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王子様の献身14

 皮を剥け、と。アンネリートは包丁を探す素振りを見せると、レイチェは皮剥き用の器具を手渡した。

「何です?」

「これで簡単に皮剥きが出来るんですわ。こうして…こう」

 レイチェが器具を使い、生姜に当てスライドすると、いとも簡単に皮が落ちていく。アンネリートは物珍しそうに器具を眺めた。これで皮剥きの時の包丁の使い方に悩まされなくても済みそうだ。

 サキトはレイチェから半分に切られたピーマンを受け取り、種を根こそぎ取り出す作業を始めた。

「誰に作るんだすか?」

「んん?えっとね、僕の専属の護衛剣士にね。僕のせいで大怪我しちゃったからさ、元気になる物を食べさせてあげたいんだよ」

「専属…っていうと…」

 レイチェは彼の専属剣士を思い出そうと手を止める。そして、「あぁ!」と思い出し、声を上げた。前に麺棒でフランドルを殴ってしまった際に同行していた大柄な男の姿を脳裏に思い浮かべる。

「あの優しそうな人だすべ?」

「ふふ」

 アンネリートは皮剥きをしながらヒタカの遠慮がちに笑う顔を思い出していた。思い出す度にムカムカしてくる。あの顔で、サキトに取り入ろうと企んでいるのだ。そうに決まってる。でなければ平民風情の人間が、ここまで親密にサキトの傍に居れるはずがない。部屋に入れるまでならまだ目を瞑れるが、彼のベッドで寝るとは言語道断だ。挙句にサキトを押し倒し、襲いかかろうとするなどとは。あれが野獣でなくて一体何なのか。

 サキト様は騙されているのだわ、と闘志を燃やしていると、レイチェが「ひい!」と悲鳴を上げる。

「やだ、アンネリート!何してるのさ!」

「えっ?」

「お、恐れながら…削りすぎだすべ」

 指摘されて手元を見る。そして小さく悲鳴を上げた。

「指まで削らないでよ!怖いじゃない!」

 生姜は全て削られ、指の皮膚まで少し削られていた。削られた生姜は床に落ち、白く美しい手が血だらけになっている。夢中になっていた余り、自らを見失っていたようだ。怪我に気付いた瞬間、痛みを一気に感じた。

 サキトは呆れ、「ドジだね、もう!」と言い放った。レイチェは慌てながら救急箱を持ち寄ると、アンネリートに手を洗わせて消毒薬を与え、応急措置を施す。

「アンネリート様は休んでて下され。おらが手伝いますがら」

 包帯を巻かれてしまった。慣れているようで、巻き方も綺麗だ。アンネリートは怪我をした左手を見ながら、これで料理をせずに済むと安堵する。

「僕が代わりに生姜の皮剥きするよ」

「よろすぐ頼みますわ、サキト様」

 スープの下拵えを段取り良く終わらせていくのを、アンネリートはぼんやりと眺めていた。楽しそうなサキトの顔を見ていると、あの男に何故そこまで尽くすのか疑問になる。

 サキトはサキトで、初めて作る料理に楽しそうだ。自分がここに居ても仕方無い気がする。

「サキト様」

 アンネリートはサキトに声をかけた。彼はきょとんとしながらアンネリートを見上げる。照れ臭そうな顔をしながら、「少しだけ席を外しますわね」と言った。

「分かった。でも戻って来てよね!」

 手を怪我した自分は、もう用済みではないかと思った。

「私、もう何も出来ませんが…」

 序盤から怪我をしている上に、作りたくない相手の料理の手伝いなど気が引ける。控え目な彼女の言葉を受け、サキトは頬を膨らませた。

「君も食べるんだよ?だから戻ってきてよね」

「えっ」

「頑張って作るからさ!」

 今までにこのような事はあっただろうか。

 我儘いっぱいに育ってきたサキトが、他の誰かの為に料理を頑張るなどとは。アンネリートが返事に詰まっていると、サキトは「ちゃんと完成させるんだから!」と張り切って皮剥きを再開した。そんな彼の様子に、少しばかり態度を軟化させる。

「すぐに戻りますわ」

 曇りがちな眼鏡を手持ちのハンカチで拭くと、真っ赤なドレスを翻しアンネリートは厨房を去った。


 …いいのかな、こんな事をしてて…。

 黙って寝ていろと命令されたヒタカは、サキトの部屋の天井を見ながらぼんやりしていた。自室待機していたいが、彼がそれを許してくれない。

 せめて腹筋とか、身体を動かしたいが、やりすぎると頭の怪我に響いてしまう。仕方無く寝るしかないのだろうか。

 それにしても暇すぎる。

 目を閉じて仮眠しようかと思っていると、不意に部屋の扉が開かれた。ヒタカはサキトが来たのかと思い、身体を起こす。

「あ、あれっ!?」

 やってきたのはサキトではなかった。そこに姿を現したのは、真っ赤なドレスの冷静沈着な表情の家庭教師。ヒタカは慌ててベッドから降りる。

「…いいわよ、そのままで。寝てなさい」

「は…」

 体型に似合わずおどおどするヒタカの様子に、アンネリートはつい舌打ちしたくなったが、さすがに品が無いだろうと押さえた。

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