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異世界召喚されたんだけど、なんか様子がおかしい  作者: よく知らんロボ
第二部 二章 西の魔女

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 やってしまった……、でも……。


 激昂するガウルを見たカオルは心の中で後悔しつつも、こんな窮地だというのに頭の何処かでほんの少し余裕のようなものを感じている自分に気づいて僅かに驚く。


 それはきっとセツナがいるからだ。今、わたしは決して一人じゃない。


 カオルは胸に手を当て「ありがとう」と小さく告げると、自身と相手の次に取りうる行動を模索する。


 これまでに開示されている情報だけをかんがみれば、ガウルのスキルは攻撃向きではない。ただし性能からして逃げきるのは百パーセント無理だ。


 なら戦うしかない、でもどうやって?


 わたしはセツナみたいに強力なスキルは使えない。

 だからって今のセツナは当てにはできないし、したくもない。彼女にはもう誰も殺させたくないから、それがたとえ魔族でも……。


 自問自答する中でカオルはふと思い出す。


 毒気の抜けた今の自分がセツナを消しているのだと。


 なら怒ればいいのだろうか、そうだ目の前の敵に殺意を向ければいい、そうすればセツナは以前のように体の内で色濃くその気配を現してくれるかもしれない。

 寝る間を惜しんでお喋りをしていたあの頃に戻れるかもしれない。


 そう考えて実行してみようと試みるも上手くできない。

 以前のような激情が湧き上がっては来ないのだ。


 何故かは明白だった。


 ノクスとルサーリアのお陰で消え去った醜い傷痕、穏やかな日々、密かに抱く恋心、セツナの願い。それら全てがカオルの内にたぎっていた黒い衝動を消し去ってしまったからだ。


 このままでは本当にセツナが消えてしまうと、改めて自覚したカオルは焦燥に駆られた。


 だが現状とは関係のない方向に逸れてしまった深慮、それは今この戦いの場において最も愚かな思考である。


 カオルはハッと我に返るが少し遅い。


 目の前に飛び込んできたガウルの放つ二つの右拳に弾き飛ばされ、「ぎゃっ」と呻きながら彼女はそれを理解する。


 そうだった、今は戦闘中だ……集中しなきゃ……!


 勢いのまま地面を転がったカオルは己を戒め、立ち上がりながら自身の体を探る。 


 被弾したのは左頬と左脇腹。口の中は鉄の味が広がり、吐き出せば唾は真っ赤だ。だが幸いにも骨は折れていないし、まだ……心も折れてはいない。


 全然、戦える――。


「なんだ、人間のメスにしちゃ硬えなぁ。結構強めに打ったから起き上がらねぇと思ったんだがなぁ」


 想像以上に頑丈な少女を見て、不思議そうに顎をさするガウルはカオルへと歩み寄る。


 戦闘能力においてノクスやルサーリアに劣るとは言え、彼は人間の身体能力を遥かに超える魔族。

 無防備な並の人間ならば一撃で屠り去ることも難しくは無いだろう。


 ならば何故カオルは立ち上がることができたのか。


 多分、ヘルバ様の首飾りだ……。


 首飾りには状態異常耐性のみならず物理防御の加護も同時に備わっているのだと彼女は直感する。

 それ以外にこの異常な防御力を説明できるようなアイテムを彼女は持ち合わせてはいないからだ。


 ありがとう、ヘルバ様……!


 ペンダントトップである若葉の化石を握り締め、深く感謝する。ここで何か思いついたのか、彼女は駆け出した。

 それは森の奥とは反対である、毒の沼地に向かう方角。こちらなら幾度と行き来しているから土地鑑もある。


「なんだ、いきなり……。逃げられると思ってんのかぁ!」


 ガウルはカオルの後を急ぎ追いかける。


 彼にとってもその方向は好ましくはないからだ、魔族といえども呪毒湿原の毒の沼に長時間浸かればその毒に侵食され死に至る。


 しかし本当に心配なのは――。

 

「おいおい、食われるのが怖いからって沼地で自殺はやめてくれよぉ。肉が喰えなくなるからなぁ」


 せっかくのご馳走が毒で汚れてしまう事の方である。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 少女は息を切らし、必死に沼地へ向かって転がるように駆けていく。


 走るのは得意だ。


 奴隷扱いされていた頃に散々と魔獣に追い回されていたから。


 沼地へ向かうほど木々の密度は薄くなるが、それでも慣れていない者には走りにくい。カオルは勝手知ったるとばかりに迷いなく速度を上げる。

 そして見えてきた森の終わり。


 抜け出ればそこは見渡す限りの平原。


 月明かりによってより幻想的に照らし出された、初めて見る夜の呪毒湿原。


 息を呑むほど美しかったが今は感動に足を止めている暇などありはしない、すぐにでもガウルは追いついてくるだろうから。


「いくら走って逃げようがテメェの居場所は音で見失うことはねえからなぁ!」


 だが森から聞こえてくる怒号にカオルは少し安堵する。 

 思ったよりも追いつかれてはいなかったからだ。


 走り慣れた森、農作業と食料調達で鍛えられた健脚。


 地の利と日常動作が練り上げた俊足は、待ち伏せを得意とするガウルの速度に僅か勝ったようだ。


 ならば森の熟知している範囲で逃げ回った方がいいのだろうか、カオルは一瞬そう思ったがすぐに考えを改める。


 相手は絶対の索敵スキルと格上の身体能力を持った魔族、向こうが環境に慣れてしまえば地の利は無くなりいずれ捕まることは明白である。


 アイツを倒さなきゃ生き残れない……。


 そう結論づけたカオルは振り返るのをやめて迷わず走った。

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