王子様の献身15
サキトを探しに来たのだろうか。
ヒタカはおずおずとアンネリートに「あの」と話しかけた。室内を徘徊する彼女はヒタカを見下ろす。その表情は、いつもサキトに向けた甘やかす雰囲気ではない。
「サキト様は多分厨房に」
「知ってるわよ」
「………」
「私も同行したんだから」
分かっているなら何故ここに来たのか。ヒタカはアンネリートが早く去ってくれるのを待つ。個人的に、彼女の自分を見下す視線が苦手だ。説教臭い言動も受け付けない。元々高圧的なタイプが好きではなかった。だから、結果的に彼女とは合わないと感じてしまう。
「では何か…」
「あなたが室内で妙な事をしてないかと不安になってね」
「ま、まだ疑うんですか…」
何かやらかしたとしてもメリットが無い。ヒタカは疑り深い彼女に愕然とした。そんなにまで民間出の人間が信じられないのかと。
「お言葉ですが俺はサキト様に忠誠を誓ってます。あのお方を貶めるような事など決してしません!」
「あら、そう。それならいいんだけど」
アンネリートはヒタカの意見を流す。何かアクションでも起こすのかと思っていただけに、彼は拍子抜けした。むしろ本当かしらと疑ってかかってくれたら会話が成立するのだが、そんなあっさりした返しだとぽっきりとそこで中断してしまう。
カーペットに鈍い足音を立て、アンネリートは困った顔をするヒタカを見た。筋肉質の身体をシャツで覆っているが、盾になるには十分過ぎる体型。これだけ体格に恵まれていればサキトも安心だろうが、その自信の無さそうな顔が彼女には受け付けられない。
「あの」
「何よ」
「まだ、何か…?」
「うるさいわね。居て欲しくないみたいに言わないでくれないかしら?」
「は…はあ。すみません」
本音は居て欲しくない。ヒタカはたまに痛む頭の傷跡を押さえながらアンネリートに謝った。
「その頭」
「へっ?」
「サキト様を守る為にですってね」
「はい」
「ここに来る前もそんな無茶をしてきたの?」
アンネリートの問いに、ヒタカはううんと考える。無茶というか、自分でも全く覚えていない。怪我をするのは日常茶飯事で、気が付いたら負傷していたという事が多かった。
「今まで酷い怪我だと、高所から猫を助けた時足を滑らせて岩場に落ちた事ですかね?」
「………」
へらへらして言う事ではない気がする。
「怪我は仕事柄、仕方無いですから」
「ふ…ん。じゃあ、サキト様の盾になる事に関しては抵抗がないという訳ね。天職にありつけたようなもんだこと」
嫌味っぽい発言だが、ヒタカはそんなアンネリートの言葉ににこやかに「…かもしれません」と返す。
「噂ではあまり評判は良くないかもしれませんが、あのお方はとても優しいです。確かに我儘ですぐに怒るけど、頭の回転が早くて、素直で、俺みたいなのにも普通に接してくれる。だからあの方がもう俺を必要としないと言われる時までは、サキト様のお傍に居たいと思ってます」
自分の頭に包帯を必死に巻いてくれるサキトを思い出しながら、ヒタカは言った。僕の責任なんだから、と辿々しい手付きが可愛らしかった。
普通にしていると我儘で気紛れで、変に誘惑してくるサキトだが、翻弄されながらもまだまだ彼の我儘に付き合っていけそうだと実感していたのだ。
「…楽観的でいいこと。ま、あなたがいつ音を上げるのか見物だわ。その気持ちを忘れないでちょうだい」
「は…はい」
一体何なんだろう。ヒタカはアンネリートに対して変な人だと思っていた時、盟約の証を通し、頭の中にサキトの声が響いてきた。やけにヒステリックな声だ。
『ちょっと、クロスレイ!!』
「ひっ!!」
いきなり降ってきた主の声に、ヒタカは身体をびくつかせた。アンネリートはヒタカを怪訝そうに見る。巨体が緊張で固まっている有様は、やたら滑稽だ。
「何なの?」
ヒタカは彼女に、「い、いえ!」と首を振った。
『(は、はい!サキト様)』
『アンネリート、そこに居ない?!もう、早く帰ってきてくれないと。スープ完成しちゃったよ!』
サキトはアンネリートとスープを作っていたらしい。ヒタカはサキトに怯えつつ、「あのう」と彼女に声をかけた。
「何よ」
「さ、サキト様がお呼びで…スープが完成しちゃったと…」
何故そんな事が分かるのかと、彼女は「何を言ってるの?」と喧嘩腰な口調で問う。早く出ていって欲しいならもっとマシな言葉を言えばいいのに。
「サキト様が俺に言うんですよ…」
「ここには居ないわよ。どうしてそんな事が分かるのよ」
その間にも、サキトの声がヒタカの頭に響く。分かりました!と怒るサキトを押さえ、同時にアンネリートに剥けて指輪を嵌めた手を見せた。
疑問を放つアンネリートは、それを見て言葉を失う。その指輪を、彼女は知らない訳は無かった。眼鏡を掛け直し、改めて本物か確認する家庭教師に、人の良さそうな顔のままの護衛剣士は、「早く来てくれと仰せです…」と告げる。




