愛の重さを測る装置を作ったら、嫌われてると思ってた同期の好感度が100だった
「ついに完成したのよ!!」
安斎研究所職員のモアは目を輝かせながら、同僚のアイリとトーニャに高らかに宣言する。
「この、愛の重さを物理的に測れる装置、略して、ラブマシーンが!!!」
研究室の自身の机の横に設置した体重計のような装置をアイリとトーニャに見せびらかすように披露する。
しかし、興奮気味なモアの反応とは裏腹に、二人は冷めた目でその装置を見下ろしている。
「ただの、体重計じゃない」
長身でフェミニン的な格好したガタイのいいトーニャが腕を組み、片手を頬にあてながら、首を傾げる。
「これ、何ができる?」
黒髪の美女、アイリが身を屈め、まじまじと装置を観察する。
二人の言う通り、それは学校の身体測定で使われるような、上に乗ると丸い目盛りに針が振れて体重を示す、旧式の体重計だった。
「まぁ、見てなって」
二人の反応をよそに、モアはプラスチックの板に乗る。
しかし、目盛りの針が揺れない。
「アイリ、手、出して」
疑いの目を向けながらも、アイリは手を差し出す。
差し出された手をモアが握ると、止まっていた装置の目盛りの針が動き出す。
針は60の数値で止まる。
「...これ、何?」
状況が理解できていないアイリがモアに目を向ける。
「ふっふふふ、これはね装置に乗った状態で握手すると、握手した人が自分にどれだけの好意を持っているのか、目盛りが表してくれるって代物なのよ!!」
胸を張り、自信満々に己が開発した装置の仕組みを説明するモアだったが、二人はまだ怪訝な視線を送ってくる。
「...これ、理屈、何」
「それはわたしにも、わからない!でも、なんか出来た!!」
「あんた、たまにこういうわけわかんないもの作り上げるわよね...」
トーニャが呆れたようにため息を吐く。
モアはロボット開発の分野で有名な安斎研究所の職員ではあるが、あまり仕事ができる部類ではない。
むしろ余計なことをして、仕事を増やすタイプの人間である。
しかし、極稀に今回の装置のように物理法則をガン無視した発明品を仕事そっちのけで作ってくるので中々見所のある子だと安斎博士が一目置く存在である。
だが、彼女の発明品がロボット開発に貢献しているかどうかは定かではない。
「60、意味は?」
「これはね、まず50が基準なんだけど、50より上だと好意があって、それより下だと若干苦手ってことになるの」
「...つまり?」
「アイリがわたしのこと、ちゃんと好きだってことがわかったよ!ありがとう、アイリ!わたしも、アイリのこと大好きだよ」
恥ずかしげもなく好意を伝えてくるモアに、アイリは照れくさそうに目を伏せる。
そんなアイリの反応を見て、ちょっと恥ずかしくなったのかモアも照れ出す。
「何よ、この空気」
モアとアイリ、二人の間に流れる気恥ずかし気な空気をトーニャが冷静にぶった切る。
「トーニャも、手貸してよ。わたしのこと、どう思ってるか見てみたい」
「ちょっ...」
トーニャが制する前に手を取る。
すると、装置の針が45で止まる。
場の空気が一瞬、凍る。
「.....ふぅ、この装置、意味わかんないけど、数値だけは正確ね」
「えっ、ちょ、ちょちょ!?」
トーニャが感心したように頷いているが、モアにとってかなり衝撃的な事実が判明してしまった。
「トーニャ、わたしのこと苦手だったの!?」
「あら、バレちゃったわね。だって、あなた騒がしくて、チビじゃない」
「チビは、関係なくない!?」
まったく悪びれる様子もなく悪態をついてくるトーニャにひどく狼狽える。
入所当初から色々と面倒を見てもらってて、大好きとまではいかないが、少なからず好意はあると思ってたので、すごいショックである。
だが、こんなところでへこたれるモアではなかった。
