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理知の魔書3

 今まで木こりと武骨な剣士の道しか知らなかったヒタカにとって、魔法の世界は未知の領域だった。サキトも多少の魔力を持っているらしいが、軽度の物しかまだ見たことがない。指に嵌められた盟約の証もその一つだ。

 離れていても会話が成立する事自体、凄い事だと思える。

 促されるまま、詰所の扉の前に立ち、軽くノックする。そして扉を開くといつも通りの光景が目の前に広がった。ヒタカの顔を見たアーダルヴェルトは、開口一番頼み事を放とうとする。

「戻りやがったなクロスレイ!お前、先輩の代わりに熟女百科の最新号買ってこ…」

 言いかけたが、傍にサキトが居るのを知るや反射的に口を手で塞いだ。

「熟女百科?」

 サキトが眉間に皺を寄せる。アーダルヴェルトはぶんぶんと首を振り、「し、しゅくじょひゃっかです」と言い直した。イルマリネは冷めた視線をアーダルヴェルトに向ける。

「…よし、よし…新しいキノコは順調だ…」

 デスクに突っ伏しているように見えるレオニエルは、趣味のキノコの様子を見ながらデスクワークをしていた。やはり理解できない色合いをした謎のキノコを育てている。

「どうしたんですか、サキト様?」

 変わり種の剣士が居る中、唯一マトモなイルマリネはサキトに近付いて問う。にっこりと微笑むサキトは「聞きたいことがあって!」と答えた。

 流石の貴族出身というべきなのか、穏やかな様子でイルマリネはサキトの話に耳を傾ける。

「理知の魔書?」

「うん。魔法書なら君が詳しいでしょ?読んだ事あるかなって」

 イルマリネは「私は無いですね」と前置きしながら、サキトの目を見て更に続ける。

「生きている魔書って言われてますけど、その本を手にするには少し難儀するらしいですよ」

「えっ?そうなの?普通に売ってるんじゃないの?」

 目を丸くし、サキトは首を傾げる。イルマリネは魔法関連ですからと言うと、自分の机から書物を取り出してページを捲る。

「元々、魔書は魔導師が杖などの武器の代わりに扱うらしいので、読み物としてはどうかという話もあります。あなたが探している理知の魔書は古代から伝わる魔法文字が多く記載されているようで、私も興味があるんですが…シャンクレイスにあるのですか?」

「フランドル兄様から話を聞いたの。…っていうより、矢文が届いたんだけど…前々っから、魔法関連の面白そうな書物があったら、逐一教えて欲しいって頼んでたから。ただ、フランドル兄様は魔法の力が無いから、理知の魔書ってピンと来ないみたいで。街の魔法の雑貨屋に置いてあるんだって。買おうとしたら、魔力の無い人間には売れないって断られたみたい」

 矢文とはまた古典的な…とヒタカは二人の話を聞きながら思った。しかし、フランドルならやりそうだと何故か納得してしまう。

「物によっては、本を扱うに値する人間かどうかを試す本があるみたいですね。その理知の魔書もその類いなのでしょう。あなたが試したいというなら、クロスレイを連れて訪ねて行くといいですよ」

「あは、さすがだねイルマリネ。話が分かる!」

 ぽん、と両手を叩き、サキトは微笑む。ヒタカは自分が言う前にイルマリネが察してくれたので許可を取る手間が省けたと思った。

 話を聞いていたアーダルヴェルトは、ヒタカの背後から「おい」と小声で呼び掛けて背中をつつく。

「先輩の買い物もついでに頼むよ」

「へ…!?その本ですか?サキト様が一緒なのにきついですよ」

 サキトとイルマリネに聞かれないように様子を窺いながらアーダルヴェルトに返事をする。だが、彼も本心は買い出しに行きたくないのか再び背中をつついた。

「待たせときゃいいだろ!俺だって趣味じゃねえのに買いに走りたくねぇよ!なっ、ついでじゃねえかよ!」

「俺だって買いたくないですよぉ…」

 押し問答を繰り返していると、イルマリネが「アーダルヴェルト」と彼を呼んだ。ううっとアーダルヴェルトがヒタカの背中に隠れたまま硬直する。

「変な物をクロスレイに買わせないように」

「は!?何も頼んでねぇよ!なっ、クロスレイ!」

 同意を求められ、ついヒタカもうんうんと頷いた。頭が固く、潔癖で真面目なイルマリネに知られたら噴火が起こる。

「聞こえてるからね」

「すいません!!」

 冷静なイルマリネの非常に冷めた視線に耐えきれず、アーダルヴェルトはすごすごと退散した。胸を撫で下ろすヒタカ。

 改めてイルマリネは、ヒタカを見上げると「じゃあサキト様の護衛を頼んだよ」と命じる。

「はい!」

「ありがと!じゃあ、行ってくるね!」

 サキトはにこにこしながらイルマリネに告げた。最近の彼はやけに行動力がある。ヒタカが居る事で、何か刺激になっているのだろう。

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