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焦がれる者、憂う者4

 そこまで相手に拘らずとも、育ちがいいのだから条件のいい男性には困らないだろうに…と思いながら、ヒタカは馬車から離れて先を急ぐ。同時に乗客を乗せた豪奢な箱型馬車も、がらがらと車輪を鳴らしながら移動を始めた。

 ヒタカの横を通過する馬車。そのまま街中へ姿を消すのかと思いきや、距離を置いて再び停止した。

「?」

 忘れ物だろうかと呑気に考えていると、馬車の小窓からずいっと顔を出す者が居る。

「あら、田舎臭い人間が居るかと思ったらあなただったのね」

「う…」

 そのまま無視していけばいいのに。ヒタカは馬車から顔を出したままのアンネリートに少しだけ近付くと、地面に片膝を付いて頭を下げる。

「サキト様はあなたが居ないと勉学に真剣に取り組んで下さるから大変助かっているわ。このまま何の障害もなく真面目にして頂けると、教育係の私も喜ばしい事だと思うのよねぇ」

「はあ」

「あなたみたいな冴えない一般人が、どうしてあのお方のお気に入りなのか全然理解出来ないのだけど…」

 馬車を止めてまで嫌味を言う暇があれば、早く立ち去って欲しいのにと内心困っていたが、ヒタカには反論する勇気も無い上、そんな立場ではない。黙って聞き流すのが最良の方法だ。

 自分とは比べ物にならない、高貴な生まれの貴族相手にいちいち揚げ足を取ってまで反論するのは、無意味だと十分に理解していた。

「姉様、誰と話してるの?」

 同じ窓からひょっこりと顔を見せる少女。ヒタカは彼女と目を合わせると、「わぁお」とお嬢様らしくない歓声を上げた。

「逞しい身体してるわね。雇われの庭師?姉様、知ってるんでしょ?」

「庭師な訳無いでしょ。護衛剣士よ」

「へぇえ、なるほどねぇ…!」

 まるで珍獣を見るかのような目線に、ヒタカはつい萎縮しそうになった。アルザスのように気が強ければもう少し頼れる男を演じられるのだろうが、ヒタカにはそのような勇気がない。

 アンネリートはふんと突き放す様子を見せると、待機中の御者へ向かって「いいわ、走ってちょうだい」と先を促した。

「くれぐれも自分の身を弁えた行動をしてちょうだい。サキト様に変な事を教えたりしたら、ただじゃおかないからね」

「は、はい。肝に命じます」

 見世物にされているような気持ちになる。とにかく、さっさと行ってくれないかとばかり考えていたヒタカは大人しく言われるがままになっていた。

 ようやく馬車の車輪が回り出す。ヒタカは安堵し、ゆっくり立ち上がった。ショッピングを楽しむ予定なのだろう。鉢合わせにならない事を願うばかりだ。


 車輪の回転する音を聞きながら、ムスッとした顔を見せる姉に向かって少女は「何をそんなに不満そうにしているの?」と問う。気難しい姉の機嫌は、その表情からすぐに読み取れてしまうのだ。嫁入りしてもおかしくない年齢のくせに、そのような縁談の話が全くと言っていいほど無いのは、柔和ではない性格のせいだろう。

 よく見れば顔立ちも上品さがあって綺麗なのに。

「さっきの護衛の剣士、なかなか良さそうじゃない」

「はあ?どこがよ」

 奔放な妹の台詞を聞き捨てならぬとばかりにアンネリートは眉間に皺を寄せた。

 滑らかな革の椅子を軽く撫でながら、妹は「やけに過敏に反応するわね」と攻撃的な姉の視線から逃れるように顔を反らす。

「あんな野蛮人のどこがいいのよ」

「野蛮人?普通の人に見えたわよ?」

「下賤な貧民出のくせに、サキト様に取り入るのが上手いのよ。サキト様はお優しいから騙されていても、私は騙されないわ」

 憎たらしげにアンネリートは吐き捨てた。

「別に姉様が気にかけるような相手じゃないじゃないの。そんなに過剰だと、かえって変に思っちゃうわ」

「変って…どういう意味よ?」

 きつめに睨みを利かせてくる姉を、少女は「そういう意味だけど」とはぐらかすように返した。先程見た限りでは危害を与えてくる訳でもなく、むしろ道端の石ころのように気にかける程でもない。

 使いようによっては力仕事や、軽度な護衛にはちょうどいい位だ。あの逞しい体型といい、役に立ちそうではないか。

「姉様と同じ位の年かしら」

「知らないわよ」

「いいと思うけどなぁ。お見合いしようにも連敗続きの姉様にぴったりよ」

「冗談じゃないわよ!!誰があんな野獣なんかっっ!!あなた目がおかしいんじゃないの!?」

 馬車が揺れる程の怒鳴り声に、荷台を動かしている馬はヒン!と鳴き声を上げた。宥める御者は「どうか穏便に!」とアンネリートに注意する。車輪の振動でかき消されがちとはいえ、大声は馬の気分を害する場合がある。ただでさえ喧しいのに、更にトーンアップされては走行妨害になってしまうのだ。

「意識してるんじゃない」

「してないわよ!!」

 どうだか…と分かりやすすぎる反応をする彼女に、少女は呆れながら窓からの景色を眺めていた。

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