に、どうかしている。

「うふふ。さあ、行こっかクロスレイ」

「は、はい!」

 帽子で顔を隠したサキトはヒタカの手を握り、引っ張っていく。元気な所は実に子供らしい。つい微笑ましい気持ちになる。

 廊下を駆け、階段を慌ただしく降りていき階下へ出ると、人の数も増えていく。折り畳まれた大量のリネン類をふらついた足取りで持って歩く使用人や、書類を小脇に抱えて早足で歩く職員、場内の安全を見守りながらも退屈そうにあくびをひたすら堪える剣士など様々な人の姿。

 いつも通りのシャンクレイスの場内の様子だ。

 外に出ようとした所で、何も知らされていない家庭教師のアンネリートが驚いてサキトを呼び止める。下界は危険だと言わんばかりに、不安そうな顔をしながら。

「あっ!?サキト様!?どちらへ」

「お買い物だよ!許可取ってるから大丈夫ー!」

 買い物、と聞いて彼女はさっと顔色を変えた。

 買い物なら他の者に頼めばいい。彼がわざわざ行く必要がないのだと、慌てて止めようとした。

「あなたがそのような事をされなくても!」

「クロスレイが居るから平気!」

 口喧しいのに捕まったと思ったサキトは、ヒタカを引っ張ったまま早足で外に出た。追いかけようとするが、長いドレス姿では活発なサキト達に追い付けず途中で躓き、足が止まってしまう。

「く、クロスレイですって…!」

 サキトに引っ張られていた大男の姿を見ると、彼女はつい舌打ちする。遠慮がちに頭をぺこぺこと下げてくる彼を見るや、「この野獣!!」と悪態をついた。

 あのような頼り無さそうな剣士に大切なサキトを預けられない。もっと他の剣士…イルマリネなら十分頼れる剣士だから分かる。腕のある他のベテラン剣士も、まだ我慢できる。第一、彼はまだ新入り同然の護衛剣士ではないか。しかもあんな野獣のような男なんかに。

 大体、サキトに対して破廉恥な事をしそうで余計心配なのだ。それなのに、彼はあの剣士に絶対的な信用を寄せている。アンネリートにはそれが理解出来なかった。

「何と大胆な…!サキト様を、悪い道に進めないでちょうだい!」

「だ、大丈夫です!俺がしっかり見てますから…!」

「あなたじゃ心許ないから言ってるのよっ!!」

 アンネリートにして見れば、ヒタカは野獣の扱いになってしまう。そこまでもっさりしてないし毛深くもないのだが、体型の大きさでその部類に入ってしまうようだ。

「サキト様は彼を信用し過ぎですわ!!」

 彼らの背中を見送りながらアンネリートは叫ぶ。サキトはそんな悲痛な声を無視して城門へ向けて走っていった。

 空は済みきった青空に、真っ白な綿雲が浮かんでいる。散歩も兼ねるなら、絶好調な天気だ。サキトは制止しようとしたアンネリートの怒る顔を思い浮かべながら、「うふふ」とつい笑い声を上げた。

 ヒタカは後ろをちらちら見つつ、大丈夫でしょうかと不安げにサキトに問う。物凄く怒っていたように見えたので気が気じゃない。しかし、サキトはけろりとして返す。

「大丈夫だよ。アンネリートはキーキーうるさいんだから。こうして逃げとけば追っかけて来ないし」

 ほっとけばいいのさと一蹴した。

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