37 リーヌ姉様は意外におてんば?
城に着くと、宰相はいい匂いのする籠を手に執務室に、私は籠の中身にのみ未練を残しながら自室へと向かう。
『ちぇっ、やっぱり分けてくれなかったか』
栽培が上手く行っても、次におじゃが様を口にできるのは来年の夏以降になる。なんて不便な世界なんだ。
『その前に、元の世界に戻りたいわ』
心の底からそう思う。
「姫様、そちらでは……」
考え事をしていたせいもあり、うっかり進むべき廊下を間違えてしまったようで、背後からオリヴィアに注意された。行きに順路を予め教えてもらっていたから、今はそれを逆に進めばいいんだけど。やばい、もう忘れかけている。
更に2度程進路を間違えかけた後、どうにか自室のある廊下に出た。『着いた~』とホッとしていると、遠くから「シェリー~」と叫びながら近づいてくる足音がする。
『おっ、カロリーヌ姫か』
立ち止まり振り返ると、案の定カロリーヌ姫が両手でドレスの裾を少したくし上げ走りよってくる。
『へぇ~、お姫様でも城の中を走ったりするんだ』
出自に遠慮して城の片隅でひっそりと暮らしている、そんなイメージを抱いてしまっていたので、目の前のおてんばぶりは少々意外だった。
「どうかなさいまして、リーヌ姉様?」
すぐそばまで駆け寄って来た後、胸を両手で押さえて息を整えているカロリーヌ姫に、わずかに首を傾げて訊ねた。
すると、カロリーヌ姫は、まだ幾分荒い息のまま少し責めるように話し出した。
「どうかって……。昨日、あんな恐ろしい目にあわれたのに、今朝貴女の部屋をお訪ねしようとしましたら、すでに外出された後だというではないですか。もう驚いてしまって。心配で寿命が縮むかと思いましたわ。シェリー。昨日私とお約束しましたでしょ? もう二度と危険なことはなさらないと」
『おいおい。今日は正式な訪問だぞ。無断で抜け出したわけじゃないのに』
少し筋違いなカロリーヌ姫の抗議に呆れたが、もしかしてきちんとそのことが伝わっていないのかも知れないとすぐに思い返し、できるだけ穏やかに言い返してみる。
「ええ。ですから今日はきちんと護衛をつけましたわ。それに、無断で抜け出してわけではなく、公務としての訪問でしたの。宰相様もご一緒でしたのよ」
「ええっ! ウラリー、全然話が違うじゃないの!」
カロリーヌ姫は、控えている自分の侍女を振り返って咎めた。
ウラリーは、主人の怒りにうろたえながら、言い訳を口にした。
「はぁ。ですが私も、ただシェリーヌ姫様がおでかけになられたとしか聞いておりませんでしたので……」
どうやらこの侍女の早とちりがカロリーヌ姫の誤解の原因だったようだ。
「ああ、ごめんなさい、シェリー。私ったらとんでもない勘違いを」
慌てて謝罪を始めるカロリーヌ姫に、私は緩やかに首を振って笑いかける。
「いいえ。私を心配してくださったのですもの。リーヌ姉様のお気持ちはありがたいですわ」
すると、カロリーヌ姫は信じられないものを見たかのように、全面に驚愕の色を押し出して唖然とした後、瞳を潤ませて感に耐えぬといった口ぶりで告げた。
「なんて……お優しい。まさか、貴女から再びそのようなお言葉が聞けるなんて。信じて待っていてよかったですわ。本当に。誰に何を言われようとも、決して諦めず、信じて……」
『おいおい。誰が何と言っていたのか、もの凄く気になるんだけど』
まあ、現王妃派の疑心暗鬼による陰謀からお互いの身を守る為、わざと疎遠になるようにとっていたシェリーヌ姫の態度は、それ以前の無邪気な姉妹関係を覚えているカロリーヌ姫にとっては理解しがたいものだったろうけど、いつか元のように仲良くという希望も捨て切れなかったんだろうな。
『悪いけど、シェリーヌ姫、貴女の工作は私の主義じゃないので、変えさせてもらうよ』
一人で悩み、味方に誤解されてでも互いの身を守る。そんな自己犠牲、私には無理っす。ここは味方同士がっちり手を組んで、共通の敵と対抗していかないとね。
「実は、そのことでずっとリーヌ姉様にお話したかったことがありましたの」
「まあ、何でしょう?」
私の言葉にカロリーヌ姫は、潤んだ瞳を、今度は期待に輝かせて見つめてくる。
『うん。わかるけど。こんな廊下で侍女や護衛に取り囲まれて話せる内容じゃないよね』
私は少し考えるように首を傾げ、それから
「できればルイーゼ様にもご一緒にお話させて頂きたいのですが」
言いながら一旦わずかに視線を周囲にそらせて見せ、人前では都合が悪いことを匂わせた。
「まあ、お母様に? きっと大喜びしますわ。だって、貴女ったらもう1年もお母様の部屋に来てくださらなかったのですもの。とても寂しく思っていましたのよ」
残念ながら私の視線の意味することを悟った様子はないが、これはこれでよかったのかもしれない。含むところなく純粋に私の来訪を喜んでいるカロリーヌ姫の様子からは、とても内緒の相談事があるとは読み取れないだろうし。
「ウラリー、お母様にお知らせしてきて。今日のご昼食は、お母様のところで私とシェリーヌ姫もご一緒に頂くことになりました、と」
カロリーヌ姫は、侍女にそう指示を出すと、私の腕に自分の腕を通してガシッと組み、悪戯っぽくニッコリと笑いかけてきた
「では、貴女の気が変わらないうちに、早速お母様のお部屋に参りましょう。もちろんかまいませんわね、シェリー?」
『えっ、今から? ここまで来たのに自分の部屋にも入らず?』
せっかちなカロリーヌ姫の態度には驚いたが、よく考えてみればこれはチャンスかもしれない。腕を掴まれたままだから、ルイーゼの部屋まではカロリーヌ姫が連れてってくれることになる。不自然に思われることなく城内を案内してもらえるのだ。
「わかりましたわ、リーヌ姉様。オリヴィアとベタンクール隊長はついてきてください」
仕方ないなと困ったような笑みを浮かべ、私はカロリーヌ姫に少し腕を引かれながら歩き出す。後に続くのは私の事情を知っているオリヴィアとエミリアンの二人。
『しっかし、せっかちな性格だなぁ、カロリーヌ姫って。こんな思ったら即行動な性格で慎重な陰謀なんか立てられっこないって、現王妃派もわかりそうなもんなのになぁ』




