王子様の献身5
怖いなぁと苦笑するが、決して嫌ではない。
この大怪我で、サキトとの距離がぐっと狭まったのが嬉しかった。ヒタカはいつものように遠慮がちな笑みをしながら、はいと答えていた。
護衛剣士詰所。今日は口喧しいイルマリネが訓練の日で、室内は酷く怠惰な雰囲気を漂わせていた。アルザスは優雅に新聞を広げて机に足をかけ、アーダルヴェルトは若者向けの雑誌をソファの上に寝転がりながら読んでいる。そして遠征から帰ってきた中堅剣士のレオニエルは、自らの趣味であるキノコの培養に夢中になっていた。
まとめ役が居なくなれば酷い有様である。
「平和だな」
新聞を捲り、アルザスは呟く。
「そっすね」
雑誌に目を通すアーダルヴェルトは、街中のスナップ特集のキャッチフレーズに夢中になっていた。
「寒々しいセリフしかねぇ…よく考えるわ」
「あ?」
「ファッション特集の見出しっすよ」
身体を伸ばし、あくびをしながらアーダルヴェルトは本を放った。そして久し振りに目にするレオニエルをちらりと見る。
アルザスと似たようなタイプの性格だが、趣味はあまりにも地味だ。金髪を刈り上げ、すっきりした頭の武骨そうな剣士は、ケースに入っている変な色のキノコをひたすら見つめている。
「…それ、何ていうキノコなんすか」
「名前はまだ付けてない」
ひたすらキノコを見つめるレオニエル。紫色をベースに、黄色やら黒やらピンクやら、様々な色をした模様が彩られている。完全に食用ではない。彼が個人的に組み換えて作成しているようだが、あまりにもそれは薄気味悪かった。
まじまじと見つめる彼に引き気味になる。
「名前付けないんすか?」
「いい名前が浮かばねぇ」
「俺付けましょうか?」
「何かいいのがあるのか?」
奇抜な色のキノコに愛情があるのか、レオニエルは丁寧な手付きで培地を作っている。結局、いつものように変なキノコだらけになるのだろう。
アーダルヴェルトは「そうっすね」と考える仕草をした。
「夜のヘドロとかどうっすかね」
「ヘドロ扱いすんなよ」
「ババアの傘とかは?」
「こんな柄の傘なんかねぇだろ」
あるかもしんねぇじゃん…とアーダルヴェルトは心の中で反論した。それ程、酷い色合いだった。あれはどうか、これはどうかと尋ねていると、詰所の扉がノックされる。
やばい、と一同慌てて身の回りを片付け始めた。
「はい!はいはい!!」
アーダルヴェルトはノックに対し返事をすると、真っ白い扉がバターン!と開かれる。う!と彼らは言葉を詰まらせた。
真っ赤なドレスの女がズカズカと室内に入ってくる。
「アンネリート様!な、何でこんな所に!?」
サキトの専属家庭教師のアンネリート。その外見からしてきつい印象を植え付け、更に毒を吐き散らかすので苦手な者も多い。顔形は美しいが、内面のキツさから煙たがられていた。
アルザスは内心面倒臭いと思いながら彼女に近付く。
「何かご用が?」
彼女は苛立ちを隠しきれない様子でアルザスを見上げると、「あの新入りの剣士は何なの?!」と怒鳴った。
「は…?」
「サキト様が随分お気に入りみたいだけど!」
「ああ、クロスレイの事っすか」
「そう、それよ!!如何わしい事をしてるんじゃないでしょうねあの野獣みたいなのは!!」
野獣?と彼らはお互いに顔を見合わせる。ヒタカの性格を良く知る剣士達は、つい吹き出してしまった。あんなヘタレな性格の彼に、大それた事など出来るはずがない。
しかも野獣扱いされている。
「クロスレイが、如何わしい事を?」
「そうよ!まだサキト様は十六なのよ!寝床を共にするだなんて、何て厚かましい!!しかもサキト様をたぶらかして」
アンネリートの言葉に、アーダルヴェルトはつい腹を抱えて爆笑した。
いきなり爆笑され、アンネリートは不機嫌そうな顔を更に曇らせる。
「何がおかしいのよ!」
「いっ…いや、あいつにそんな芸当出来る訳ないっすよ!だって、風俗に連れて行けば腰抜かして逃げるんすよ!!ないない、有り得ない!!」
「ふっ…風俗ぅ!?」
ドン引きするアンネリート。彼女は貴族出身のせいか、かなりの潔癖性だ。風俗など、そのような場所に行くような輩は信じられないらしい。
もちろん、行ったような口振りをするアーダルヴェルトも例外ではない。まるで汚らわしい物を見るような目をしていた。




