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小悪魔王子と下僕系剣士6

 何故そこで童貞野郎というフレーズが出てくるのか。

 ヒタカはついかあっと頬を紅潮させ反論した。

「それはっ、俺に言ってるんですかっ!?」

「お前しか居ねーだろ!」

「いくらなんでも言い過ぎです!俺だってちゃんと経験してま」

 凄くどうでもいい話をしていたその時だ。

「うるさいなぁと思ってたら…言い合うなら詰所でやってくれるとありがたいんだけど」

 穏やかだが、有無を言わせない声音が廊下に響く。ヒタカとアーダルヴェルトは、その声の主にピタリと会話を止め、最敬礼した。相手はまだ小さな子供だが、その生まれつき備わる厳かな雰囲気につい押され気味になる。大人顔負けの、君主になるべくして生を受けた存在。

 大人より大人過ぎて、外見は天使のくせに本気で可愛くない。

「サキト様。失礼致しました」

 アーダルヴェルトはすぐに謝る。ヒタカも同じく続けて詫びを述べると、サキトは呆れながら「君は本当に騒ぐのが好きだね」と言った。

「は…申し訳ございません」

「何度も聞いたよ、そのセリフ。まあいいよ、騒がしいのもたまに無いとつまらないからね。でも僕は今勉強してたの。大声出して騒がれちゃ困るんだよ」

 その表情は相当不機嫌そうだ。面倒にならない内にそこから退散した方がいいと判断し、アーダルヴェルトは「以後気をつけます」と頭を下げる。

 サキトは反論する事なく反省の弁を述べられた事で、気持ちが少し和らいだのか「反省したのならいいよ」と言った。

「戻ってもいいよ」

「ありがとうございます」

「本当に反省したのならね。君、何度も騒ぎを起こしてるから」

 痛いところをつつかれ、アーダルヴェルトは言葉を詰まらせた。同じ事で注意されるのを、サキトは覚えているのだ。年相応の馬鹿な所があればマシだが、いらない所を記憶するのが腹立たしい。

 早く部屋に帰れ、と頭を下げながら彼は思っていた。

「クロスレイ、僕の部屋に来て」

「は、はい」

 サキトは存分に手入れされた革靴を鳴らして部屋に向かいながら、自分のものであるヒタカに命じる。ヒタカはアーダルヴェルトに一礼すると、従僕さながら後ろについていった。

 重みのあるサキトの部屋の扉が閉まり、再び廊下に静寂が戻る。それを確認した後、アーダルヴェルトはダストシュートのボックスを激しく蹴飛ばした。

「あんの…クソガキ!!!」

 固い鉄製のボックスは、重く鈍い音を響かせる。苛立ちが少し解消したものの、子供に説教されるのが面白くなかった。そして、反論したくても出来ない立場にも腹が立つ。やり場のない苛立ちに頭をかきむしり、舌打ちして詰所へ踵を返した。


 再びサキトの部屋に戻されたヒタカは、軽やかな足取りで机に向かう主の姿を目で追いながら「何かご用件が…?」と問う。咲き誇る花々に、順繰りに留まる蝶を思わせる彼の可憐な動き。

 くるりと振り向き、サキトはヒタカににっこりと微笑む。

「クロスレイは意外に経験があるんだね。何にも分からなそうだから、意外だよ」

「…は…?」

 意味深な発言を耳にし、ヒタカはつい口を間抜けに開いた。どこから話を聞いていたのだろう。そう考えると同時に、全身が熱くなった。

 逆にそんな風に指摘されるとかえって恥ずかしいではないか。

 居たたまれなくなり、ヒタカは顔を俯かせる。サキトはきょとんとしながら、「何でそんな反応するの」と不思議な顔をした。

「別に変な事じゃないでしょ。君らは大人なんだからさ。君みたいなタイプは意外だって言いたかったの」

「ふ、深入りし過ぎです…」

 サキトはヒタカに近付くと、その恥じらう様子に「あれ」と呟く。こんなにからかいがいのある逸材は居ないだろう。耳まで真っ赤になっている。

 ふふ…と魅惑的に微笑むと、彼は革張りのカウチソファにヒタカを座らせた。動揺する新米剣士は、「へ…?」と目を丸くする。

 サキトはヒタカの前に向かい合い、彼の胸に触れる。

「あ…あのっ?」

「へえ…ま、異性受けはしそうだね」

 目の前にサキトの顔があり、その極め細やかな肌がよく分かってしまう。長い睫毛と、憂いを帯びた青い瞳、ピンク色の頬。おまけのように薄いがぷるりとした唇の少女と見紛い、同性だというのを忘れそうになった。

 するりと細い両腕が自分の身体に絡み付き、つい呻き声を漏らしてしまった。そんなヒタカの反応を知ってか知らずか、サキトは小悪魔のように微笑む。誘っているのかと思わせる位に。

 成長したらさぞ美形になるであろうその顔が、眼前に迫る。冷や汗を流し、ヒタカは近付くサキトに怯えた。女日照りが続く生活を送るせいで、危うく間違いを起こしそうになる。心臓がバクバクし、ごくんと唾を飲み込んだ。

 間違いを起こせば処刑。

 間違いを起こせば処刑。

 頭の中で、ヒタカはそう繰り返す。

 太い首筋を撫で、サキトは彼の耳元で優しい口調で呟く。同時にかかる吐息に、つい目眩がした。

「頑張って家庭的な相手を探さなきゃね、クロスレイ?」

「は…はははは、はひっ」

「クロスレイは日曜大工上手そうだしね」

「はっ…はあっ、はい!簡単な戸棚位ならっ、作れますっ」

 その頼りなさげな顔を真っ赤にし、半分裏声になりながら、邪念を退散させるかのようにヒタカは叫んでいた。

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