「ふ、ふふふふふ」
「何よ、突然笑い出して。気持ち悪いから、手離してちょうだい」
「普通にひどい」
容赦ないトーニャの言動に若干傷つきながらも、モアは自身が開発した装置の精度に揺るぎない自信が持つことができた。
....しかし、これがいったい世の中のためにどんな風に役に立つのだろうか。
作ってみたのはいいが、一瞬にして存在意義が揺るぎ始めた装置について疑問を持ち始めてしまった。
「おはようございます」
研究室の扉から、一人の男性が入ってくるのが見えた。
長身の黒髪に白衣がよく似合うその姿は、研究所の中でもひときわ目立つ存在だ。
その姿を見るやいなや、モアは彼の元へ小走りで近付く。
「カミチカさーん、おはようございまーす!」
カミチカと呼ばれた男性は、モアの姿を認めた途端、顔を顰めて睨みつけてきた。
「...なんだ」
警戒するような低い声。
相変わらず、嫌われてるな、わたし。
そう思いながらも、モアはカミチカに詰め寄る。
「えへへー、ちょっと見てほしいものがあるんですけど...。お時間、大丈夫ですか?」
怪訝な表情で見下ろされ、明らかに嫌そうな態度を取られていたが、気にすることなくカミチカの腕の裾を引っ張る。
「......おい」
「まぁまぁまぁ、いいじゃないですか」
半ば強引に自分の机まで連れてくる。
そして、自身の作った愛の重さを物理的に測れる装置の計量板に乗る。
カミチカとは、同じ時期に研究所に入った、所謂同期である。
トラブルメーカーのモアとは違い、カミチカは仕事が早く、ミスも少なく、他の研究員から一目置かれている大変優秀な研究員だ。
そんな優秀すぎる同期、カミチカにモアは何故か嫌われているのである。
カミチカは基本的に無口で、表情が顔に出るタイプの人間ではないのだが、何故かモアに対してだけ嫌悪が態度に滲み出ていた。
今回みたいに出会い頭に睨まれるし、目を合わせようとすると逸らされる。終いには顔ごと背けられるほどだ。
決定的だったのは研究員同士の親睦会である飲み会の席で、カミチカの隣に座ろうとしたら、彼はモアを避けるように別の場所へと移動した時。
さすがに露骨すぎて、ダイヤモンド並みに硬いモアの心も少し傷ついた。
モアはにやりと笑いながら、片手を差し出す。
「カミチカさん、ちょっと手、貸してくださいよ」
「……は?」
「いいからいいから。すぐ終わりますって」
露骨に嫌そうな顔をしながらも、強引に引っ張られた手を振りほどくこともせず、カミチカは渋々その場に立つ。
「……で、何をするつもりだ」
「まぁまぁ、ちょっとした実験ですって」
モアはその手をぎゅっと握った。
その瞬間、止まっていた針が、ゆっくりと動き出す。
アイリとトーニャが、無言で目盛りに視線を落とす。
モアも、息を呑んだ。
絶対低い。いや、むしろマイナスとか出ないかなこれ。
針は、迷うように揺れながら、ぴたりと止まる。
その数値を見た瞬間、モアは固まった。
なんと針は、目盛りいっぱい――100に振り切っていた。
「……は?」
思考が、一瞬止まる。
えっ、100って何?0の間違いじゃない?
目の前の数値が信じられず、モアは何度も目を擦る。
しかし、針は100を指したままだった。
「...これは、いったいなんだ?」
状況が理解できていないカミチカが、装置を横目で見ながら、訝しげに眉をひそめる。
「ふえっ!?えっと...」
「100...これは、何の数値を表しているんだ?」
“あなたのわたしに対する愛の重さです”なんて、口が裂けても言えない。
冷や汗が止まらなかった。
ちょちょっと、待って!!
というか、わたしもこんなことになるなんて思ってなかった!!
ひっくい数値を叩き出していただいて、やっぱり嫌われてるな...よしっ、明日からも頑張ろうってなる予定だったのに!!!
