理知の魔書2
あからさまにお前には絶対に無理だと言われたような気分になり、ヒタカは少しショックを受ける。だが、実際魔力が無いのだから仕方がない。
「許可を頂かないと…」
「もう、クロスレイは真面目でやんなっちゃう。大丈夫だよ、今回は父様からお許しを頂いてるし君が居るなら安心だってお墨付きさ。だから心配しないで」
その言葉に、ヒタカは安心する。許可を得ているなら心配は無い。そして、自分が彼をしっかり守れば大丈夫だろう。
「それならいいんですが…」
「じゃあ、早速街に行こ!…えっと、その前にイルマリネに聞きたいことがあった!ほらほら、クロスレイも許可を取らなきゃならないんでしょ?行こ行こ!」
華やかな笑みを称えながら、サキトはヒタカの腕をぐいぐいと引っ張った。ピクルスを冷蔵庫へ収納し、慌てて部屋を後にする。ちゃんと鍵をかけなきゃね、と悪戯っ子のように冷やかすサキト。
静かな廊下をぱたぱたと忙しなく進んでいくと、階上に上がってきた第一王子のルーヴィルと鉢合わせになる。彼は真っ青なレース入りの華美なジャケットと清潔感のあるシャツに身を包み、胸元のポケットには白い薔薇を差して、サイドの髪を綺麗に後ろに流していた。どこかへ遊びに歩いていたのだろうかと思える程、やたらとめかし込んでいる。どこから見ても耽美な格好だが、彼はひたすら美への執着しか頭に無いので相応な姿だった。
サキトは彼を見るなり、「兄様」と声をかけた。可愛い弟の呼び掛けにすぐに気付いた彼は、「やあ、僕の可愛いサキト」と溺愛の挨拶をする。
「クロスレイ君、サキトと一緒だと振り回されて大変だろう?」
近い将来大人になれば、サキトもルーヴィルのような美形に育つのだろう。稀に見せてくる妖艶な彼の笑みは、サキトとそっくりだった。
「は…いや、これもお役目だと思って、サキト様に従う所存であります、ルーヴィル様」
「何それ、まるで僕が我儘放題してるみたいじゃない」
ぷくーっと頬を膨らませるサキト。何をしても可愛げがある。ルーヴィルはふっと微笑むと、屈んで愛しい末弟を抱き締めた。
「兄様!もう、やめてよ恥ずかしいじゃない!」
「お前は何でも可愛いのさ、サキト。くれぐれもフランドルのような肉肉しい姿にはならないでおくれ」
肉肉しい、という謎の表現。だが、不思議と凄く伝わってくる言葉だ。
「フランドル兄様は男らし過ぎるんだよ。でも頼もしいけどね」
「僕らは王家としての象徴になれればそれでいいのさ。武力は才能がある者に任せるといいんだよ」
「象徴になる為に、まず知恵を育てなきゃね。王家としての在り方や、この国が栄える為に沢山知識を頭に積めないと…兄様は多岐に渡って物事へのご関心があるけど、更に追求なさらないご様子で父様が残念がってたよ。象徴になるには、まず教養を高めていかないと。折角美しく生まれて、才覚に恵まれているのに勿体無いよ、兄様」
おだてているのか落としているのか分からないが、ヒタカはルーヴィルが残念なタイプだという事が理解できた。
ルーヴィルは「そんなに僕を苛めないでおくれ」と嘆きながらサキトに頬擦りをする。彼から漂う香水の香りが鼻をついた。
「まだ色んな物に興味がありすぎて、一つに絞れないのさ。賢い君には分かるだろう?僕は回り道をするタイプだからね」
「昔の兄様の三十八点の歴史のテストを見た時、僕は恥ずかしくなったよ?」
更に突っ込まれ、ルーヴィルは「あははは」と笑ってごまかした。そして優雅に立ち上がると、三十八点のテストというフレーズに複雑そうな顔を見せていたヒタカに「サキトを頼んだよ」と告げる。
昔は昔さ、と適当にサキトに返し、ルーヴィルは彼の頭を優しく撫でた。誤魔化そうとしているのがよく分かる。
「人には得意不得意があるものだよ…」
「そっかあ…」
「そうさ。じゃあ、僕はこれで。クロスレイ君、僕のサキトを頼んだよ」
このような人でも、リアルなテストの点数を取るんだなとヒタカは彼を見送った。サキトは「あんな事言っちゃって」と溜息混じりに呆れる。
「兄様、お勉強に関しては全然興味無いんだから」
「は…はあ…」
「一番上なのにね」
頭が良くないのは噂で聞いていたが、末のサキトが嘆く程良くないとは。単に彼の方が頭がいいだけなのかもしれないが。
間を置いて、ヒタカの腕を引きながら「行こっか」と促す。
「詰所に行って、イルマリネに許可を貰ってからね!」
「はい、サキト様」
「イルマリネは魔法に詳しいんだよ。剣士なのに珍しいよね」
確かに、護衛剣士はほとんど魔法に縁がない者が多かった。魔法を使えるのはイルマリネしか居ない。たまに彼が読む本は、魔法関連の書物も多かった気がする。




