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マイペース☆ファンタジー  作者: 風白狼
4章 砂漠の道訪ねて
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7.カイトの危機

 がばっと布団をはねのける。眠気に包まれたままの頭で、私はちょっと前を思い出していた。カイトが逃げ去ってしまった後、私はアッグに覗きを問い詰めた。割とあっさり認めたので、次回がないようにと言って謝ってもらったのだ。まあ、実を言うとそんなに気にしていないが、けじめは大事だと思う。確かその後眠気が押し寄せて、ベッドに入ったが、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。ふと窓の外を見ると、日はいくらか傾き、空は赤みがかってきている。風呂に入っていたのは昼前くらいだったから、ずいぶんと眠ったなあ。慣れない砂漠という環境で、疲れがたまりやすいのかもしれない。無茶はしないようにと決意して、私は立ち上がった。

 部屋ではアッグが床に腰を下ろし、武器である斧の手入れをしていた。油で刃の部分を磨いているようだ。が、見回しても部屋にカイトの姿はなかった。


「アッグ、カイトは?」

「ああ、起きたんスね、デュライア。カイトなら『情報を探しに行く』ってちょっと前に出かけたッス」


 私が尋ねると、アッグは振り向いて笑いかけた。つまり彼はミシュエルさんの情報を探しに行った、ということだろうか。


「そっか。いつ出かけたの?」


 私の次の問いに、アッグはあ、と思い出したような声を上げた。


「そういえば出かけてからもう1時間以上は経ってるッス。すぐに帰ると言ってたはずッスが……」


 彼の言葉で、私の心臓がぎり、と痛んだ気がした。一抹の不安が心の底からわき起こる。何か事件に巻き込まれでもしたのだろうか。


 私は愛用の剣を腰に帯び、鞄をひっつかんで背負った。


「どこに行くッスか?」

「ちょっとカイトを探してくる!」


 私の行動に何かを感じ取ったのか、アッグが作業の手を止めて訊いてくる。私は答えるのもそこそこに、すぐに出かけようとした。


「じゃあ、俺も行くッス」

「ダメ。アッグはここで待ってて」


 斧を背負い、ついてこようとする彼を私は静かな声で制止した。もちろん、アッグは不満げにこちらを見てくる。


「まだ何か起こったって決まった訳じゃないから、帰ってくるかもしれないでしょ? もし私が入れ違いになったら、カイトにちゃんと伝えておいて」

「分かったッス」


 アッグはまだ何か言いたそうだったが、大人しく引き下がってまた座り込んだ。しかし、何もなければそれに越したことはないのだ。私は彼に笑顔で行ってきますと言い、暮れかけた町の中へ出た。




 町は静かだった。時折吹く風が砂を運ぶ以外、動く者はほとんどない。

 おかしい。オアシスの街は今ぐらいが一番活気のある時間帯だと聞いている。だが、目の前の光景は全く違っていた。嫌な静けさが私の心をかき乱す。どうか何事もありませんようにと祈りながら、私は足早にカイトの姿を探した。


 ふと、騒がしさに足を止める。声のする方を見れば、人が集まっていた。真ん中に鎧を纏った体格の良い男性が十数名ほど、そしてその周りにはおびえた人々が遠巻きに彼らを見つめている。私は真ん中に見覚えのある人影を認め、思わず息をのんだ。

 ――カイトだ。彼は後ろ手に縛られ、二人のフェンリル族の男性に押さえつけられている。鋭い目で睨み付けてはいるが、振り払えないでいるようだ。抵抗するたび、太い腕に殴られている。その理不尽で暴虐的な光景に、私の中の何かがぷつりと音を立てた気がした。


「その人を離してください」


 気付けば私は彼らの前に進み出ていた。毅然とした態度で獣の男たちを睨み付ける。当然ながら、その声を聞き入れる者などいなかった。ゲラゲラという下品な笑い声がこだまする。苛立ちで私は眉をつり上げた。


「聞こえなかったんですか? その人を離してくださいと言ったんです」


 苛立ちを隠さず声音に出す。言い終わるやいなや私は剣を抜き、魔力を集めた。真っ直ぐカイトのいる方向に向けて振り下ろす。意思は見えぬ突風となり、カイトを押さえ込んでいた二人の男を吹き飛ばした。すぐさまカイトの元へ駆け寄る。見れば、彼は手錠のようなもので手首をつながれていた。私は再び剣に魔力を集め、無理矢理こじ開けた。そうこうするうちに男たちに囲まれる。見回すと、虎族やフェンリル族や狸族と、体力のありそうな人たちばかりだ。しかも皆厚い金属板でできた鎧を纏い、鋭い剣を携えている。先ほどは不意打ちだったからまだしも、これは相当マズイ状況ではなかろうか。