「カミチカちゃん、これはね.....」
頭が大混乱してるモアの代わりに、トーニャが口を開く。
「ただの、体重計よ」
「......は?」
予想だにしなかった回答だったのか、カミチカが唖然とする。
モアもトーニャの言葉に耳を傾ける。
「この子、こんな幼児体型なんだけど、中身すっごい詰まってるのよ。もう鉄球よ、鉄球!!」
「......はぁ」
「自らが鉄球並みに詰まってるってことに誰も信じてもらえないと、この子が嘆くものだから、体重計を用意して、実際に数値を色んな人に確かめてもらってったってわけ!ねっ!!!」
トーニャが目配せしてきたので、何も考えずに首を何度も縦に振る。
まったく道理が通っておらず、わけわからない言い訳だったが、この際なんでもいい。
「.....わかった」
トーニャの圧と、壊れた首振り人形のように首を振るモアを不気味に思ったのか、カミチカはまだ疑いの目を向けてきたが、渋々納得してくれた。
「...とりあえず、手を離してくれないか」
「あっ、ごめん...」
無意識に強く握りしめていた手を離すと、カミチカはその掌を自分の白衣に擦り付けるように拭う。
まるで汚物を触ったあとのように、何度も。
いやいや、さすがにそれは露骨すぎない!?
やっぱり、この人わたしのこと嫌いでしょう!!
カミチカの行動を凝視していたモアの足をトーニャが小突く。
「いった!」
「早く下りなさい、バレるでしょ」
目盛りを見ると、針が0に戻っており、モアは慌てて装置から下りる。
「みなさん、おはようございます」
恰幅のよい、物腰が柔らかそうな男性が研究室に入ってきた。
安斎研究所の所長、安斎博士である。
時計を確認すると、始業時間を過ぎている。
アイリとトーニャは慌てて自身の作業机に戻る。
モアも椅子に座り、作業をしているふりをする。
しかし頭の中では、先ほど起きた出来事がぐるぐると回っていた。
好感度が100って……
ありえない数値を叩き出され、動揺が隠せない。
顔を伏せたまま、視線だけそっとカミチカへ向ける。
彼は何事もなかったかのように、淡々と作業を進めていた。
そんな彼とは対照的に、放心状態のモアは午前中の作業にまったく身が入らなかった。
・
「...ということで、作ってやりましたよ!!ラブマシーンパート2を!!」
次の日、モアは昨日と同じようにアイリとトーニャを自分の机へ呼び寄せた。
机の前に置かれている装置は昨日から少しだけ改造されており、目盛りの部分が丸から長方形になっていた。
更に詳しく見ると、上下にそれぞれ針が設置されており、上はハートマーク、下はにっこりマークが付いていた。
「...で、何か変わったわけ?」
「昨日、あれから考えたんだけど、愛って色んな形があるじゃない?」
例えば、親が子を大切に想う愛と、異性に抱く性愛はまったく違うものである。
よくよく考えてみると、前回のラブマシーンは色々な愛を同じ目盛りで数値化しようとしてしまったため、正確なものではないと気付いてしまった。
「だから、今回のパート2は友愛と性愛を切り離してみました!!!」
ちなみに上の目盛りが性愛を表していて、下の目盛りが友愛を表している。
アイリとトーニャから冷ややかな視線を送られる。
だが、そんなことでめげるモアではなかった。
「まぁまぁ、物は試しで。アイリ、手を出して」
昨日と同じように、アイリに協力を仰ぐ。
アイリは心底嫌そうな表情を浮かべるも、渋々手を差し出す。
手を掴み、装置に乗る。
下の針がゆっくりと動き出し、80で止まる。
「数値、上がった?」
