エピローグ 歌う少女と、舞う少女
新曲の選抜発表。
舞崎莉緒の名前は、今回も呼ばれた。
嬉しかった。
もちろん。
でも。
以前とは少し違った。
「よかった」
だけではなかった。
ちゃんと、「嬉しい」と思えた。
そして。
選抜メンバーの名前がすべて発表されたあと、
スタッフが一枚の紙を貼り出した。
「今回のフォーメーションです」
全員が前へ集まる。
莉緒は、自分の名前を探した。
「あった!」
指で追う。
舞崎莉緒。
その位置を確認する。
そして――
隣。
「……え」
もう一度見る。
間違いじゃない。
自分の名前。
その隣に、白藤莉歌。
莉緒はしばらく、その二つの名前を見つめていた。
「莉緒?」
後ろから声がした。
振り返る。
莉歌だった。
「……莉歌しゃん」
「なに?」
莉緒は紙を指差した。
「これ」
「うん」
「見た?」
「見た」
「……隣」
「そうだね」
「シンメ?」
「そうみたい」
莉歌はいつも通りだった。
莉緒だけが、固まっている。
「……やば」
「何が?」
「ちょっと待って」
莉緒は両手で顔を覆った。
「ぺぃぴー、泣くかもしれない」
「なんで」
「だってぇ!」
顔を上げる。
「莉歌しゃんとシンメだよ!?」
「うん」
「もっと喜んでよ!」
「喜んでるよ」
「顔!」
「普通に嬉しい」
「莉緒だけ騒いでるみたいじゃん!」
莉歌がくすりと笑った。
◇
最初のレッスン。
二人は鏡の前に並んだ。
右に莉歌。
左に莉緒。
同じ振付。
同じカウント。
でも、踊り方は全然違う。
莉緒は大きく、
鋭く、
音を身体で拾う。
莉歌は、
歌を中心にしながら、
丁寧に動く。
曲が止まった。
振付の先生が言った。
「ここ、二人でもう少し合わせようか」
「はい」
莉緒は莉歌を見る。
「ここ、こうした方が綺麗かも」
一度踊ってみせる。
「腕を出すタイミング、ほんのちょっとだけ遅くして」
「こう?」
「そうそう!」
莉歌がもう一度やる。
「いい!」
今度は莉歌が言った。
「莉緒」
「なに?」
「次の歌、息足りなくならない?」
「……え」
図星だった。
「ここで吸った方がいいよ」
「どこ?」
「このターンのあと」
莉歌が歌いながら見せる。
莉緒も真似する。
「……あ、歌いやすい」
「でしょ」
二人で鏡を見る。
莉緒が少し笑った。
「なんか」
「なに?」
「変な感じ」
「何が?」
「最初と逆じゃん」
莉歌も気づいた。
あの夜。
誰もいないレッスンルーム。
歌が上手くなりたいと言った莉緒。
ダンスを教えてほしいと言った莉歌。
あの日から、
ずっと。
莉歌が歌を教えて。
莉緒がダンスを教えて。
何度も、
何度も。
そして今。
二人は同じ列に立っている。
◇
「莉歌しゃん」
「なに?」
休憩中。
莉緒がぽつりと言った。
「覚えてる?」
「何を?」
「最初に歌教えてくれた日」
「ああ」
「莉緒さ」
少しだけ照れくさかった。
「ずっと、莉歌しゃんみたいに歌えたらって思ってた」
莉歌は黙って聞いている。
「歌上手くてさ。一人で空気変えられて。いいなぁって」
「うん」
「でも」
莉緒は笑った。
「今は、莉歌しゃんになりたいとは思わない」
莉歌が莉緒をすっと見つめる。
「だって」
自分の足を見る。
何年も、
何度も、
踊ってきた足。
「莉緒には、莉緒のダンスがあるから」
歌だって、まだ途中だ。
それでも。
前よりは、自分の声が嫌いじゃない。
「だから」
莉緒は莉歌を見る。
「莉歌しゃんの隣に、莉緒として立ちたい」
一瞬。
莉歌が黙った。
「……なに?」
「いや」
「なにその顔」
「ちゃんとしたこと言うんだなと思って」
「言うよ!」
「ぺぃぴーなのに」
「関係ないでしょ!」
二人で笑った。
◇
新曲初披露の日。
舞台袖。
莉緒の隣には、莉歌がいた。
「緊張してる?」
莉歌が聞く。
「ちょっと」
「歌?」
莉緒は考えた。
「……全部」
「珍しい」
「だって、初シンメだもん」
莉緒は前を見る。
ステージの向こうから、
歓声が聞こえる。
昔。
テレビの前で、一人で踊っていた。
あの頃は、ただアイドルになりたかった。
それから。
選ばれたかった。
落ちたくなかった。
ダンスだけじゃ足りないと思った。
歌える莉歌が、羨ましかった。
でも今は。
莉緒は隣を見る。
莉歌がいる。
歌う少女と、舞う少女。
どちらかが、どちらかになる必要はなかった。
違うからこそ、隣に立てる。
「莉歌しゃん」
「なに?」
莉緒がこぶしを差し出した。
「今日、負けないから」
莉歌が笑う。
「なにで勝負してるの」
「全部!」
「歌も?」
莉緒が一瞬止まる。
「……ダンス多めで」
「弱気じゃん」
「うるさい!」
二人のこぶしが重なった。
スタッフの声。
「スタンバイお願いします!」
「はい!」
暗転。
二人は、同時に一歩を踏み出した。
◇
イントロが鳴る。
光が落ちる。
莉緒は踊った。
隣で、莉歌が歌う。
そして、莉緒も歌う。
まだ、同じではない。
歌なら莉歌。
ダンスなら莉緒。
それでいい。
二人が並ぶことで、一人では作れない景色が生まれる。
曲の途中。
二人が左右へ分かれる。
同じタイミングで振り返る。
目が合った。
莉歌が笑う。
莉緒も笑った。
客席から、歓声が上がった。
その瞬間、莉緒は思った。
ああ。
届いたんだ。
◇
曲が終わる。
最後のポーズ。
莉緒の隣には、莉歌がいる。
眩しいライト。
客席いっぱいのペンライト。
聞こえてくる、自分の名前。
莉緒は笑った。
好きになる理由は、まだ増やせる。
歌も。
ダンスも。
笑顔も。
努力も。
そして、これから出会う、まだ知らない自分も。
だから。
明日もきっと、練習する。
できなかったら、もう一回。
それでもできなかったら、もう一回。
ずっと、そうやってきたから。
ステージを降りる直前。
莉歌が小さく言った。
「莉緒」
「なに?」
「今日、歌よかったよ」
莉緒は目を丸くした。
それから、にやっと笑った。
「でしょ?」
胸を張る。
「ぺぃぴー、成長中でちゅから」
「調子乗った」
「褒めたの莉歌しゃんじゃん!」
二人の笑い声が、舞台袖へ消えていく。
歌う少女と、舞う少女。
違うからこそ、並べる。
違うからこそ、支え合える。
そして今日。
二人は初めて、
同じ場所から、
同じ景色を見た。




