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「それで、新しい王妃様と仲が悪いのは?」
「それは……現王妃様が嫁いでいらっしゃる時、その条件のお一つとしてルイーゼ様カロリーヌ様を王宮から出し、離宮へお移しせよというものがあったのが始まりで……」
あ、なるほど。これはなんとなくわかる。ま、嫁いでくる身とすれば、愛情があろうとなかろうと側妾なんて存在は目障りでしょうがないだろうしね。遠ざけられるもんなら遠ざけておきたいわな。でも、シェリーヌ姫にしたら、母を亡くして、父親にも育児的には見捨てられた状態だったわけだから、恩にきて好意を向けてくれているルイーゼ母娘がいなくなるのは断固阻止したい。それで、すったもんだがあって、結局現王妃側が折れたと。そのことでルイーゼ母娘は更に感謝し、現王妃は当然おもしろくなかっただろうから、シェリーヌ姫に冷淡だったろうしで、今の状況か。
『うん。こんなドロドロ関わるのは面倒臭い。向こうから何かやってこない限りできるだけ放っておこう』
あ、でもルイーゼさんのところにはお見舞いに行った方がいいだろう。気の毒な人には親切にしてあげねば。
「わかりました。……では、次に、この国のことについてお教え願えませんか? できれば、まず大まかに。詳細な歴史、地理、経済状態や外交問題などは、それらに関する書物があれば随時目を通していきたいのですが」
「それはかまいませんが。書物に関しましも図書室にご案内できますが、貴女はこの国の文字がお読みになれるのですか?」
違う世界の人間なのだろ?と当然の疑問に今更ながら「あっ!」となった。
『そうか。その問題があったか』
何故か初めから読めるつもりでいてしまった。言葉が自動翻訳されているのだから、文字も……というのは確かに都合よすぎる。だが、もしかしてってこともある。まずは実際に見てみないとね。
「わかりません。まだこちらの文字自体を見たことがないので。何か見せてもらえませんか?」
「ああ、それでしたら」
オリヴィアは、ベッドのすぐ近くにある小さなテーブルの引き出しを開けた。そして、一冊の薄い本を中から取り出し、私に差し出した。
「これにはお休み前の祈祷の言葉が書かれております」
「あ、どうも」
受け取って表紙を見る。古い革表紙に金色で刻印されている文字はアラビア文字か何かのように、私にはどこまでが一文字かさえわからない不思議な形が躍っている。なのに、何て書いてあるか、その意味はわかる。
「【名の無き神々への祈り】?」
「お読みになれるのですか?」
驚いて声をあげるオリヴィアに、私自身戸惑いながら頷いた。
「それで合っているのなら、たぶん……。ただ、この一文字一文字がちゃんと読めているということではなくて、書かれている単語の意味がわかるという感じなんです。文字自体は初めて目にします。英語でもフランス語でもアラビア語でもないですよね?」
「これはもちろんデュルフェ語で書かれております。ブローサ帝国はじめ我がベルトランも含むこのデュルフェで共通に使われている言語です。今貴女のおっしゃった……幾つかの言語は、私にはわかりかねますが。それらが貴女のお国の言葉なのですよね?」
オリヴィアの言うデュルフェが、ヨーロッパのようなくくりなのか、もっと大きな世界そのものを表しているのかはわからないが、とにかく共通言語ということならこれさえ読めればどうにかなるようだ。私は『助かった』とホッとしながら、首を振った。
「いえ、私のいた国は日本といい、もちろん使われている言語も日本語と呼ばれています。お聞きになったことは?」
「いいえ」
「この文字は一目見て日本語ではないと分かりました。それで、思いつく外国の文字を念の為お聞きしてみたのです」
「貴女のいらっしゃった世界ではたくさんの言語があったのですか?」
「ええ。その中でも世界の公用語と言われる言語を学校で何年も習ったのですが、書くのはともかく会話は苦手で本当に苦労しました。母国語にない発音がうまく聞き取れなくて……」
RとLの差が未だによくわからん。ドレミの『レ』はReだからLeのレモンのあの歌詞はおかしいとか言われてもだよな。いや、それならあの有名なミュージカル映画で『シ』が『ティ』だったことの方が違和感凄かったぞ。SoとSiで紛らわしいからって英語圏だけ変化させたんじゃん。そっちこそだろうが。元のイタリア式だとちゃんとSiのままだぞ。ああもう、思い出すとつい眉間に皺がよってしまう。
「あの、どうかされまして?」
あまりに真剣に考え込んでしまっていたらしい。心配してオリヴィアが声をかけてきた。私は慌てて、なんでもないと小さく手を振ってみせた。
「あ、いえ。なんでも。ちょっと……言語の相違によって生じた、ある表現についての軽いトラブルを思い出したもので」
「まぁ、何やら難しい問題がおありだったようですね」
真面目に受け止めたらしく自分まで眉を顰めてくれているオリヴィア。
『いえ、それほどには』
さすがに申し訳なく
「まあ、人によってはたいした問題ではないのでしょうが。ひっかかる人間にとっては結構重大だった……かもです」
と、最後は曖昧に誤魔化してしまうのだった。
『本当に?』
そう、こっそり自分に突っ込みを入れながら。