「今回は純粋に友愛だけが数値として表れたのよ。つまり、アイリはわたしのこと友達としてかなり慕ってくれているということね」
曇りなき眼で好意を見破られ、アイリは恥ずかしげに目を伏せる。
照れたアイリにつられるように、モアもなんだか恥ずかしくなる。
躊躇いがちに2人で見つめ合い、小さく微笑み合った。
「いや、だからなんなのよ。この空気」
またもやトーニャが空気をぶった切ってくる。
「とにかく、これで再度カミチカさんのわたしに対する好感度を測るのよ!!」
あの結果を見てしまってから、妙にカミチカを意識してしまい、落ち着かない。
ただでさえ仕事が遅いのに、昨日は集中力を欠いてしまい、まったく進まなかった。
「だから、仕事する時間まで削ってラブマシーンパート2を超特急で完成させたのです...!!」
「その時間で、仕事しなさいよ」
的確なツッコミが飛んできたが、無視。
「わたしの推測からするに、カミチカさんはわたしのことをマスコットキャラクター的に愛でたいのよ!」
「...はぁ、で?」
「だから、今日もう一度確かめてみて友愛値が100だったら、1回500円で頭を撫でさせてあげてもいいかなって!!このフワフワ癖毛ヘアーを!!」
「なんで、上から目線?」
「誰が、金払ってまであんたのボサボサ頭に触りたいって言うの?」
アイリとトーニャから辛辣な言葉を浴びせられるも、モアには響かなかった。
誰になんと言われようと、モアの髪はフワフワで触り心地が最高だと小さい頃から色んな人に褒められたおかげで、絶対的自信がある。
きっとカミチカもこの髪に魅了されてあんな数値を叩き出してしまったのだろう。
まったく、罪な髪だ。
そんな会話をしていると、カミチカが研究室に入ってくるのが目に入った。
昨日と同じように露骨に嫌がるカミチカを無理やり引っ張り、ラブマシーンパート2の前に立たせる。
「......また、これか」
「まぁ、見ててくださいって」
モアが装置に乗り、カミチカの手を掴む。
一瞬だけ、カミチカの手がぴくりと震えたような気がしたが、あまり気にせず目盛りの針に視線を向ける。
さぁ、来い!!友愛100!!!
そして、わたしのフワフワヘアーを撫でるのです!!!
期待の眼差しで動き出す針を食い入るように見る。
アイリとトーニャも結果が気になるのか同じように針を凝視する。
すると、上の針が勢いよく動き出し、一瞬にして最高値まで到達した。
しかも、その場で留まるも、まだ動き出したそうにビョンビョン揺れている。
......嘘、でしょ?
性愛値100という結果が出てしまい、思考が完全遮断され、その場で固まる。
「...また、100。これがいったい何だって言うんだ」
カミチカの苛立つ声が聞こえてくるが、それどころじゃないから反応ができない。
そんなモアを見兼ねてなのか、トーニャがカミチカの肩を叩く。
「...カミチカちゃん、とりあえずこの子の頭、撫でる?」
「は?」
「案外、モフモフでイケるわよ」
アイリとトーニャが、動かないでいるモアの頭を撫でる。
モアの言う通り、確かに触り心地抜群のフワフワヘアーだった。
しかし、カミチカはそんな異様な光景を不気味に思ったのか、頭を撫でずに自身の席へと戻っていく。
処理が追いつけず、動けないでいるモアは最終的にトーニャに担がれ、医務室まで運ばれていった。
・
「なんで、こんなことになってしまったのよ...」
医務室のベッドの上で、メロンパンを齧りながらモアは嘆いた。
その横で、アイリとトーニャが顔を見合わせる。
結局、午前中いっぱい医務室のベッドの上で呆けてるだけで終わってしまった。
まさか、性愛値100だなんて...
