強さの理由3
剣士が練習用として扱っている木刀は、大人の男が手を大きく広げた位の長さだった。丈夫な本赤樫で作られていて、打ち合いの練習には最適だ。アルザスは数回振り、感慨深そうに呟く。
「久し振りに触ったわ」
「あの、よ、よろしくお願いします」
先輩に丁寧に頭を下げ、ヒタカも木刀の感覚を確認した。いつもの剣より軽く感じる。更に余分な力が出そうだが、それはお互い様だ。
ぱしぱしと手の平に木刀を軽く叩きつけた後、アルザスは「始めるか」と言った。ヒタカはごくんと唾を飲み込み、頷く。
「俺からいくぞ。先輩を立てなきゃな、クロスレイ?」
「は、はい!!」
一気に全身に緊張感が走った。構えるより先に、アルザスはヒタカの前に出る。咄嗟に木刀を前に突き出すと同時に、全身に重い振動が響いた。ぐっと奥歯を噛み締め打撃に耐えるヒタカを、アルザスは嘲笑する。
押しきられ、踏ん張る足が僅かに後退した。
「練習も実戦だと思え」
「はい」
ヒタカは力任せに押さえていた自分の木刀を払い、その場から飛び退く。しかしアルザスは再度ヒタカに攻撃を仕掛けた。真正面からの正直過ぎる動きを左にかわすと、ヒタカはアルザスに逆に仕掛けていく。
彼の脇腹目掛けて木刀を凪ぎ払おうとしたが、見切られ回避されてしまい、ヒタカの木刀は空を裂いた。
「わ!」
かくりとバランスを崩す巨体。そこへすかさずアルザスは足掛けをする。
「おらぁ!!」
「…って、先輩っ!!」
がくりとバランスを崩し倒れそうになるのを、辛うじて片手をついて転がりすぐに立ち上がる。敷地内の角に逃げると、周囲から野次が飛んだ。
「おいおいヒタカ!逃げんな!」
「やられっぱなしかよ!」
やりにくいなあ、と木刀を振るいながらヒタカは思う。
アルザスは「おいこら」とヒタカに悪態をついた。
「お前、練習だからって力抜いてんじゃねえよな?」
「い、いやそんな事は」
「嘘つけ。お前、実戦の目付きじゃねえよ。なめてんのか」
実戦の目付き?とヒタカはきょとんとする。アルザスは手にした木刀で右肩を叩きながら、「無自覚かよ」と舌打ちした。
「俺が見てぇのは単なる叩き合いの技量じゃねぇ。お前が豹変する面が見てぇんだよ。普段ヘコヘコしてるくせに、土壇場で違う人間になるんだよ。その糞ムカつく面が見たいから、こうして相手してんじゃねえか」
ボロクソな言い方だ。
ヒタカは木刀を構えながら「そこまで言わなくても…」と凹む。
「だったら練習だろうが殺す位に来いっつーんだよ!鬱陶しいわ、そのヘタレ面もな!実戦じゃ敵は待ってくんねぇぞ!!」
激を飛ばされ、ヒタカは木刀を持つ手に力がこもった。本気でいかなければアルザスに失礼になる。
「先輩が怖いんだろ、ヒタカ!」
外野から飛び交う声を無視し、ヒタカは数歩前に出た。
「実戦だと思って行きます」
「おう。俺を、お前の大事な王子様をかっさらった奴だと思え」
大事な王子様と言われ、ヒタカは「へっ!?」と焦る。アルザスはその隙に彼に突進した。
「わ!!」
ガシン!と木刀がぶつかり合った。ヒタカはすぐにアルザスを振り払い、そこから仕掛ける。下から抉るように刀を振るい、相手の出方を見た。自分の刀で与えてくる打撃を防いだアルザスは、まだ余裕がある事を知らせるように強気な笑みを浮かべる。
再び後退し、ヒタカはアルザスの横を駆け抜けた。
「逃げる気じゃねえだろうな!」
飛んでくる野次。
迎撃の体勢になったアルザスに、改めてヒタカは攻撃を始めた。やはり正攻法で木刀を降り下ろす。鋭い音と共に、重く痺れる重圧感が刀から伝わってきた。アルザスはこの新入りの剣士を目の当たりにし、この馬鹿力がと内心悪態をつく。
木刀が擦り合い、押し合ってお互い譲り合わない。
「普通にやったんじゃ、いつまでも終わんねぇぞクロスレイ」
「…分かっています」
アルザスは押し合いながら、右脚を使いヒタカの腿目掛け蹴りつけてきた。打撃を受けた彼は一瞬眉を寄せるが、逆に自分も同じように脚を使い相手の鳩尾を押し退ける。
「…っぐ!」
鈍痛に呻き、アルザスは数歩退く。この野郎、とヒタカを睨み恨み言を放った。
「腹は無ぇだろ、腹はっ」
「普通にやったら終わらないじゃないですか」
あっさりと返され、言葉を返せなくなった。言ったのは自分だ。
「いちいち突っ掛かりやがって」
真っ直ぐ駆け、アルザスは構えていたヒタカの右側に回る。正攻法で来るものだと思っていた彼は、その気付いた瞬間に動きを止めてしまった。咄嗟の判断で、アルザスに背中を向ける。
バシン!!と場内に叩きつけられる音が響き渡った。
「んああ?」
アルザスは、つい気の抜けた声を放つ。ヒタカの大きな背中を打ち付けていた彼は、ヒタカが自分からダメージを受けにきた事に思考が止まってしまった。
その隙に、ヒタカはそのまま身体を屈ませ背中の木刀に手をかける。アルザスはハッと我に返ると、身を離そうと動いた。




