10 姫の両親
「あの、それじゃ、信じて協力してもらえる……で、いいんでしょうか?」
不安気に訊ねると、オリヴィアは頷いてくれた。
「はい、どうやら性質の悪いお遊びなどではないとわかりましたから」
「はぁ。まあ、それで充分です、今は」
完全に信じてくれたわけではないが、こちらに悪意はないとだけは判断してくれたようだ。その上で力を貸してくれるというならそれ以上望むことはない。
『うっ、とにかく今は情報収集。落ち込むとしてもその後だ』
どうにか気持ちを奮い立たせてオリヴィアにシェリーヌ姫について訊ねる。
「それでは、教えてください。シェリーヌ姫とはどういう方なのですか?」
「姫は」
オリヴィアは、少し痛々しげに視線を私から逸らせて語り始めた。
「そのご自身の瞳のために、周囲から過度の期待とある種の恐怖、そして幾許かの疑惑を持たれておいででした。その為、過保護と放任と非難の中におかれていらっしゃいました」
「はぁ。つまり、伝説の姫巫女だからと甘やかされ、神の怒りを恐れて厳しいことを言う人もいない。でも、中には飢饉などの何か問題が起きると、何もできないじゃないかと陰で非難する人もでた。……そんな感じですか?」
ため息交じりに推測を口にすると、オリヴィアは気の毒そうに頷いた。
「はい」
なんだか腹が立ってきた。伝説のなんのと言われて、ただただ甘やかされて育ったら、どんなに可能性のある子だってまともに育たないぞ。それで、散々わがままに育て上げた上で、役立たずと陰口とか、可哀想だろ。飢饉の責任とか、世間知らずのお姫様に何を期待してんだよ? てか、親はどうした、親は? 母親は死んでいるそうだけど、父親は今もしっかり生きてるじゃん。
「国王陛下他ご家族との仲はどうなのでしょうか?」
「陛下ご自身は……シェリーヌ様がお小さい頃はほとんどお会いにさえなられませんでした。シェリーヌ様をお産みになられたことで亡くなられたコンスタンシア様を思い出して辛いとおっしゃられて。そして、今はひたすら甘やかすことでその時の償いをしておいでになるおつもりなのです」
いや、そこはまず母親の分まで可愛がり、きちんとしつけて育てるのが正しい父親の姿だろうに。ネグレクトの後に過保護って、仮りに王として有能であったとしても、父親としては最低だ。
「シェリーヌ姫の母君はお産で亡くなられたのですか?」
「はい。お産直後から高熱が続き、6日後のことでした」
「陛下とコンスタンシア様は政略結婚ではなかったのですか?」
「いえ、恋愛結婚です」
20年前、ブローサ帝国の皇太子殿下のご結婚式に、先の国王陛下の代理として当時王太子殿下だったマリユスが出席した。そこで14皇女だったコンスタンシアに一目惚れしたのが全ての始まりらしい。ベルトランのような小国がブローサ帝国の姫君をとは、本来なら到底無理な縁組だったのだが、コンスタンシアもマリユスを気に入り、コンスタンシア自身が第7妃ご出生の14皇女という今後皇位継承権に関わる可能性が極めて低い地位にあることもあり、めでたくご婚約が整うことにあいなった。
「ほぉ、それは。……あれ? じゃあ、何故カロリーヌ様が?」
そんな高望みの恋愛結婚ができたのに、何故側妾が先に娘を産んでるんだ?
「それが……」
私の素朴な質問に、オリヴィアは不快げに眉を顰めた。そして、そこから先の話は、同じ女性としてやはり不快で、申し訳ないが現国王陛下の男としての評価を著しく下げるものだった。
コンスタンシア姫との婚約が叶い、その輿入れまであと2ヶ月に迫ったある夜、出席した某侯爵家の夜会でしたたかに飲んで帰ってきたマリウスは、つい酒の勢いで通りがかった侍女を無理矢理部屋に引き入れ手篭めにしてしまったのだ。
翌朝、マリユスはそのことで侍従から注意を受けたが、酔っていた上に暗かったので相手の顔さえ覚えていない状態だった。また、その時、相手が行儀見習いとして王宮で働きだしたばかりの貧しい子爵家の娘だと聞いたが、特に何の感慨もわかず、侍従には適当に金を渡して収めてくれと頼んだだけで、その相手の名さえすぐに忘れてしまった。
それでも、酒での失敗を繰り返すまいと反省したマリユスは、以後結婚までピタッと酒を断った。それが、自分の犯した過失に対するコンスタンシア姫への償いだと考えたのだ。
そして、2ヵ月後、待ちに待った最愛のコンスタンシア姫を妻に迎える。婚約までの細々とした多くの交渉、帝国からの花嫁を迎えるとあっての大掛かりな準備等で、初めての出会いから2年もかかってしまった。だが、その2年の間に、コンスタンシア姫は更に美しく成長していた。マリユスはその美貌に陶然となり、コンスタンシア姫もこれほど望まれての結婚に喜びを隠せず、誰が見ても幸福な新婚生活を二人始めることになった。
だが、その人生最良の日々もわずか1ヵ月で終わりを迎えることとなる。とんでもない事態が発生したのだ。
その日、父である王に呼ばれたマリユスは、3ヶ月前酔った勢いで犯した侍女が妊娠しているという事実を告げられたのだった。
実は、事件後すぐに暇を申し出た娘を、妊娠の可能性の有無がはっきりするまでと、王妃付きの侍女として半ば監禁状態にしてあった。そして、その危惧が現実のものとなっていたのだ。
帝国の姫君を請い願ってようやく妻とすることができてまだわずか1ヶ月。別の女との間に子供ができたことが、もし妻の実家にばれたら……。ブローサ帝国の怒りを恐れた先の王は、哀れだが問題の娘を腹の子共々闇に葬ろうと考えた。だが、それを当時の王妃が強硬に反対し、適当な家臣に下げ与えて母子共々命だけは長らえさせるべきだと主張して譲らなかった。
……帝国の姫君についてきていた侍女たちは優秀だった。王宮深くで繰り広げられていたこの陰謀を、いつのまにかすっかり調べあげてしまっていた。また、そんな優秀な侍女たちの主人である姫君も見た目の儚さに似合わず中々太っ腹な性格だった。
数日後、皇帝から国王に一通の親書が届く。そこには『王太子に側妾の一人や二人いて、姫より先に子供が生まれようが、こちらとしてはそのことで何も干渉はしない。姫がすでに了承しているのに、余計な口出しするわけないだろ』といった内容が書かれていて仰天することになる。
慌てて姫を呼ぶと、当然のことだと主張した。
「どういう理由でもお手をつけたのは事実なのですから、きちんと責任を取るのが男性の務めです。陰で始末とか、家臣に子供ごと下げ渡すとか、とんでもない。きちんと側妾としての地位を与え、産まれてくる子供にも王太子殿下の子としての栄誉を与えるべきです」
「貴女はそれでよろしいのですか、コンスタンシア姫? 正室である貴女より先に側妾から夫の子供が生まれるのですよ」
心配気な王妃の問いに、姫はにっこりと笑って言い切ったそうだ。
「だって男ってそんなもんでしょ?」
『なるほど。うん、さすが第7妃出生の14皇女なだけのことあるわ』




