盟約の証2
サキトの部屋に急ぐヒタカは、まだ慣れぬ指輪の存在に少し居心地の悪さを覚えていた。いつ呼び出しを食らうのか分からない、延々と続く待機状態に置かれているみたいで休んでいても休んだ気がしない。
飼い犬状態、と言われるのも無理もなかった。
これもお役目だと思えばそれまでだが、一体いつまで続くのかと戦々恐々としてしまう。彼が飽きるまで我慢するしかないのかもしれない。
その間、彼の妖しげな誘惑行動を見なければならないとなれば、自分がおかしくなりそうだった。将来はかなりの美形になるであろう彼の、天使を模した顔で妖艶な振る舞いを目の当たりにすると、きっと誰もが誤解したくなる。人によっては彼を押し倒して、あらぬ行為を犯してしまうはずだ。
自分だってひたすら我慢しているのだから。
毎度モヤモヤしながら接するのは、さすがに無礼に当たる。どうにか消化しないと、と自分なりに悩むのだが、やはり恋人が居ないのがきつい。本気できつい。
はあ…と溜息をついた。
サキトの部屋の扉の前に立ち、数回ノックする。
「サキト様、お待たせ致しました」
「クロスレイ。待ってたよ、入って」
許可を得て、ヒタカは主の部屋に足を踏み入れた。靴越しでも、掃除の行き届いたカーペットの感触を感じる。彼の部屋は常に掃除が入り、最高の状態が続くように施されている。いつ緊急の来客が来てもいいように、清潔に保たれていた。
一国の王子として恥ずかしくないように、という配慮からだ。
「失礼します。…何か、ご用件が?」
「相談なんだけど」
「え?」
サキトは窓際に立ち、太陽が照りつける外の世界を見ている。
「街の様子が見たい」
「…へっ?」
彼の素直な希望に、ヒタカはきょとんとしていた。
「いい天気でしょ?公園とかでゆっくり皆の様子を見てみたい」
「は…はあ」
さすがに、城に籠りっぱなしは辛いのだろう。連れていってもいいのだが、自分にはそんな権限は無い。サキトの要望に対し、「許可を得なければなりませんが…」と無難な返事をした。
「なかなか許してくれないんだよ」
サキトは普通の子供とは違った。シャンクレイスの第三王子という肩書きがあり、国内で顔を知られている。迂闊に外出すれば、何が起こるか分からない立場だ。ヒタカは困惑した。
万が一、彼に何かあれば重大事件になる。過去にアストレーゼンで誘拐された際は、たまたま司祭の最高位であるロシュの探知魔法とアストレーゼン側の協力により事なきを得たのだ。
「あのう、サキト様。アストレーゼンの件をお忘れですか?」
「………」
「むやみに行動されては、他の者もどうしたらいいか分からなくなってしまいますよ…」
「知ってるよ。分かってるからたまに嫌になるんだ」
外を眺めたまま、サキトは言った。
「僕だって街をゆっくり散策したい。あの時だって、父様が長いこと居なかったから遊びに行ったんだ。後で搾られたけど、凄く楽しかったんだよ。自分が好きなときに動ける事がどんなに幸せか、君には分からないだろうね」
拗ねた口調でサキトは言うと、くるりとヒタカに向き直る。
そして、「もういいよ」とだけ呟いた。
「仕事に戻っていいよ。しばらく一人にして」
「サキト様」
「聞こえないの?出ていって」
ヒタカは頭を下げ、静かに立ち去っていった。サキトはしばらく俯いていたが、やがてクローゼットに向かって、がさがさと準備を始める。
こんなにいい天気だもの。たまには自由に外の世界が見たい!
彼は深く被れる帽子を探し、薄手の焦げ茶色のコートを羽織った。あの押しが弱いくせに変な所で頑固なクロスレイには頼めないと理解したサキトは、単独で強行する事に決めた。
すぐに戻ればいい。そう思い、部屋の扉を静かに開けた。
ひょこん、と顔を出してキョロキョロと辺りを見回す。兄に見つかりでもしたら大事になる。自分を大事に思ってくれているから、壁になって阻止するだろう。
幸い誰も居ない。サキトは物音を立てないようにしながら廊下を小走りした。最上階は王家の人間が行き来する為に、下の階より静かだ。使用人ですら数人しか入れないので、誰かに見つかる可能性は低い。
頻繁に姿を見せる護衛剣士に気を付けなければならない位だ。
サキトが静かに動いていると、手洗い場から「ふぁ~」と間の抜けた声が聞こえてきた。びくん!と身体をびくつかせる。
「んあ?」
手洗い場から出てきたのは護衛剣士の一人、アーダルヴェルト。ばったり遭遇してしまい、サキトはしまったと表情を強張らせた。彼はサキトを見て、「何してるんっすか」と近付いてくる。
帽子を深く被り、いかにも外に出ますという様子を見て違和感を感じたのだろう。
「どっか行く予定でも?」
屈んで、帽子を被るサキトの顔を覗き込む。
仕方無く、サキトは腹を括った。アーダルヴェルトの腕を掴むと、「こっちに来て!」と命じる。




