盟約の証3
サキトはアーダルヴェルトを再び手洗い場に引っ張った。彼に捕まってしまい、面倒な事になったと露骨に嫌そうな顔をするアーダルヴェルトに、サキトは「外に出たいの」と押さえた声で告げた。
「はん??」
「街を散歩してみたいの。分かるでしょ?毎日、家の中でずっと籠りっきりはきついんだよ」
切実な願いを聞き、アーダルヴェルトは頭をぼりぼりと掻く。正直、サキトにはあまり関わりたくない。ただでさえ面倒臭い性格で、自分も面倒事が好きではないのに。
「そんなん、好きにすりゃいいんじゃないっすかね」
「ほんと?」
慎重なヒタカとは違う反応に、サキトは少し表情を緩める。
「散歩くらい自由にすりゃいいんっすよ」
「それなら僕に付き合って!」
かなりいい加減な返しをしたアーダルヴェルトは、サキトの言葉に「は?」と眉を寄せる。相手が王家の人間だろうが、態度を全く気にしないのが彼の悪い癖だ。こればかりは、いくらイルマリネが注意しても直らないままだった。
「だから、僕のお散歩に付き合って!」
「そんなん、クロスレイに頼めばいいじゃないですか」
自分の飼い犬に言えよと言わずにはいられない。しかし、サキトは表情を曇らせた。
「クロスレイは父様の許可が無いと駄目だってさ。父様が許してくれないのが分かってるから、君に付き合ってくれって頼んでるんじゃない。誰か傍に居るなら安全でしょ?」
…ああ、面倒臭せぇ。
アーダルヴェルトは困り果てる。関わりたくないというのに。
「俺、詰所に許可取らねーと。後でどやされちまう」
「そんな事したらバレちゃうじゃない」
「…参ったなぁ、外出にも理由つけなきゃならないんっす。イルマリネ先輩がうるさいし」
深く被っている帽子をぎゅっと両手で掴み、サキトはしょんぼりする。アーダルヴェルトはその様子に、「ああ、もう!」とやけくそに呟いた。
まるで自分が悪い事をしたみたいじゃないか、と。こんな子供を凹ませる趣味は無いのに。
彼はサキトを一先ずトイレの個室に押し込むと、「少しここで待ってて下さいよ」と言った。
「誰にも分からないように扉閉めといて!」
「えっ」
「いいから!そこで待機して下さい」
個室を閉めさせ、アーダルヴェルトはその場から一旦立ち去った。サキトは不安な気持ちで待機する。しばらくすると、こちらに近付いてくる足音がした。
顔を上げ、「アーダルヴェルト?」と声をかける。その後にアーダルヴェルトが返事をした。
「俺に来客が来たって事で暇を貰ってきました。少しだけっすからね、付き合うの!扉開けて下さい」
促されて静かに扉が開かれた。手を洗い、サキトは「いいの?」と少し遠慮がちに問う。何を今更とアーダルヴェルトは呆れながらも、仕方無いじゃないすかと言った。
「散歩したいんでしょ」
「………」
軽い。頭ごなしに駄目だと言われるものだと思っていただけに、アーダルヴェルトの反応に驚きを隠せずにいた。これが真面目なイルマリネ辺りならば、駄目です!と禁止されて部屋に逆戻りだろう。ある意味運が良かった。
行きますよと促され、アーダルヴェルトに引っ張られ手洗い場から出る。人気が無いのを確認し、静かな廊下を小走りする。
「君の同僚は外に出てるの?」
「あ?あぁ、今日は皆デスクワーク中だから、そこまで頻繁に部屋から出ねぇっす」
「…そう」
詰所前を静かに通過する。階下に繋がる階段を降り、足早に城から出た。そこで、サキトはアーダルヴェルトに「ねえ」と声をかける。
「ん?」
「正面から出るの?」
門前には警備する剣士が常駐している。護衛剣士のアーダルヴェルトと、顔の知られている自分が通過すれば、確実にバレてしまうだろう。
アーダルヴェルトは「平気っすよ」と呟くと、正面の門を避け、向かって左側の庭木が生い茂る方向へ足を進める。サキトはアーダルヴェルトに引っ張られるまま走り、そのまま木々の密集地帯へ突っ込んだ。
「どこに行くの?」
「抜け道があるんすよ!我慢して下さい」
「抜け道!?知らなかった」
がさがさと緑の中を進んでいくと、やがて大人が一人通過できる大きさに破られた格子が見えてきた。サキトは「壊れてる」と呟く。誰が開けたのか分からないが、ここから出られるようだ。
アーダルヴェルトは先にそこを抜け、後方のサキトに向き直る。そして「ここ、俺が壊したんじゃないっすからね」と手を差し伸べた。
「別に直しても構わないけど、俺じゃないっすから請求しないで下さいよ」
彼に手を引かれながらサキトは外部に出た。
「君が壊したって証拠が無いからそんな事しないよ」
城の敷地から難なく出られて、サキトは満足げな顔をアーダルヴェルトに向ける。嬉しいなぁ、と子供らしい笑みを見せ、彼は物珍しそうに周囲を駆け回っていた。




