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盟約の証6

 小さな水飛沫を受けながら、スティックポテトとジュースで軽食を取る。水浴びを楽しむのは住民達だけではなく、小鳥も羽根休めに降り立っては飛び去るのが目に写った。

「アーダルヴェルト」

「んっ?」

「長い名前だねぇ。言いにくくない?」

「そうっすか?…あぁ、でも母親は長いから『アル』って略して呼んでたっすね。今はアルザス先輩も居るから普通に呼ばれてますけど」

 へえ、とサキトはベンチから足をぷらぷらさせる。食べ終わるのを確認すると、アーダルヴェルトはごみ箱に空の箱や紙コップを放った。

「わ!」

 ぶわりと突風が巻き起こる。緑がざわめき、涼しい風が周辺を撫でて通り過ぎていった。サキトの被っていた帽子が空を舞う。

「アーダルヴェルト!飛んじゃった!」

「取ってきますよ。待ってて下さい」

 見事な金色の柔らかな髪と、愛くるしい顔が晒されてしまう。第三者が見れば、一瞬立ち止まり二度見してしまうサキトの容貌は、シャンクレイス在住の吟遊詩人が彼の容姿を歌にして讃える程だ。

 父親ではなく母親似の彼は、貴族間で愛娘の婿にしたいと申し出る程顔立ちが整っていた。当の本人は全く興味が無いそぶりをするものの、将来の伴侶には困らないだろう。

「…あまり遠くに飛ばなくて良かったっす」

 一体いくらするんだよと思わずにはいられない手触りの良すぎる帽子をサキトに被せ、アーダルヴェルトは再び彼の隣に座った。

「ありがと」

「たまに強い風来ますね」

「うん。でも気持ちいいよ」

 木々の青臭さの残る匂いを感じながらサキトは言った。

「…いっつも部屋に籠っててしんどくないっすか?」

 少女と見紛いそうなサキトの横顔をちらりと見て、アーダルヴェルトは問う。帽子の下から見える長い睫毛や、ピンク色の滑らかな頬が造られた人形を思わせてくる。同性には思えぬ程、彼は完成されていた。滅多にお目にかからない容貌をしていたが、アストレーゼンの司聖を守る白騎士も似たような雰囲気だったなと思い出す。

 もっとも、向こうはサキトよりも人間らしくない印象を受けたが。まだサキトの方が人間味があり、可愛げもあった。

 サキトは左隣の護衛剣士を見上げた。

「しんどいよ。だからたまに外に行きたくなるの」

「…ですよねー」

「なかなか一人じゃ厳しいから。自分の身を自分で守れるならいつでも行けるんだよ。でも、僕は剣も得意じゃないし、魔法もまだまだだから単独で行きたくても行けないんだ」

 目の前を数羽の鳩が横切った。石畳をゆっくりと通過していくのを見つめるサキト。

「お偉いさんにはお偉いさんなりの苦労もあるんすね」

「そう。…君たちの苦労が僕に分からないように、僕も個人的にしんどい事があるんだよ。だけど、それを君らに理解して欲しいとは思わない。これは僕らが消化しなきゃいけないんだ。王家として生まれたからには、それに準ずる妥協も必要なんだよ」

「…何だか窮屈なもんですね」

 つくづく平民で良かったと思う。

「サキト様は少しお堅いんすよ。たまには壁をぶち破って街に抜け出すっていう気概も必要です。あの抜け道、敢えて修繕依頼してないんす。あそこから抜けたい時に抜けて遊びに出ときゃいいっすよ」

「ふふ、その時はまた君に頼もうかな」

 クロスレイは頭が固いから、と笑った。

 人々の歓声が聞こえる。噴水が高く水飛沫を上げ、太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。サキトは空に向けて手を広げ、「いいね」と呟いた。

「街の人はいつもこれ見てるんだねぇ」

「城にもあるじゃないっすか、噴水」

「あっちは人気無くて寂しいでしょ?居てもごっつい兵士ばっかりなんだから」

 自分が見たいのは公園という憩いの場で、様々な人間が楽しんでいる様子なのだ。誰も居ないのと変わりない庭を見ても仕方無い。

 いつも自室に一人で籠っているサキトは、人が沢山居る場所に行きたかった。少しだけでも寂しさを紛らわせる事が出来ればそれでいい。

「ははあ、サキト様は寂しがりっすね」

 寂しい、という言葉でアーダルヴェルトは彼の根底にある感情を理解する。サキトは「え?」と彼を見上げた。

「そんなんじゃなくてさ。たまにそうなるって話だよ」

「否定しなくてもいいでしょ」

「はあ…もう、好きに言ってなよ」

 からかわれた気がして、サキトは剥れてアーダルヴェルトから目を反らした。

「僕はこの国の王様になるんだから、大人にならなきゃいけないんだ。その辺の子とは違う」

 誰よりも心を強く、誰よりも立派にならなければならない。勉強も重ね、知識や見聞を広めなければ。サキトはそう自らに言い聞かせてきた。

 王家の人間として生を受けた以上、個人的な欲求は控えねばならない。そう思っていても、やはり居心地の悪さを感じる時がある。王族の覚悟は理解していても、自分の身が危険に晒されてしまう可能性があろうとも、ほんの一瞬だけしがらみから抜けたい。

 たまには少しの自由が欲しくて、今ここに居る。臣下に無理を言って、押し切る形で。

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