あんなに露骨に自分に対し嫌悪感を露わにしているカミチカが自分を異性として見ている。
しかも、中々重ための感情も抱いていると知ってしまったモアは未だに現実を受け止めきれていなかった。
「まぁ、これに懲りたら、変なもの作ってないで、きちんと仕事することね」
「モアの仕事、わたしがやることになってる、早く回復してほしい。めんどくさい」
「もっと優しくして...」
まったく気遣いが見られない言葉に思わず涙が出そうになる。
しかし、全て身から出た錆なので、強く反論することも出来ない。
「...これから、どうやって接していけばいいのよ...」
「好かれてたのになんで嬉しそうじゃないのよ、変な子ね」
「だって、今まで誰かに異性として見られたことなかったんだもん...」
昔から、触りたくなるようなふわふわヘアーと、ベビーフェイスで可愛いと愛でられてきた。
しかし、少しばかり好奇心が旺盛なおかげで見た目でモアに好意を示していた人たちはすぐに離れていってしまう。
それに幼児体型なので、可愛い妹扱いはよくされるが、異性として見られたことが人生で一度もない。
「...そうよね、あなたと比べたらボウリングのピンのほうがまだ魅力的な身体つきだわ...」
「まさかの無機質以下...」
しかし、これも事実だ。
アイリみたいな非の打ち所のない完璧な美人だったら、まだ納得して受け入れられてたかもしれない。
だが、好意を向けられてるのは愛らしいけどちんちくりんなモアだった。
もう、どうしたらいいのかわからない...。
カミチカは同じ研究室で働いている同僚だから、これからも関わっていかなければならない。
でも、こんな状態で仕事が身に入るわけない。
いっそのこと、カミチカが自分のことを好きだという事実を忘れられたらいいのに....
「....あっ」
そこで、モアは思い出す。
そういえば、だいぶ昔に消したい記憶を都合よく封印させる機械を発明していた。
もちろんこの機械も物理的法則ガン無視で作った上、記憶の消去ではなく一時的な封印のため、思い出したときが地獄と、評判はあまり良くなかった。
しかし、今はそんな悠長なことを拘っている場合ではない。
「ありがとう、今までのわたし!!これで、今日はゆっくりと休めれるのよ」
「休まないで、仕事して」
「本当にどうしようもない子ね」
・
モアがキャパオーバーで医務室で休んでいる日の昼休憩。
安斎研究所の所長、安斎博士がモアが発明したラブマシーンパート2を興味津々な様子で観察していた。
「博士、先ほどの件で質問したいところが...」
「や、カミチカ君。いいところに」
書類を片手に安斎博士を訪ねてきたカミチカに安斎博士は手を差し出す。
「少し、いいかな」
何のことかわからない様子のカミチカは渋々と差し出された手を取る。
安斎博士はラブマシーンパート2に乗る。
すると、下の針が動き出し、65で止まった。
「わっ、嬉しいな。カミチカ君、君が僕を好いてくれてるなんて」
安斎博士の反応と、モアが発明したラブマシーンパート2を交互に見て、カミチカは眉をひそめる。
「...なんなんですか、これ」
「すごいよね、これ。原理は全く理解できないけど、握手した相手の自分に対する好感度が物理的にわかるなんて」
「..................は?」
カミチカの動きが止まる。
その瞬間、床に何かが散らばる音が聞こえてきた。
どうやら、カミチカが持っていた書類が床に落ちて、散らばってしまったようだ。
「わわっ、大丈夫かい」
安斎博士は慌てて床に散らばった書類を集め、拾い上げる。
「はい、カミチカ君。.........カミチカ君?」
拾い集めた書類を渡そうとするも、カミチカの様子がおかしいことに気付く。
顔を真っ赤にさせ、手で口元を覆い、固まっている。
「ちょっ、カミチカ君!大丈夫かい、君!!おーい」
心配で肩を揺らすも、無反応なカミチカに、安斎博士は慌てて、声をかけ続ける。
そんな2人の様子を研究室の扉の向こうから観ていたトーニャは腕を組み、笑みを浮かべる。
(中々、面白いことになってきたじゃない)
・
「おっはようございまーす!!」
次の日、いつものように元気よく挨拶しながら、モアは研究室の扉を開ける。
なんだかわからないが、今日はすこぶる調子がよかった。
ベッドの傍らに以前発明した記憶を一時的に封印する装置が使われていた形跡があったが、何を忘れているのかまったくわからないので、装置は無事に起動したということになる。
自分のことだから、大したことじゃないだろうと深く考えないようにしてる。
「おはようございます、カミチカさん」
モアを嫌う同僚、カミチカに挨拶すると、彼は動揺しているのか、肩を強く揺らした。
いつもなら、モアを一瞥するなり短く挨拶して、すぐに顔を背けるのに、今日はなんだか様子がおかしい。
視線があっちこっち泳いでるし、なんか落ち着かない様子でいる。
...風邪かな?
