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ノクスは律儀にも毎日ルサーリアの家へと通い、カオルの顔の治療に勤しんだ。
時折、表に出てくるセツナにせがまれては戦いの手解きをすることもしばしば、以外と面倒見の良いノクス。
その背に乗ってヘルバに会いに行くこともあり、孫娘のように可愛がってくれる老竜樹のことをカオルとセツナは本当の祖父のように慕った。
そして彼の世話になる時間以外を、カオルはルサーリアが育てている農園の手入れの手伝いに費やす。
植物からの悪影響を最小限に止める彼女のスキル特有の体質とヘルバの首飾りにより、毒の影響は受けない彼女の天職とも言える作業。
人を招きたくて仕方がなかったルサーリアも歓喜して彼女を迎えいれたのだった。
そんなカオルでさえルサーリアと同じものを食べる事は難しい。
ならばとセツナは森に出掛け、自力で自分達の食べる食糧くらいは調達できるまでに成長。そんな日々を繰り返して一年が過ぎた──。
※
「随分きれいに治りましたね。人間の美醜は私にはよく解りませんが、造形としては以前より美しいと言って問題ないでしょう。今日で治療は終わりとしますか」
本日最後の治療を終えたノクスの口から飛び出した言葉と、鏡に映る見違えた自分の顔にカオルは嬉しさが込み上げる。
治ったことは勿論嬉しかったが、ノクスに「美しい」と言われたのが殊更に堪らなかった。
彼は当然、過去との比較や、左右対称的な意味合いでの物質的な美しさを言っただけであり、女性として美しいとは一言も言ってはいない。そんなことはカオルにもよく解ってはいたがそれでも嬉しかった。
「ノクス様、今までありがとうございました! 本当に……!」
「さて、これでお役御免ですね。やれやれようやく元の暮らしに戻れます。もうここに来ることも当分ないでしょう」
「そう、ですか……。ルサーリアさんが寂しがります……」
「な、なぜ彼女の名前が出るんですか……。まあいい、それではこれで今日は失礼します」
そう言って、狼の姿に戻ると黒い風のように走り去っていくノクス。
ルサーリアは農作業中であり、わざわざ危険地帯にまで出向くつもりはないらしい。それもまた照れ隠しなのだろうが。
「はい、また来てください!」
黒い影が見えなくなるまで笑顔で手を振るカオルの表情は、明るさの中にどこか寂しげな色も滲ませていた。本当に寂しいのは自分なのだから。
それでも今日は特別に良い日だ。意味合いはともかく、彼から美しくなったと言われたのだから。
そう思いながら沼地の縁に敷かれた細い道を軽い足取りで進み、ルサーリアのいるエデンを目指す。
──おい、カオル。随分浮かれてんな。
頭の中にセツナの声が響いた。
──そりゃあ、ノクス様にきれいだって言われたからね。
頭の中でカオルは返事をする。
今日はノクスとの修行もなく、マナも魔力も充実しているのでセツナの意識はハッキリとしているようだ。
彼女達は時々こうしてお喋りに興じたりすることがある。おかしな言い方だがリアルイマジナリーフレンドと言ったところだろうか。
──お前さぁ、ノクスさんは犬だからな。忘れんなよ。
──狼だよ、失礼な言い方しないで。
──そうじゃなくてお前がいくら思っててもさ、ノクスさんはどう見ても……。
それを聞いたカオルは、一人顔を赤らめながら慌ててセツナの言葉を遮った。
──やめてセツナ、言わないで。解ってるから。相手がルサーリアさんじゃ勝負にもならないのは知ってるよ。でもいいの、片思いくらいはわたしの自由させて。好きな人ができただけで幸せなんだから……。それにわたし、ルサーリアさんのこともノクス様と同じくらい大好き。だから二人が幸せになってくれたらそれが一番いい。わたしの想いは一生、心に秘めたままでいいの。
自分に言い聞かせているような台詞だったが、カオルの言葉には嘘偽りは一切ないのは確かだ。
──ならいいけどさ……。
それに対して、心配そうに一言だけセツナは返した。
誰かを好きになることなど生涯有り得ないだろうと思っていたカオルにとって、片思いであろうと好きな人ができたという事実はそれだけでも心が満たされる程の幸せな出来事なのだ。
異心同体、文字通り一番近くにいるセツナはそれを十二分に汲んでいる。
だからこそ自身を二の次に考えてしまうカオルの性格に杞憂してしまうのも無理はなかった。
それでもセツナは普段と変わらない態度で振る舞うのを心掛けている。
カオルが今、幸福感に満ちているのもまた事実であったからあえて水を差したくないのだ。
──そりゃああんなイケメンに毎日一時間、顔に触られて見つめられたらどんな女も堕ちちゃうか。
──ち、ちがうよ! 見た目じゃないからね、ノクス様は本当に中身が素敵な方なの。わたしはノクス様が一生狼の姿でも別に構わないんだから。
──はは、解った解った。カオルが楽しそうならそれでいいよ、オレは。
──もう、馬鹿にして。
そうこう話している間にエデンが見えてくる。
入り口付近の作業小屋で丁度休憩をとっていたルサーリアがカオルの姿に気づきその泥だらけの手を振ると、カオルもまた溢れんばかりの笑顔で彼女のもとへと駆け寄った。
エデンの手入れは楽しい。
最初はグロテスクで大きな虫達に尻込みしたカオルであったが、慣れれば可愛いものだった。
ここの生き物達は皆、彼女に懐き、主であるルサーリアと同じように愛を持って接してくれているように感じられたから。
そんな彼らを平気でぶった切って料理にしてしまう魔女に、初めの頃はドン引きしたものだが、本来酪農や農業というのはそう言うものだ。
いつしかカオルも、そんな暮らしに慣れ親しんでいたのだった。