 私は一度呼吸を整えた。切り抜けるにはどうすべきか。考える間にも魔力を剣に蓄える。徐々に近づいてくる男たち。後ろからカイトの舌打ちが聞こえた。――やるしか、ない。


 私は意を決し、魔力を溜めた剣を勢いよく振り下ろした。切っ先が地面に突き刺さると同時に、辺りが一瞬きらめいた。


「ぐっ?」

「ぐえっ」


 と、苦しげな声と共に男たちが倒れていく。いや、正確には立てなくなったのだ。私が使ったのは、磁力の魔法。簡単に言えば、この辺りの地面を強力な磁石に変えたのだ。当然金属製の鎧を身につけていた男たちは動けなくなり、剣も地面にぴったりと張り付いてしまって使えない。対して私もカイトも軽装で金属製品は身につけておらず、剣も魔法の発動に使っているから身軽だ。磁力の影響は受けていない。

 私は息を吐き出し、肩を軽く回す。


「このアマ……卑怯だぞ…!」


 男のうちの一人、立派な縞模様のある虎族の人が睨んでくる。が、余裕があるのか、私は怖じ気づかなかった。


「卑怯だって? 女子一人対大の男複数人。こっちにこれくらいのハンデがあって当然じゃない?」


 私はそう答えると、笑ってみせた。私自身、こじつけだとは思う。でもむかついたし、ちょっとくらい反省させた方がいいよね?


 私は彼らにゆっくりと近づいた。その間、男たちはどうにか動こうともがいている。が、着込んでしまっている鎧は簡単には外れなかった。私は先ほどの男性の前で足を止め、手を勢いよく振り下ろした。乾いた音が静まりかえった町にこだまする。じーんとする痛みだけが私の手に残った。踵を返し、他の男の前へ歩く。そしてまた、平手打ち。それを繰り返し、私は全員引っぱたいた。そこで私は顔を上げ、じんじんと痛む手のひらに息を吹きかける。…思ったより頑丈だったみたいだ。平手打ちなんてするもんじゃなかったなあと後悔したが、蹴りを入れるべきでもなかっただろうと思う。剣や魔法もなおさらだ。まあ、剣は魔法の発動に使ってしまったのだけれど。


 そうこうしているうちに町の役員が来たらしく、男たちを連行し始めていた。私は剣を抜き、魔法を解除する。


「おい」


 ぞろぞろと連れて行かれていく男たちを眺めていると、後ろから不機嫌そうな声が聞こえてきた。振り返ると、紫色の瞳と目が合う。


「カイト、大丈夫?」

「大丈夫? じゃねえ! オレの方が心配になっただろ!」


 私が笑いかけると、カイトは目を見開いて怒鳴った。


「そんな言い方しなくても…」


 確かに危なかったことは自覚している。だが、リスクを負ってでも助けずにはいられなかったのだ。


「ったく、相変わらず自分の身を省みねえなあ」


 カイトは軽く舌打ちして、顔をそらした。私はどうすればいいのか分からず、うろたえる。


「けど、助かった。……また借りができたな」


 そっぽを向いて、カイトはそう付け加えた。


「どういたしまして。……さ、アッグが待ってるし、行こ?」


 私は彼に微笑んで、ゆっくりと宿屋へ歩く。カイトもその後をついてきた。しかし彼は何だか難しい顔をしている。まだ納得していないことでもあるのかな。気になったが、やはり聞きづらい。黙ったまま歩いていると、ふいに彼の方から口を開いた。


「……聞かねえのか? 捕まってたこと、とか」


 ぼそりと今にも落っこちてしまいそうな声でカイトは言った。私は顔だけ彼に向けて答える。


「聞いてもいいのならいくらでも聞くよ。でも、ここじゃ話しにくいでしょ?」


 努めて明るくそう言った。表情からして、あまり聞かれたくない話であるのだろうと察しがつく。だからせめて、宿屋に帰ってからの方がいいと思ったのだ。もちろん、無理して言う必要は全然無いけれど。カイトはまた黙って私の横を歩いていた。

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