そんなカミチカの違和感にも特に気にすることなく、モアは自分の席へと向かう。
その後姿をカミチカが凝視していることに、気が付きはしなかった。
「おっはよー、アイリ!トーニャ!」
馴染みの二人に挨拶すると、アイリはパソコンから顔を上げ、トーニャは爪の手入れを中断する。
「モア、元気。よかった」
「ありがとう、アイリ」
「本当に、記憶を封印したのね...」
トーニャはモアではなく、何故かカミチカのほうを横目で見ている。
モアは首を傾げ、後ろを振り向くと、珍しくカミチカと目が合う。
カミチカは慌てたようにすぐに背中を向ける。
不思議に思ったが、アイリとトーニャに向き直る。
「まぁ、記憶を封印しても、いつどこで思い出すかわかんないから、その時は全力で慰めて、フォローしてほしいのよ」
「圧倒的、他力本願」
「本当に、とんでもない娘ね、あんた」
ここで、安斎博士が研究室に入ってきたので、お喋りは中断し、仕事にとりかかる。
なんか、わかんないけどここ数日まともに仕事してなかったから、仕事が捗るような気がする。
...気がするだけだけどね!!
自分に向けられている視線に気付くことなく、モアは数日ぶりに真面目に仕事に取りかかったのである。
・
研究室の窓から見える空が、暗雲に覆われ、部屋が少し暗くなる。
天気予報で午後から雷雨となっていたから、そろそろ振ってくる気配がする。
そんな薄暗い中、何故かモアとカミチカの2人しか研究室にいなかった。
他の研究員たちは、何かしら外出の用件で席を外している。
今抱えている案件が意味わかんなくて誰かに聞きたいのに、カミチカしかいない。
でも、なんだか朝から様子がおかしくて、少し気まずくて、聞きにくい。
誰か早く帰ってきてほしいと心の底から願っていると、モアの携帯が鳴った。
誰か帰ってくるという連絡かと思い、開くとアイリからのメールで短く
【電車、事故。帰るの、遅れる】
とだけ書かれていた。
その直後、すぐに着信が来て、出るとトーニャだった。
『今日来る台風の影響で、道がかなり混雑してて当分帰れそうにないわ』
そして、すぐ切れた。
携帯から流れる非情な電子音を耳にしながら、モアは項垂れる。
たぶん、この状態だと今外出中の他の研究員と安斎博士もすぐには帰ってこれない。
少しだけ気は重いが仕方ないと、モアは小さくため息を吐いて、席を立つ。
「...カミチカさーん」
恐る恐る声をかけると、椅子に座っているカミチカの体が大げさなぐらい揺れる。
やっぱり、少し様子が変だ。
しかし、気にすることなく、いつものように近付くと、露骨に距離を取られる。
...いやぁー、今日も相変わらず嫌われてますね、わたし。
少しばかり過剰反応すぎる気もするが、めげずに距離を詰める。
「実は、この資料でちょっとわかんないことが...」
持っていた資料を差し出すも、カミチカはモアのほうを見向きもしないし、反応もしない。
「ちょっと、カミチカさん!」
さすがにこのままだと埒が明かないと、カミチカの肩に触れようとする。
すると、モアの手がカミチカに払い除けられてしまう。
それと同時に、カミチカの顔が真っ赤であることに気付く。
「...って、顔真っ赤!!熱ですか!?大丈夫ですか!?」
手を払い除けられたことより、いつも冷静沈着で無表情のカミチカの顔が真っ赤で余裕なさげな表情を見せてることに驚いたモアは慌てて、額に手を伸ばす。
しかし、その手は触れる前に、カミチカの手に掴まれたことによって阻まれる。
「......ざけてるのか」
「はい?」
声が小さすぎて聞き返すと、カミチカが睨み上げる。
