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王子様の献身13

 突然のサキトの来訪に、厨房の料理人達は驚き手を止める。

「サキト様!いかがされましたか?何か必要な物が?」

「ううん、空いてるキッチンがあったら借りたいんだけど」

「え?どうしてまた」

 湯気がもうもうと舞い上がる。

「元気になるスープを作りたいんだけど、何がいいかな?」

 サキトの要望に、初老の料理人が前に出てきた。風格といい、彼はかなりのベテランのようだ。彼は頭を下げ、「それならこちらで作りましょう」と提案する。しかし、彼は首を振って拒否した。

 君達も忙しいでしょ?と。

「僕達でやってみる事にするよ。ただ、ヒントが欲しくてさ。あと簡単に出来そうで、力が湧いてくるような美味しいスープの作り方を教えて!怪我人に飲ませてあげたいの」

「ふむ…なるほど。サキト様自らお作りになられるとは、感心な事でございます。…では身体が暖まるジンジャースープなんて如何でしょう?野菜やチキンも入れると栄養も取れますしね。すぐに物を用意しましょう」

 やはり相談をして良かった。サキトはアンネリートを見上げ、「早速作ってみよっか!」と笑い声を上げた。彼女は不安そうな顔をしたまま、曖昧な返事を漏らす。

「レイチェ!」

 用意する物をメモに書き起こしていた料理人は、やがて誰かの名前を呼んだ。間を置き、メイド姿の女がやってくる。

「へえ!何だすべ?」

 言動に愛嬌を感じさせる女は、料理人からメモを受け取った。

「ここに書かれている物をこちらに持ってきてくれないか?」

「はぁあ…わがりました。少し待ってでけれっす」

 その間、サキトは嬉々として手洗いをしていた。

「アンネリート、ほら君も手を洗って!ね、エプロン貸して!お料理にはエプロンでしょ?」

 ドレスにエプロンをつけるのかとアンネリートは疑問を抱くが、汚れるのが嫌いな彼女は渋々料理人からエプロンを受け取った。きついイメージのある彼女が、サキトの言う事を素直に従う様子は、周りの人々にとって珍しい風景に映る。

 やがて命じられたメイドが木箱に野菜を詰めて戻ってきた。

「お持ちしたっす!」

 特徴のある妙な言葉遣いに、アンネリートは怪訝そうに彼女に目を向ける。しかし全く気にせず「今日来たばがりの、新鮮な野菜だす」と続けた。

「レイチェ、お料理の面倒を見てやりなさい」

「ほえっ!?お、おらがですか!?」

「火の扱いとか危険だからね。簡単な下拵えも手伝って差し上げなさい」

 丸眼鏡の彼女は田舎者丸出しの言葉を放ちながらエプロンを着用する二人に目を向ける。アンネリートは無表情のまま、彼女に「アドバイス程度でいいのよ」と促した。

「作り方、あまり良く分からないの。危ないから、サキト様には包丁を持たせないで頂戴」

「へ…へえ。おらでえがったら、アドバイスぐらいならどうにか」

 サキトはメイドに微笑みながら、「良かった、よろしくね!」と言う。王子様に滅多に会う機会の無い彼女は、その近寄りがたい雰囲気に圧倒されながら頭をぺこぺこと下げた。

「へえ!よろしぐお願いします!!」

「えっと、まずは君の名前は?」

「れ…レイチェ=クラリア=ドーリィです!」

 両手をぽんと合わせ、サキトは「そう」と言う。名前を知らなきゃ話が進まないからねと続けると、レイチェに「下拵えしたいから教えて!」とカウンターに来るように促した。

「お…王子様は、お料理の経験はあるんだすべか?」

「無いよ!だから一から聞かないとね。でもアンネリートも居るし、どうにかなるよ!」

 名指しで期待され、アンネリートはつい呻いた。しかし悟られる訳にはいかず、ごほんと咳払いする。

「わ、私も滅多に作らないのでブランクがありますからね。軽いお手伝い程度にはやれますけど」

 本当は全く出来ないのだが、威厳が損なわれそうなので敢えて誤魔化すような台詞を選んだ。サキトはにっこりと笑いながら「よろしくね、レイチェ」と頼む。

「へ、へい!」

 木箱から数種類の野菜と、料理人から貰った鶏肉をカウンターに広げていく。彩りも必要だと三色のピーマンやトマト、キャベツなど豊富に用意されていた。

 レイチェは包丁を戸棚から出すと、サキトとアンネリートにまずは下拵えをするっす、と手早く野菜を切り始めた。その手捌きについ感心の唸り声を漏らす。

「慣れた手つきだねぇ」

「仕事で何回もやってらっすから…」

 軽快にまな板の叩きつけられていく音が響く。野菜を切るレイチェは、「生姜の皮を剥いて下さいませんか」とアンネリートに声をかけた。

 自分が?とアンネリートは眉を寄せる。

「へえ。お願いします」

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