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異世界召喚されたんだけど、なんか様子がおかしい  作者: よく知らんロボ
第二部 二章 西の魔女

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 治療の終わった日からも平穏な日々は続いていた。「当分ここに来るのとはない」と口にしたノクスに、ほんの少し落胆していたカオルだったがそれも直ぐに解消される。


 なんだかんだで彼は週に一度くらいは様子を見に顔を出してくれていたからだ。


 そんな彼女の最近の心配事は、セツナがあまり表に出てこなくなったことだろうか。

 以前と変わらず会話をすることはできるが、返事がないことが増えているのだ。


 ――セツナ、起きてる?


 今日も返事はない、音信不通もこれで五日目。ここまで長く返事がないのは初めてであり、これにはカオルも懸念を抱いていた。


 そうして四六時中、セツナを心配するカオル。

 だが同時に彼女セツナが出てこない理由もなんとなく心の何処かで感じ取っている自分がいることも自覚している。


 もともとは自身の心の闇から生まれてきたセツナ。今やその原因となった辛く苦しい屈辱的な日々は取り除かれ、現在の暮らしは平穏そのもの。

 要するにもう一人の自分が表に出てくる必要がないのだ。


 時の流れと共にセツナの気配が徐々に薄らいでいく。


 またお喋りがしたい、もう誰かを殺して欲しいなんて願わない、ただ心にその存在を感じさせて欲しい。そんなカオルの願いとは裏腹に、時を追うごとにセツナが消えていくのを感じる毎日。


 それは当然と言えば当然であった。誰かを恨み、強い殺意を抱くことこそがセツナの存在理由なのだから。

 他人への憎悪はセツナにとっては地肉のようなもの、それがなければ雪雫せつなはその意思を維持し続けられない。


 それでもセツナ自身は悲観してなどいなかった。


 ──オレはこのまま消えていい……。


 そう考える彼女のそれは強がりでも諦めでもない、本当にそれで良いのだ。自分が存在しなくてよい人生こそが、カオルにとっての最良の生き方と言えるからだ。


 セツナの望みはカオルの安寧。


 その願いのもと、セツナの意識は深く深く沈んでいく。自身の生まれたカオルの心の深淵に溶けて帰っていくように。



 ※


 あれからいくら呼んでも返事の無いセツナ。

 寂しい心に複雑な思いと不安を募らせながらも、それを紛らわせてくれるくらい穏やかで安らぎのあるルサーリアとの暮らし。


 豊かで平穏な時間ほど過ぎ去るのは早い。

 セツナが現れなくなってからおよそ二ヶ月、カオルがルサーリアの家に居候を始めてから今日で一年と三ヶ月が過ぎていた。





「それじゃ、行ってくるね。二、三日で……帰ってくるから」

「カオルちゃん、またネなんダヨ」


 大きな荷物を背負ったルサーリアがエルと共に出掛けの挨拶を告げると、カオルは元気にそれを送り出す。


「はい、二人とも行ってらっしゃい! 畑の手入れは任せてくださいね」


 その言葉にコクン――と大きく一つ頷いて返すルサーリア、そんな彼女がいままたがっているのは巨大な蛾だ。一見恐ろしげな光景だが、蛾は大人しくルサーリアにその身を任せている。


 ここ最近、彼女は自分の作った薬を樹海の近くにできた都市へ売りに行くのが生業なりわいの一つとなっていた。


 都市の名前は西迷宮市。新しくこの島を支配した人間達が、ダンジョンを探索するための拠点として作った大きな街だそうだ。


 そこの一画に露店のように簡易的な店を構えて月に二、三回ほど行商に行っているのだ。


 彼女の売る薬は回復薬から毒薬まで様々。


 一見すると胡散臭さ満点の店構えだが、怪しくも美しい店主と霊験あらたかな薬の効能が話題となりその売れ行きは悪くない。

 ルサーリアはそうして稼いだお金でエデンの手入れに役立つ農具や作業服を買ったりしているようだ。


 なぜ農具が売っているのか。それは異世界島の広い土地を使い、県の政策で農業開拓が盛んに行われだしたからだそうだ。


 少し話が逸れたが、今日は丁度その街に出稼ぎに行く日である。


「ナピラ、森の外まで……お願い」


 ルサーリアの合図で飛び立った呪毒湿原の友達である巨大蛾、名前はナピラと呼ばれている。


 森の道は深く険しく長い。ノクスのような並外れた機動力があれば話は別だが、女性の足では森を出るだけで丸一日は掛かる。

 そこで移動時間を短縮するべくナピラに協力してもらいその背中へと乗せてもらっているのだ。ちなみに帰りの便も予約済みだ。


 報酬は触れるだけで流れ込むルサーリアの魔力毒素、呪毒湿原の生物にとっては何よりのご馳走だからだ。

 

 ナピラの背中から大きく手を振るルサーリアがだんだんと遠ざかっていく。

 

 カオルもまた手を振り返し、彼女らを見送った。


「さあ、まずはエデンの手入れからかな」


 現在時刻はまだ午前九時くらい。

 体を動かすには丁度良い気温。


 鼻唄を歌いながら農園に続く沼地のふちの道を歩くカオルの心の内側で、ずっと待ちわびていた声が小さく響く。


 ──カオル……、気をつけて……。


 それは久方ぶりに聞こえたセツナの声であった。


 ──セツナ!? セツナなの!?


 慌てて返事をするがそれに対する応答はない。


 なんだろう、セツナはなにか忠告をしていた。「気をつけろ」と。


 歩みを止めずに考えてみるが思い当たる節はない。だがそれよりもだ、セツナは消えていなかった。カオルは何よりそれが嬉しかった。


 そっか……ちゃんといるんだ、セツナ。


 深い安堵と共に心が高揚するのを感じたカオルは、胸に手を当て目を瞑りセツナを探るように心の奥に想いを馳せるのだった。

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