「お前、ふざけてるのか!!!」
「はぁ?」
突然叫ばれて、わけがわからないモアをよそに、カミチカは真っ赤な顔で続ける。
「人の気持ちを弄んで、楽しんでるのか?」
「ちょちょ、すいません!!何を言ってるのか、さっぱりわかりません!」
本気で何のことかわからず混乱しているモアにカミチカは苛立ちを隠しもせず、舌打ちをする。
モアの手を掴んだまま、カミチカが立ち上がる。
長身のカミチカに詰め寄られ、思わず後ずさる。
「...だから、俺がお前のこと好きだって、もう知ってるんだろう!?」
その瞬間、窓の外から大きな音が響き、部屋の明かりが消える。
どうやら雷が近くに落ちて、電気系統がダウンしたらしい。
そして、その衝撃で封印していた記憶が、一気にモアの頭を駆け巡る。
同時に、先ほどのカミチカの口から放れた言葉が脳内を侵食する。
...好き?
カミチカさんが、わたしのこと...?
そこでようやく事態を把握したモアは、体中の血流が激しく呻る感覚に陥る。
口が渇いていく。
息も浅い。
胸の鼓動が速まる。
感情の処理が追いつかない。
......逃げなきゃ!!!
本能的にこの場から離れたくなったモアは、手を振りほどき、カミチカが制する間もなく研究室から出る。
「ご、ごめんなさーーーーい!!!」
全速力で真っ暗な廊下を走り去っていく。
どうしよう、どうしよう。
面と向かって好意を言われてしまった。
ラブマシーンの不具合を言い訳にできたかもしれないのに、あんなにはっきり言われてしまったら、もう逃げられない。
どうすればいいかわからず、闇雲に廊下を走っていると、後ろから足音が聞こえてくる。
嫌な予感がして振り向くと、カミチカが追いかけてきている。
しかも、中々の速さで。
このままだと捕まってしまうと恐れたモアも走る速度を上げるも、距離が開かない。
徐々に距離が近付いてきて、息も絶え絶えで、もう体力の限界というところで、目の前には壁。
やばい、行き止まり!!
走っていた勢いのまま足を止める。
しかし次の瞬間、追いついてきたカミチカが逃げ道を塞ぐように腕をつく。
壁際へ追い込まれたモアに、もう逃げ場はなかった。
お互いの乱れた息遣いだけが聞こえてくる。
少し動いただけで体が触れそうで、モアは意識的に縮こまる。
「...さっきの、ごめんなさいって、何?」
息が上がっているカミチカの声に、モアは肩を揺らす。
恐る恐る顔を上げると、余裕なさげに瞳を揺らすカミチカと目が合う。
その真剣な表情に、言葉が詰まる。
「...あれは、その...」
「...迷惑、だったってこと?」
「ち、違います!!」
カミチカの言葉に、モアは全力で首を横に振る。
「ただ...」
「...ただ?」
モアは小さく息を吐く。
「どうしたらいいか、わかんないんです...!!」
今、思ってることを正直にぶつけることにした。
「い、今まで、異性から好意を向けられたことなかったから、こういうとき、どう応えたらいいかわかんないんです!!」
予想外の発言だったのか、カミチカは目を瞬かせる。
モアは恥ずかしさで両手で顔を覆い、俯く。
すると、カミチカが更に距離を詰めてくる。
「それって...」
声が真上から聞こえてくる。
吐息を感じ、モアの体が驚くぐらい跳ねる。
「可能性はゼロじゃないってことで、いいのか?」
「...えっ?っひゃう!!」
恐る恐る顔を上げた瞬間、目の前にカミチカの顔があって、変な声が漏れる。
咄嗟に顔を隠そうとするも、両手を掴まれてしまう。
今まで向けられたこともない熱がこもった眼差しに、心臓が飛び出そうになり、息をするのも苦しい。
