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王子様の献身2

「さ、サキト様!」

 アンネリートはサキトから書物を受け取る。頬を膨らませ、不機嫌そうに自分を見上げる彼は「クロスレイが僕を守ってくれたように、僕もあの子を守るんだから」と言った。

 言葉を失う彼女を押し出し、サキトは扉を閉める。そんな彼の耳に、ヒタカの遠慮がちな声が入ってきた。

「あのう…」

「なあに、クロスレイ」

 気分がまだ宜しくないらしい。むうっとしたままでヒタカに顔を向ける。それを見て、ヒタカは一瞬言葉を躊躇した。

「俺、自分の部屋で休んでも全然」

「駄目」

 即答。しかしヒタカは続ける。

「ですがサキト様が色々言われるのは」

「駄目」

「俺みたいなのがあなたのベッドで休むのもやっぱり」

「しつこいなあ!駄目って言ったら駄目なの!僕も同じベッドで寝てるんだからいいでしょ!」

 拗ねた顔をしながらサキトは一喝した。ヒタカはぐっと詰まる。ここまで自分にしてくれるのはありがたいが、周りの目も気になってしまう。

 彼はヒタカの傍へ寄ると、「君の意志は聞かないよ!」と言った。ぷるんとした唇から、毒を思わせる言葉が次々と放たれる。

「僕の気が済むまで、君にはここに居て貰うの。君は黙って僕の言う通りにして!さあ、横になるんだよ!」

「わああ!!」

 サキトはヒタカの身体を押し倒すと、彼を見下ろしながら強気に微笑む。そして逃げ場の無いヒタカに迫る。逃げられず身動ぎしか出来ない彼は、全身をゾクゾクさせながら目の前のサキトを見上げた。

「あっ、あっ!!サキト様!」

「…なあに」

 少女を思わせる顔。大きな青い瞳と、真っ白な肌が余計にヒタカを悩ませてきた。混乱するヒタカの頬に手を滑らせながら、サキトは「何か文句があるの?」とやけに優しい口調で問う。

 全身が強張るのはまだ我慢出来る。だが、違う部分が駄目だ。散々焦らされ続けているような状態が続き、限界だった。こんな事で変な反応をするとは、本当にマゾ気質なのかもしれない。

 熱くて熱くて、張り裂けそうな位だ。

「すみませんっ…お、お手洗いに!!お願いします!!」

「…そう。行っといで。でもすぐに戻ってきてね?」

 びくびくするヒタカの首筋に指先を這わせ、サキトは王様の風格を漂わせながら許可を与えた。ヒタカはがばっと起き上がると、サキトに頭を下げて急いで部屋から出ていった。

 遠ざかる足音を聞きながらサキトはそのままベッドにころんと横たわる。布団の温もりと、ヒタカの温もりが重なり少しうとうとしそうになった。同時に窓から入り込む涼しい風。

 …あったかい。

 サキトは羽毛布団を被り、スッと瞼を閉じる。勉強疲れのせいか、やたらと心地いい。

「ふあ…」

 あくびをし、丸まった。

 しばらく間を開け、ヒタカが戻ってくる。どうしようもない衝動をどうにか収め、気持ち的にも落ち着いた彼はベッドで丸まっていたサキトの姿を目の当たりにし、「わ!」と飛び退いた。

 子猫みたいだ、とその寝顔を見て思う。ふわふわした金髪が微かに揺れた。ついヒタカは見とれてしまいそうになるが、その瞬間細い腕が伸びる。え、と目を見開くヒタカ。

 サキトは目を開け、彼の腕を掴まえた。

「わあっ!サキト様!」

「何してるの?ほら、来て!」

 引っ張られてベッドに向け倒れる。サキトに被さると、反射的に「すみません!」と身体を浮かせた。慌てる彼をからかうように、サキトはヒタカを見上げて命じる。

「お昼寝したいから腕枕して、クロスレイ」

「へ!?」

「お勉強終わったから眠くなってきたの」

 ヒタカは大きな身体をベッドに横たわらせ、彼の望むように左腕を差し伸べた。サキトは嬉しそうにヒタカの腕に頭を乗せる。彼の重みを感じながら、ヒタカは緊急に発散しておいて良かったと切に思った。

 でないと、このような拷問状態に耐えられるはずがない。

 真っ白なシャツから覗く肌や、可愛らしい寝顔を見続けると、やはり間違いを犯したくなりそうできつい。

「寝やすい。…よいしょっと!」

 改めて羽毛布団を被り、ヒタカにも被せると「暖かい?」と顔を上げた。ヒタカはこくんと頷くと、彼に向き合った。

「お父様とはこうして寝たりは…?」

「しないよ。お忙しいからね」

「そ…そうですか。す、すみません」

 悪いことを聞いたような気がした。サキトはヒタカに身体を寄せると、きょとんとした顔をする。

「別に謝らなくてもいいのに。どうして謝るの?」

「さ、寂しくないのかなと…」

「仕方ないよ。でも君が居るから寂しくないかな」

 思わせ振りな言葉を言っても反応しないようにしないと。そう思っていても、やはり心臓が高鳴る。せめて相手に知られないようにしなければ。

 サキトは悪戯っ子のような笑みをすると、ヒタカの頬に手を伸ばして優しく撫でる。

「暇しないで済むからね、ふふ」

 …彼はやはり小悪魔だ。

 ヒタカはそう思わずにはいられなかった。

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