シェノメルン国立魔石採掘場10
ただ、彼は実戦ではする事が派手だ。襲いかかってくる魔物には容赦なく攻撃し、暴漢相手でも完全に押さえつける事が出来る。人の良さそうな顔をして、緊急事態になるとがらりと雰囲気を変えるのだ。
戦闘指南の教官がヒタカの飲み込みっぷりは凄まじいと唸る位、剣士の才能に目を向けていた。もう少し性格の強気さがあれば、際立った精鋭になれるだろう。
「王子様の専属になったんだろ?」
噂が広がるのが早い。ヒタカは「知ってたの?」と問う。
「そりゃあな。あのサキト様が専属で護衛付けたんだぞ?お前、かなり気に入られてんじゃねえか」
「うーん、どうだろう?扱いやすいからじゃないかな。よくからかうんだよ、あのお方は…」
「まあまあ、存分に可愛がってくれた方がメリットあるだろうしな。ぱっと見て可愛い顔してるから、間違い起こしたりするなよ?」
忠告され、ヒタカはついぎくりとした。急に自分のモヤモヤする気持ちを見透かされた気持ちになる。サキトの不思議な魅力に拐かされている真っ最中だなんて言えない。
「そ、そんな事あるわけ、ないじゃないか。やだなぁ、それはさすがにないよ」
どぎまぎしながら否定した。
彼の誘惑に全身紅潮させ、うっかりすると知られたくない状況に陥るなど、反逆もいい所だ。しかし、サキトの『君は僕のものだよ』という発言に引っ掛かってしまう。一体何のつもりなのだろうと。
「お前みたいなタイプだと、コロッといきそうじゃないかって思ってさ」
「あはは、ありえないよそんな事。俺は一剣士として、やるべき事をやるだけだよ」
「ふ…だよな。まあ、今が我慢のし時だな!頑張れよ、ヒタカ!」
気合いを入れてくれる旧知の仲間の言葉に、ヒタカはありがとうと照れ臭そうに笑う。やはり離れていても、苦楽を共にした仲間はありがたい存在だ。いつか任を解かれ、戻る事になった時にはまた気軽に集まりたい。
サルディーニと別れ、ヒタカは急ぎ足で城下へと向かう。警備された城門前を通過し、シャンクレイスのメインストリートへ再び入った。時刻は昼過ぎになろうとしている。
『ねえ』
不意に頭の中でサキトの声が聞こえた。ヒタカは反射的にぴたりと歩行を停止し、「は、はい!!」と叫ぶように言う。通路のど真ん中、街の住民らは訝しげにヒタカに目を向けた。いきなり何を叫んでいるのかと、おかしい人に思われている。
あ…と視線に気付き、「す、すみません」とその場から逃げ、ある程度目線から逃れた。
『(はい!サキト様)』
突然話しかけてくるものだから、心の準備が出来ていない。慌てながらヒタカはサキトに返事をした。
『今どこに居るのさ?兄様がお土産持ってきたけど』
『(い、今雑貨屋に頼まれた物を持っていこうと出た所です、サキト様)』
『…そう。寄り道しないで戻ってきてよ』
やけに口調が不機嫌そうだ。何かあったのだろうか。
『(何か、ご用件がありましたか…?)』
用件があるなら今聞いてしまおうかとサキトに問う。しかし彼は別に無いんだけど、と返した。
『暇なの』
『(は…?)』
暇?どういう訳なのか。サキトの言いたい事がさっぱり分からない。ヒタカは歩きながら言葉を詰まらせた。
『は?って何なの!君が戻らないと僕が暇なの!!』
『(いや…俺、いや私に何が出来るのかと)』
『いいから早く帰ってきてよ!気が利かないんだから!』
そんな事言われても、とヒタカは困惑した。サキトの暇だという要求に、自分が要領よく応える事が出来るのか疑問だ。彼は自分に何をして欲しいのだろうか。
どう言えばいいのか分からず混乱していたが、そうだ!とヒタカは聞きたい事を思い出した。
『(あの!サキト様!)』
『…?なあに?クロスレイ』
『(サキト様のお好きなデザートって何でしょうか?宜しければ、お土産に買って戻ります)』
その申し出に、サキトは『えっ』と驚く。そして、少し間を開けた。ヒタカはまずい事を言ったのかなと戸惑う。やはり一般庶民の好む物は好きではないのかもしれないな…と冷や汗を流した。
『(あ、あのっ、お嫌いなら別のでも)』
取り繕いながら続けると、サキトは溜息混じりに言う。
『別に嫌いなんて言ってないよ。ふふ、なかなか考えたじゃない、クロスレイ。僕の機嫌を取ろうとしたんだね、感心感心』
小悪魔な王子は先程の刺々しい様子を軟化させたようだ。ヒタカはホッと安堵する。
雑貨屋の手前まで辿り着いた。ヒタカは足を止め、サキトの返事を待つ。あとは魔法石を渡してナイフを受け取るだけだ。
間を挟み、そうだね…と食べたい物を考える自分の主は、ようやく『プリンかな』と答えた。
『(プリンですか)』
『うん。とびっきり甘くて、美味しいのじゃなきゃ食べないからね!』
年相応な要求だ。やはり彼もまだ子供なのだ、とヒタカはついくすりと笑った。では美味しいプリンを探してきますと返事をする。