「...好きだ」
あまりにもストレートに感情をぶつけられ、あらゆるところの処理が追いつかない。
顔が焼けるように熱い。
心臓が痛いぐらい高鳴る。
「...も、も少しだけ...考えさせてください...」
振り絞るように出た声は情けないぐらい弱々しかったが、今のモアにとって、これが精一杯だった。
・
カミチカからの告白を受けた数週間後。
モアは、自身が開発した愛の重さを物理的に測れる装置、ラブマシーンパート2の前で佇んでいた。
佇んでいるというより、カミチカに無理やり引っ張られて、逃げられないように手首を掴まれ、今も隣で凝視されている。
そんな二人の様子を、アイリとトーニャは遠巻きで観察している。
告白を保留に出来たのはいいが、意識しすぎて、今度はモアのほうがカミチカを避けてしまっている状況にあった。
声を掛けられると驚くぐらい挙動不審になり、近付かれると全速力で逃げる。
そんな日々が何週間も続き、告白に返事は疎か、まともに会話が出来なかったので、ついに痺れを切らせたカミチカに先ほど捕まってしまった。
ラブマシーンパート2の測定板に足を乗せたカミチカが手を差し出してくる。
しかし、モアはすぐに動けない。
こんな...
「こんな人前で好感度、測られるなんて、恥ずかしいです...!!!」
アイリとトーニャが心の中でお前が言うなと突っ込む。
散々、人の好感度を晒しまくったくせして、自らは恥ずかしくて嫌だとかあまりにも都合良すぎるということはモアにもわかっている。
でも、自分でもまだ感情が整理しきれない状態で、赤裸々に暴かれてしまうなんて、耐えられない。
「......それを、俺に言うのか?」
「うぐぅっ!!」
しかし、この装置の最大の被害者であろうカミチカの前だと、どんな言い訳をしても無駄だった。
ぶっ壊して、二度と使い物にならないようにすればよかった...!!
己の行動に後悔するモアだったが、もう逃げられないと、観念して、カミチカの手に恐る恐る自分の手を重ねる。
重ねた瞬間、指でなぞられるようにゆっくりと握られ、全身の血が沸き上がる。
同時に、ハートマークがついた、上の針がゆっくりと目盛りに沿って動き出す。
たくさんの視線を感じながら、緊張で胸が高鳴っていると、針が60で止まる。
「...60?」
あまりにもぱっとしない数字に、一瞬だけ変な空気になる。
しかし発明者のモアは必死に弁明をし始める。
「そもそも100なんて数値、普通はそんな簡単に出ないんです!!性愛値は異性として意識しただけで、針が動くようにしてるんですよ!?だから、60は結構高い、数字...」
そこでモアは自身が何を口走ったのか理解する。
アイリとトーニャからの呆れたような生暖かい視線を感じる。
目の前のカミチカが見せる、勝ち誇ったような表情に、モアは顔を真っ赤にさせる。
完全に自分で自分の墓穴を掘ったモアはその場にへたれ込む。
どうして、こんなことになったのよーー!!!
愛の重さを物理的に測れる装置を発明したら、自身の恋心を露わにされたモアなのであった。
一連の出来事を静観していた他の研究員たちは、全員心の中で勝手にやってろと静かに突っ込むのであった。
【完】
おまけ
アイリ↔カミチカ
友愛値:0
性愛値:0
「ピクリとも動かない...」
「お互い、無関心ということね」
トーニャ→カミチカ
友愛値:60
性愛値:40
「あら、バレちゃったわね」
「...トーニャって、男と女、どっちが恋愛対象なの?」
「ふふ、愛に性別は関係ないのよ」
研究員→安斎博士
友愛値:65以上
みんな大好き、安斎博士




