17 父王と宰相
「仕方ない。とにかく起きます。……この服装のままでも大丈夫でしょうか?」
幸い、とにかくベッドにということで、拉致された時の衣装のまま横になっていたので、寝間着に着替えてはいない。
「はい。……起きられるのですか?」
ベッドに休んだままでもと、オリヴィアが暗に勧めるが、私は首を振った。やはり、父親とはいえ国王と、その側近である宰相を、重病でもないのにベッドで出迎えることには抵抗がある。
オリヴィアの手を借りて、ベッドから降り、衣装の軽い乱れを直す。それから応接用のソファへ向かいながらオリヴィアとエミリアンに訊ねた。
「宰相……殿のことを、私はいつもなんと呼んでいましたか?」
「オーヴランド卿と」
「国王陛下や宰相殿との仲は?」
だが、その質問にはエミリアンとオリヴィアは黙って顔を見合わせる。立場上、無礼な発言を差し控えたいのだろうが、今はそんな時ではない。
「時間がありません。正直にお願いします」
「陛下はいつも姫様に遠慮がちにしておられましたが、姫様の方は陛下に対しては非常にそっけないものでした。心を開いておられない頑なな。そして、宰相様との間は……宰相様のご忠告に常に反発されておいででしたので……」
「……了解」
とにかく反抗的なわがまま姫を演じればそれらしくなりそうだ。
『ああ、気が重い』
「あ、現王妃も一緒にってことは?」
「それはございません。姫様は、どのような事態が起きようとも現王妃様の姫様の部屋へのご訪問はご辞退申し上げますと宣言されておりますので」
『ゲッ! それって王妃の入室拒否ってことじゃん』
あまりにあからさまな拒絶の仕方だ。いくら嫌いでも少しくらいは体面を気遣ってやればいいのに。まあそれほど、お付きの侍女たちを奪われた恨みが深いってことだろうな。それにしても、王妃相手にそれが許されるというのだから、【伝説の姫巫女】の権威はとんでもなく高いってことだ。
「と、ともかくお茶の用意を」
「「えっ?」」
「えっ? なにか?」
こういう世界では、絶対お茶が出るんじゃないのか?
「あ、いえ。姫様がこの部屋に来られる方にお茶をお出しするよう命じられたことは今まで一度もありませんでしたので」
「ええっ! カロリーヌ姫様にも、ですか?」
随分とケチ臭いと思ったが、理由は別にあるようだ。
「はい。お出ししてその後ご気分が悪くなられたとか、変ないいがかりをつけられない為とおっしゃって、例外なくお客様には何もお出ししないことになっております」
「エミリアンさんにも?」
「私は護衛ですので。ご一緒にお茶を頂ける身分にはありません」
そりゃそうか。護衛が主人と仲良くお茶してたら仕事にならないわな。
「はぁ……。じゃあ私はいつも自室で一人寂しくお茶してたわけですか」
「いえ、リーゼ様やカロリーヌ様、先王様や王大后様のところではお茶を召されておいででしたよ」
「そう。……って、ちょっと待って。先王って、前の王様生きてるの?」
すまん、祖父さん。てっきり死んでいるとばかり。
「はい。姫様がお生まれになる少し前に、ご病気でお倒れになられてご退位なさいましたが」
『あ、そうか。だから、シェリーヌの母親は前王妃って呼ばれているのか。死ぬ前に即位していたんだ』
だめだ。まだまだ聞き漏らしが多すぎる。思い込みの間違いもかなりありそうだ。もう少し情報が欲しい。
だが、どうやら時間切れらしい。扉の外から衛兵の声がした。
「国王陛下がお見えです」
慌しく控えの間から侍女たちが駆け出してきて、扉の両側に並ぶ。
「あ、王様への挨拶は? スカート摘んで軽く膝を折るやつ?」
咄嗟に浮かぶのは地球での礼儀作法カーテシー。王族だから頭は下げないだろうし。オリヴィアにそうこっそり訊ねると、オリヴィアは小さく首を振った。
「姫様はご自室ではどなたにも膝を折られません」
そうか。プライベートだしな……。
『本当にいいのか?』
まあ今までがそうだったなら仕方ない。
『一応見舞われる立場なのだからいいよな』
自分にそう言い聞かせ、私はソファの横に立って国王陛下たちを待つ
扉が開く。護衛の騎士たちは外で待機らしく、入ってきたのは二人の男性。一人は金髪に青い瞳で痩身。たっぷりと刺繍の入った上着に……よかった、かぼちゃパンツじゃない。ともかく、この人がシェリーヌ姫の父である国王陛下か。考えていたよりずっと若いし、見た目も優しそうで顔もなかなか。童話の中の王子様がそのまま少し年食った感じだ。とても、酔った勢いで侍女を無理やり……とか、育児放棄の後の過保護のダメダメ親父には見えない。……いや、見てくれに騙されてはいけないな。
そして、宰相は……これまた予想(てっきり太った中年親父だと)より遥かに若い。20代後半から30代前半ぐらいじゃないのか。鍛えられたがっちりした体型は、文官というより軍人のそれっぽいのだが……。着ているグレーの長い上着は、ボタン飾りにシンプルな刺繍が施されている他余計な装飾もなくひどくあっさりしている。だが、布地の素材がいいのだろう、粗末な感じはなく上品だ。まっすぐな銀髪は後ろで束ねてあるらしい。その瞳は薄い水色で、ひどく冷たく感じる。いや、原因は瞳の色ではないな。私を見つめてくるその視線が冷たいのだ。
『絶対嫌われてるな、こいつにも』




