6.風呂場騒動(上)
日が昇り、日差しが肌を焼くようになる頃。私たちはオアシスにある町にたどり着いた。早速宿をとって部屋に入る。空調設備が整っているのか、部屋は涼しかった。日が弱まるまで中で休むのがいいだろう。でも、その前に。
私は鞄から必要なものを取り出し始めた。それを小さなポーチに入れて、支度を調える。
「…何してんだ?」
声をかけられ振り向けば、怪訝な顔のカイトと目が合う。
「見て分からないの? お風呂に行こうと思って」
風呂は入れるときになるべく入っておきたいし、何より砂漠の砂嵐のせいで全身砂まみれなのだ。気持ち悪くてしかたない。真っ昼間に入浴するのは変かもしれないけれど、一刻も早く砂を洗い流したい。何か言われたような気がするが、私は気にせず、ポーチを持って浴場へと向かった。
*****
満月が去った部屋に、男が二人取り残される。そのうちの一人、カイトはぼんやりと座椅子にもたれかけていた。が、もう一人がいそいそと何か始めたのを視界の端に捉え、怪訝そうに眉をひそめた。
「どこに行くつもりだ?」
カイトの問いに、準備していたリザード族の男、アッグは振り向いた。その表情はどこか明るい。
「何って……決まってるじゃないッスか」
まるで、分かってるのにそれ以上聞くなと言われているような感じがした。だが、カイトはますます眉間にしわを寄せる。
「いや、訳分かんねえ」
カイトが言うと、アッグは大げさにため息をついて見せた。そして、人差し指を立ててみせる。
「デュライアは風呂に行ったッスよ? これはもう、覗くしかないッス!」
嬉々として答えた彼に、カイトは何も言わなかった。否、唖然として何も言えなかったのだ。そのまま、ただアッグを見やる。声を発したのは、アッグがまさに部屋を出ようとしたときだった。
「いやいやいや、ちょっと待て! 覗きってお前……バレたらどうするんだよ?」
慌てて引き留めようとするカイト。が、アッグは予定を変えるつもりはなかった。
「何言ってるッスか。バレても覗くのが男ッスよ!!」
アッグは拳を握りしめ、ぐっと断言したのだ。その勢いにカイトはたじろぐ。それほどまでにアッグを動かすのは、本能の欲望に他ならない。彼は部屋の戸に手を掛けた。
「おい! 待てって!」
カイトはラストチャンスとばかりにアッグの手首を掴んだ。アッグは立ち止まり、振り返ってにやりと笑う。
「……実はカイトも行きたいんじゃないッスか?」
「ばっ……んな訳ねえだろ! やっぱりやめとけって!」
カイトは顔を赤くさせながらも反論する。そのまましばらく答えの見えない口論が続いた。
青く色づいた、肉厚の葉をつける生け垣をかき分ける。幾重にも重なって見えない向こう側からは、もくもくと湯気が立ち上っていた。
「やっぱりカイトも気になってたんじゃないッスか」
先に行くのはアッグだ。堅い鱗を持つ彼は生け垣の中をどんどん進んでいく。
「うるせえな…」
からかわれ、カイトはもごもごと口ごもる。その顔は気持ち赤い。指摘通り、カイトも思春期を迎えた男なのだ。女湯を覗くと言うことに興味がないと言えば嘘になる。が、いくらかの罪悪感や恐れが心の中に渦巻いていた。
進んでくと、かろうじて目指していた露天風呂が木の葉の合間から見えた。湯気を立ち上らせる浴槽には人の気配はない。デュライアはもう風呂から上がってしまったんだろうか。何にせよ、このまま何事も起こらなければいい。カイトはそう安堵する一方で、妙な落胆も覚えた。それが何故なのか、彼自身には分からない。
「あちゃ~、タイミング逃したみたいッス。デュライアは露天風呂には必ず出てくるはずッスが…」
「お前、常習犯かよ」
ひそひそとそんな会話を交わす。すると、ガラリと戸の開く音がした。
「わぁ、木が植わってるなんてすごいなあ」
声とともに、少女が入ってくる。明るい茶髪に深緑色の瞳。間違いなくデュライアだ。視線を下に動かすと、彼女はタオルで体を覆っていた。そこから見える腕や足は健康的な色をしている。が、剣を持って闘っている割にはずっと細く映った。タオル越しの、控えめな胸の膨らみに視線が移動していることに気付き、カイトは頭を振った。アッグは微妙に見えないことが悔しくて、ぎりぎりまで身を乗り出す。
デュライアは片足をそっと湯につけた。少しの間じっとしていたかと思えば、浴槽の底を確認するように足を動かした。やがて、すっと湯の中に体を沈める。彼女はもうタオルを巻いていない。一糸纏わぬ素肌は、しかし揺れる水面であまり見えなかった。それでもちらちらと見える胸元に心臓の鼓動が早まる。カイトは急に突き上げてきた感情に困惑していた。見てはいけないと頭では理解しているのに、自然と惹かれてしまう。対してアッグはまだ満足できないらしく、もっと見ようと体を乗り出した。そのとき。
――ガサッ
生け垣の葉が揺れて、大きな音を立てた。アッグの頭が、わずかに枝に引っかかったのだ。当然それを満月が聞いていない訳がなく、驚いた顔でこちらを見た。怪訝そうに眉をひそめ、じっと凝視してくる。二人に気付いているのかは定かではないが、ずっとここにいる意味は無い。彼女はゆっくりと近づいてくる。アッグはすぐさま駆けだした。硬直していたカイトは反応が遅れ、逃げるアッグと体がぶつかる。
「っ!?」
気付いたときにはもう遅かった。ぶつかった拍子にカイトは体重を預けていた手を滑らせた。抵抗むなしく滑り落ち、床にしたたかに背中を打つ。
「てめ、アッグ! 一人だけ逃げやがって…!」
「…カイト?」
起き上がり、生け垣に戻ろうとしたカイトを、声が阻んだ。途端に背筋が凍り付く。恐る恐る振り向けば、困惑した深緑色の瞳と目がかち合った。
更新を1ヶ月以上も開けてしまい、申し訳ありませんでした!
お気に入り登録を残してくださった皆さんに感謝です。これからも不定期更新となってしまうかもしれませんが、暖かく見守って頂けたら幸いです。
さて、今回の話はずばり覗きですね。
私はいわゆるお色気シーンはあまり書かないのですが、今回はノリで書いちゃいました。
実はアッグはスケベで、しかも常習犯だったという←
2章-10に伏線が張ってありました。
そしてピンチ(?)のカイト!
次回もお楽しみに。




